3.篠宮トオアキ

 無限地平への旅! 2030年夏プラン!

  東方エントランス観光プラン 

    9泊10日 14万円~

  超能力獲得最安プラン

   横浜発 東進コース 

    96泊97日 1、588万円~

   新潟発 ロサンゼルス経由 西進コース 

    122泊123日 1、738万円~

  この機会に超能力を手に入れましょう!


 鎌倉市大船駅前の総菜屋アルバイト店員、篠宮トオアキは、店の向かいの旅行代理店に張られた広告を眺めながら、溜息をついた。

 数年前に東西の無限地平上に高速鉄道が敷設されてから、超能力は金と時間さえあれば、誰でも獲得することが出来るものになっていた。超能力は、家を買うように、高級外車を買うように、獲得できるものになっていた。

 しかし、トオアキには金がなかった。超能力は喉から手が出るほど欲しかったが、今のトオアキにはこの最安と銘打たれたツアー代金の頭金の十分の一も出すことはできなかったし、そもそもフリーターのトオアキにはローンを組むほど信用がない。

 中には、獲得する能力が金を稼ぐことができる能力である、ということに賭け、親戚友人から金を借りて無限地平へ赴くものもいる。しかし、トオアキには金を貸してくれる友人も、金を持っている親戚もいなかった。

 あるのはただ、時間だけである。

 いつか、ものすごい能力を身に着けて一発逆転したいと思っていたが、そもそも最初に就職した会社を2年でクビにされてからというもの、貯金は減る一方だし、生きる気力も減る一方のトオアキだった。


「兄ちゃん! もしもし!」

 急に声をかけられ、トオアキは跳びあがった。見ると、初老の男性客が焼き鳥のパックを突き出して、こちらを睨んでいる。

「すいません」

 トオアキは慌てて、パックを受け取った。そして、客に気付かれないように、小さく舌打ちをした。


 夕方、休憩時間にバックヤードで売れ残りのチャーシュー弁当をつついていると、夜シフトの荻原アザネが出勤してきた。

「ちょっと早くついちゃった」

 アザネはそういうと、トオアキの向かいに座って、鞄から取り出したペットボトルに口をつけた。

 トオアキはアザネのような、年上の、野暮ったいフレームのメガネをかけた、化粧っ気もなく目の下に隈を浮かべ髪の毛も適当に伸ばしているような絵に描いた地味女に興味が無かったので、相手は先輩ではあったが特に何も応じることなく、弁当を口へ運び続けた。


 アザネは、そうして黙々と食事をしているトオアキへ、今日は忙しいか、だとか、昨日は面倒な客がいた、だとか、そういうどうでもいい話を投げかけ続けてきた。二人きりのバックヤードで、さすがに明らかに自分へ向けられている話を無視することも出来ず、トオアキは返事をせざるを得なかった。それに気を良くしたのか、アザネの話のテンポが上がっていく。

 自分に好意があるのか分からないが、そのアザネの絡みはトオアキにとって迷惑でしかなかった。興味のない相手と話などしても、なにも楽しいことなどないのだ。トオアキは弁当を一気にかきこむと、そのまま部屋から立ち去るべく席を立とうとした。

「そ、そういえば篠宮君、前に超能力獲得ツアー、行ってみたいな、って言ってたよね」

 椅子を引きかけたトオアキへ、それを引き止めるようにアザネは言った。

「はい、まあ、言いましたね」

 言った、ということは事実だったのでとりあえず肯定しながら、トオアキは立ち上がって、弁当の空き箱をゴミ箱へ放り込んだ。

「伏見ノジオって、ちょっと有名な占い師、知ってる? 私、ファンなんだけど……」

 横を通り過ぎていくトオアキの気を引こうとするように、アザネは喋り続ける。

「さあ、興味ないです」

 トオアキはアザネの方を振り返ることもなく答えると、扉のノブを掴んだ。

「その人が、無料で、超能力獲得ツアーに連れて行ってくれるんだって。募集してたよ」

 アザネは早口で言った。

 トオアキはその場で振り返った。

「名前、なんでしたっけ?」

「伏見ノジオ。篠宮君も、興味があるなら――」

 アザネはこちらに媚びるように笑みを浮かべて答えた。

「なるほど、どうも」

 トオアキはアザネの言葉を全て聞くことなく、部屋を後にした。

 

 帰宅後、ネットで検索すると、占い師の伏見ノジオはすぐに見つかった。

 占い師、などといっていたので、てっきり怪しげな水晶玉を持ってローブを羽織ったような人物を想像していたが、ノジオは髪の毛をほとんど白にちかい金色に染めた、トオアキとそう歳の変わらない若い男だった。

 おそらく無限地平で何らかの超能力を得ているらしいノジオは、その能力でもって悩み解決や失せ物探しなどをしており、それがかなりの精度を誇るため、世間的にかなりの信頼を得ているようだった。――そして、その占い稼業によって、ノジオはかなり、稼いでいる様子だった。


 ノジオのSNSに、アザネの言っていた超能力獲得ツアーのメンバー募集についての書き込みはあった。

『一緒に無限地平へ行ってくれるメンバーを募集中! 費用は全部こちら持ち! 超能力を獲得して、ついでに地図に名前を残しましょう! 興味のある方は連絡ください!』

 その書き込みは、既に何万人にも拡散され、数千の「参加したい」という返信で溢れ返っていた。

 果たして何人募集しているのかは分からないが、そう多くはないはずだ。こんなに拡散され、返信がついているのに、応募したところでとても自分が選ばれるとは思えなかった。

 ただ、チャンスには違いない。

 なにせ、自分はこのSNSのアカウントも持っていなかったのだ。アカウントのないSNSの書き込みなど、今日、この話を聞かなければ、一生知ることも無かっただろう。

 仕事をクビになって、今のバイトをしていなければ、友達のいない自分がこの情報を知ることは無かったに違いない。

 そう、これはチャンスなのだ。

 神様がくれた、千載一遇のチャンスなのだ。

 そう考えているうちに、徐々にトオアキのなかで、自分が選ばれるのではないか、という特に理由のない予感が強まっていくのを感じた。

 トオアキはそうして、早速SNSのアカウントを作ると、参加したい、という返信をノジオへ送った。

 その頃には、自分はもう、この確率の低いチャンスを掴みみとり、無限地平へ降り立ち、誰も手に入れたことのない凄まじい超能力を手に入れ、皆に羨まれる、成田サザツグのようになれるのだという、確信のようなものを感じていた。

 自分の人生は、これからどんどん良い方向へ加速度的に向かって行くのだ。誰もが羨む存在になるのだ。みんなが篠宮トオアキを、自分を、尊敬するのだ。

 そんな想像に胸を膨らませながら、トオアキはその日、強烈な高揚感に包まれたまま、眠りについた。


 翌日、目覚めたトオアキの元に、伏見ノジオから、直接会いたいというメッセージが届いていた。

 トオアキは、昨日感じていた高揚感が、いよいよ強まっていくのを感じていた。心臓はバクバクと激しく鳴り、鏡に映る自分の顔は、ニヤニヤと笑みが張り付いていた。

 何度かのやり取りの後、ノジオとは昼過ぎに新橋駅近くの喫茶店で会うことになった。


 約束の時間の少し前に喫茶店についたトオアキが席について待っていると、疲れた顔をしたノジオがやってきた。

「お待たせ、って、そんな待ってないね」

 ノジオは薄ら笑いを浮かべながら言った。

「えっと、は、初めまして。自分は――」

 トオアキが自己紹介をしようとすると、ノジオはそれを遮った。そうして、怠そうに壁へ頭を預け目を瞑った。

「キミは篠宮トオアキ、26歳。大船の総菜屋でアルバイトをしてるんだね。それで、今日は午前8時53分に起きて、大船駅から東海道線に乗った。あ、乗る前にホームでエナジードリンクを買ったね。そしてそれは少し残して、電車に乗る前にホームのゴミ箱に捨ててきたんだ。それで、今のSuicaの残額は1013円。あってる?」

 ノジオは目を瞑ったまま、滑らかに言った。

「え、あ、はい。あってます……」

 トオアキは呆気に取られながら頷いた。

「そういうわけで、俺はちゃんとした占い師なんだけど、信じてくれた?」

 ノジオは目を開いて言った。頭は依然として、壁にもたれかかったままである。

「え、はい……」トオアキは何度も首を縦に振った。「めっちゃ……、めっちゃすごいです……」

「あ、そう?」ノジオはまた薄ら笑いを浮かべた。「スマートグラスの個人情報抜いただろ、とか言われることあるんだけど、そこんところは平気?」

「えっ……」

 トオアキは、ノジオのその問いになんと答えていいのか分からず、戸惑った。

 そうか、これはテストなのだ。トオアキはようやく理解した。ここで答えに間違ったら、無限地平へ連れて行って貰えなくなるのだ。注意して答えなければ。トオアキはごくりと唾を飲み込んだ。

「あ、キミを試しているみたいな、そういうわけじゃあないんだ。いつも、誰とあっても、僕はこんな感じなだけ。ごめんね」

 ノジオはそう言いながら、頭を壁から離すとテーブルの上のタッチパネルからアイスコーヒーを注文した。トオアキも注文を忘れていたので、同じものを注文した。


「えっと、それで、キミ、トオアキ君、僕と一緒に無限地平に行きたい?」

「行きたいです!」

 ノジオの唐突な問いに、トオアキは即座に答えた。

「これが詐欺じゃないか、とか思わない? なんで自分が呼ばれたんだろう、とか、よくわからない契約書にサインさせられるんじゃないか、とか、怪しい集団に勧誘されるんじゃないか、とか、そこんところは平気?」

 ノジオは首を傾げた。

「えっ……」

 トオアキはノジオに言われたようなことは全く想像していなかったので、言葉に詰まった。

「いや、キミ、面白いね。うん」ノジオは薄ら笑いを浮かべながら、トオアキの肩を叩いた。「一緒に行こう。無限地平にさ。一緒に行って、えっと、そう、キミは超能力を手に入れて、僕たちは地図に名前を残そう」

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無限の地平に沈む陽よ なかいでけい @renetra

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