5.雪の花舞う頃 ⑥

「鷹雪くんの住んでたところは、どんなところ?」

「田舎の方だよ。ここからは結構遠いかなあ。車がないと行けないようなとこ。亜子ちゃんちのまわりみたいに、田んぼも多くて山もあって川もあって自然も豊かで……いま住んでるとこと似た感じっすねえ」

「そっかあ。そうなんだ。行ってみたいなあ」

「へへへ。次きた時には、きっと車の免許もとってるだろうし、ゆっくり観光しようね。まだばあちゃんたちがこっちに住んでるから、紹介するっすよ」

「約束」

「うん、約束します」

「……えへへ。あ、住んでたとこは遠いってことは、あんまりこの辺は来たことないの?」

「んーん、家族が松本城が好きでさ、よく見に来たよ。ほら『松本』だからって。ははは、変な家族でしょ」

「ううん、うちもね、『夏目』だから夏目漱石さんが大好きなの。お父さんがね、いっぱい本集めてて。夏目漱石さんならなんでも買うの」

「へー、ああ、それであの本の量……」

「鷹雪くんは同じ『松本』でなにか集めたりしない?」

「んー、うちの家族はなあ。マンガしか読まないしなあ……ああ、そういえば亜子ちゃんの家に松本ナントカさんの本あったよね、ええと」

「松本清張さんかな?」

「うん!それだそれ、それおもしろかった」

「えへへ。帰ったら貸してあげますね」

「よろしくです。また約束増えちゃった」



 そんなことを話していると、松本城の前に着いていた。周りには大きなお堀があって、その真ん中に黒の天守がそびえ立っている。

 思わず目を奪われてしまう。

 小学生の頃、地元にあるお城に遠足でいったことがある。その時にも大きさや存在感に圧倒されてしまったけれど、それとはまた違う威風堂々さ。お堀りがあると、また雰囲気も違う。より『お城らしさ』が強調される。

 瓦屋根に少しだけ積もっている雪の白とお城の黒。そのコントラストが美しい。

 私たち以外にも、たくさんの観光客がいる。家族から学生さんのグループ、ほかにも恋人同士のような人たち。色んな人がいる。ぼーっとしていると、人波にさらわれてしまいそうだ。

 こんなにもたくさんの人たちが心惹かれる理由がわかるような気がする。

 教科書では見たことがあるけれど、実際目の前にしてみると圧倒される。迫力がある。ずっと見ていると、心を持っていかれてしまいそう。

 ぽーっと見とれていると、鷹雪くんの手が私の手の甲に触れた。それから強く手を握られる。現実に引き戻されたような感じがした。



「おー。変わらないなあ」

「大きいね」



 記念に1枚、とカメラを取り出す。

 構図とかそういうのはよく分からないけれど、ファインダーを覗きながらいい感じにシャッターを切る。

 その間、ずっと鷹雪くんは私のことを見ていた。じーっと。うう。ダメ出しとかされてしまうのだろうか。冷や汗が流れてきた。

 ――と、私の心配とは裏腹に、鷹雪くんは目をきらきらと輝かせる。



「カメラ持ってたんだ!」

「えっ、うん、インスタントカメラだけど……」

「ケータイにもカメラあるけどさ、いいよねえ、こういうカメラも。懐かしいなあ。修学旅行のときとか、こういうの1台持たされて、バンバン撮るんだけど。気づいたら最後の1枚になっててどうしよー!って悩んだなあ」

「あ、私も」



 最初のうちはたくさん撮るんだけれど、フィルムのカウントが減っていくにつれて、だんだん撮るのが勿体なくなってしまう。

 だから1日目の写真は沢山残っているけれど、旅行最終日となると写真はほとんど残っていなかったりする。

 今回こそは計画的に撮らなくては。

 ――バスの中でこっそり撮った写真は、大事な大事なお写真だから無駄ではない。うんうん。

 ひとり自分を納得させていると、鷹雪くんは「亜子ちゃんもそういうタイプ!」と嬉しそうに笑っていた。



「自分が写るのは好きじゃないから風景ばっかり撮ってたけどね。ははは、それでよくおふくろに怒られてた!なんで自分のこと撮ってこないのー!?って」

「……鷹雪くんのこと撮らないほうがいい?」



 どうしよう。

 鷹雪くんのことを撮ってしまった。

 しゅん……と落ち込んでいると、握ったままの手をぷらぷらと振られた。

 驚いて見上げると、



「亜子ちゃんに撮られるなら大歓迎っす!」



「たくさん撮って」といつもの笑顔。

 よかった。

 今日はたくさん撮ろう。

 たくさんたくさん。

 思い出を残しておこう。

 まだまだフィルムはたくさん残っている。



「亜子ちゃんは? 撮ってもいい?」

「恥ずかしいからだめ」



 と答えると、「えー」と唇を突き出す鷹雪くん。

 残念そうに肩を落としている。



「……でも、鷹雪くんと一緒だったらいいよ」



 そう答えると、ぱあああと明るい表情をしてくれる。かわいいなあ。

 じゃあ早速!と顔を寄せて私のカメラを手に取る鷹雪くん。

 こんなに顔と顔を近づけるなんて久しぶりで、顔が熱くなってしまう。

 変な顔をしていないだろうか。

 こんなとき、インスタントカメラで良かったと思う。

 デジタルカメラとか携帯電話のカメラだったら、すぐに写真を確認できちゃうから。

 インスタントカメラなら、現像するまでわからない。

 ドキドキしながらカメラのレンズを見つめ、シャッターが切られるのを待つ。

 鷹雪くんも自撮りに慣れていないようで、なかなか終わらない。頭がくらくらしてきた。

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