5.雪の花舞う頃 ⑦

 ぼーっとしていて記憶が定かではないけれど、なんとか写真撮影が終わったらしい。

 鷹雪くんの急接近から解放され、カメラが手元に帰ってきた。



「亜子ちゃん!いまの焼き増しお願いします!」

「ふあ……ふぁい……」



 焼き増しってなんだっけ。

 焼いて、増す……?

 そうだ、写真をもう1枚焼いてもらう……。



「焼き増し……!? 恥ずかしいよう」

「えー、デジタルな写真ならたくさんあるけど、アナログな写真て持ってないからさ、亜子ちゃんとふたりきりのやつ……ほしい……飾る……」

「いまの絶対目つむっちゃったもん変な顔してたし絶対ダメだよもっとしっかりしたやつを……っ」



 はたしてしっかりした私がいるのだろうか。

 写真を撮ると、大抵ぼーっとしていて、とぼけたような表情ばかりだ。

 それが鷹雪くんと一緒の写真となると……

 考えなくてもわかる。

 まぬけな顔になっているに違いない。

 私も写真は苦手だ。

 小さいころは両親にたくさん撮ってもらって、たくさんのアルバムが残っているけれど、思春期を迎えてからはその数が激減している。

 その頃から、きっとコンプレックスが膨らんで、『自分を残す』ことが苦手となっていったのだろう。

 それに、カメラを向けられると緊張してしまう。

 どんな表情をしていいのかわからない。

 あごをひいてと言われても、どう動けばいいのかもわからない。笑顔だって自然なものはひとつもなくて、ぎこちない笑顔の写真になってしまう。



「わかるよ、亜子ちゃん。その気持ち。俺もそう……あとカメラを真っ直ぐ見るのがめちゃくちゃ苦手……」

「でも鷹雪くんはかっこいいし、お顔整ってるし写真映り絶対いいでしょ」

「……え。亜子ちゃんワンモア!もう一回言って!録音しとく!」

「な、なにを!?録音、て……意味わかんない……ええ……?」

「『かっこいい』ってやつ!……あはは、亜子ちゃんそういう風に思ってくれてたんだ」



 鷹雪くんは、いつだってかっこいい。

 背筋もしゃんと伸びていて。

 まっすぐ前を見つめている瞳はたくましい。

 筋肉だって、(あんまり直視したことはないけれど)普通の高校生男子に比べたらついている方なのだろう。

 肩幅も広くて、背中も広くて。

 男の子、というよりも、男性という身体つきをしている。顔はまだ幼さを感じるのに。

 鷹雪くんだけずるい。

 私なんて、まだまだ子どもみたいな体型で、たまに中学生に間違われてしまうような容姿なのに。

 どんどん先に大人になってしまう。

 おいていかないで。

 せめて肩を並ばせて。

 とは、言えないけれど。

 言葉にするのは苦手だから。

 でも、言葉にしないと伝わらないこともたくさんある。

 鷹雪くんの期待に輝く瞳がまぶしくて。

 ずっと見つめあっていると、あなたしか見えなくなってしまいそうだ。

 一度瞼を閉じて。ぎゅっと目をつむる。



「か、……かっこいい、よ、鷹雪くん、とっても」



 改めて、意識して言葉にしてみるとむず痒い。

 顔がもう熱い。

 ほっぺがとけてしまいそうだ。

 おそるおそる瞼を上げていけば、潤みがちな緑色の瞳が私を見つめている。

 やがて、どうしてか涙が一粒。鷹雪くんの頬を下っていった。



「え!?た、鷹雪くん!?どっ、どうしたの」

「ごごごごごめんっ、嬉しすぎて、うわー!ごめん!止めます!すぐに!」

「嬉しい……?」

「亜子ちゃん、なかなか、そういう、褒めてくれたりとか? なかなかないから、こう……胸の奥にどーん!と、突き刺さりましたわ」



 どん!と胸を叩いた鷹雪くん。

 涙はもうなくなっていて、いつものきれいな笑顔をしている。

 いつも鷹雪くんにやさしい言葉をもらってばかりだ。私は、なにを伝えられただろう。



「もっと、自分の想い、話せるようになるね」

「うん。……へへへ。ゆっくりでいいから、なんでも話してほしいな。俺も話せるような雰囲気を作るから!」



 鷹雪くんの手をぎゅっと握る。

 手袋の上からでも体温がわかる。



「亜子ちゃんもさ、かわいいから、ぜっっっったい写真映りいいですよ、ほんと、自覚してないみたいだから何回でも言うけど亜子ちゃんかわいいよ」

「や、やめてよぅ」

「俺が盗さ……じゃなくて、撮った亜子ちゃんもたくさんあるんだけど、全部かわいいよ、全角度かわいい。なにそれすご!」

「なっ、なにこの写真!」



 鷹雪くんのスマートフォンの中には私専用のアルバムが作られていて、覚えのない写真がたくさん出てくる。教室でどこかを見ている私。机にふせてひなたぼっこをしている私。体育大会の私。球技大会でずっこけている私。満開の桜の中を歩いている私。海を眺めている私。すべてカメラに視線がいっていない。

 けれど、案外、(鷹雪くんが撮ってくれたからなのかな)きれいだ。横顔も。背中も。自分ではないみたい。



「どう、俺の自慢の亜子ちゃんフォルダ」

「もう……」

「ダメなら消すけど」

「……ううん。きれいに撮ってくれてありがとう」

「マジ!? これからも撮っていい!? やった!」

「変な写真はだめだよ」



 鷹雪くんは何度も何度も大きくうなずいている。

「フフフ……この2日間でストレージをパンパンにしよう」なんてつぶやいて、なにかよからぬことを企んでいる顔。



「寝てる時とか撮っちゃダメだからね……?」

「え……?」

「え……?」



 思わず鷹雪くんと同じ言葉を返すと、『何を言っているんだろう』という瞳で見つめ返される。

 ――寝顔なんて、一番『変な顔』だからね……?

 鷹雪くんはそれを理解していないのか、しょぼしょぼとしている。

 心なしか、いつもはぴょこんと立っているつむじの毛が元気なさそうにしおれている。

 私も人のことは言えないのだけれど。

 鷹雪くんの寝顔を撮ったことは内緒にしておこう。話してしまったら大変なことになってしまいそうだ。

 あれは貴重なツーショットだもん……。必要なものだもん。



「亜子ちゃん、だめ……?」

「だーめ」

「ちぇっ。亜子ちゃんに気づかれないように撮るか」

「え?」

「なんでもないっすよ」



 ぱ、といつもの笑顔に戻った鷹雪くん。

 それからおなかがきゅーっと鳴った。鷹雪くんのおなかの方から聞こえたような気がする。

 じっと見つめると、今度は照れくさそうに笑った。



「荷物置いて、ごはん食べに行こう!」

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