【短編】メリーさんと鍵

Edy

メリーさん

『私メリーさん。今あなたの後ろにいるの』

 顔馴染みのおばちゃんが営むタバコ屋にいた時、そのメッセージは届いた。

 知り合いにメリーと名乗るやつはいない。サムネの赤いコートを纏った美人も知らない顔。誰のイタズラか確かめるべく振り返るが、誰もいない。

 いや、人はいないが……何だ? あれは? 直径2mはある黒いマリモのようなモノが、浮かんでいた。ソレは、わずかに透き通り、縁は蜃気楼のように揺らめいていた。

 余りにも非現実な光景に、自分にしか見えていないのでは、と感じた途端、勢いよく閉まるシャッターの金属音で、これが現実だと思い知らされた。

 それにしても、ソレがメリーさんだとすると、サムネ詐欺もいいとこだ。

 ソレは静止していたが、突然、飛びかかってくる。慌てて避けると、シャッターに突っ込み、大きな穴を開けた。金属の拉げる音と共に、おばちゃんの悲鳴が響く。ソレは店から抜け出し、ゆらゆらと寄ってきていた。

 とにかく逃げよう。どこに? 学校しか思いつかない。自転車に飛び乗り走らせる。確認すると、他人には興味を示さず、真っ直ぐこちらに漂ってきている。

 自転車なら追いつかれることはなさそうだ。

 学校に入り、校舎ではなく、駐車場へ向かう。あった、年代物のサニートラック。持ち主の吉田もいた。吉田ならいい知恵を出してくれる。

「車を出してくれ! おかしなのに追いかけられているんだ!」

「知ってる。SNSに動画上がってた。とりあえず乗れよ。駅の方は駄目だな。敷島方面でいいか?」

 大学を出て、山の手通りを走る古いサニトラが頼もしい。

 話しが早くて助かるが、SNSに動画? 渡されたスマホには、みっともなく疾走する俺と黒いとソレが写っていた。

「これはバズるぞ。やったな有名人。で、あれは何?」

 俺が知ってるはずがない。逆に教えて欲しい。

 またメッセージが届いた。『私メリーさん。今、湯村にいるの』

「追いかけてきてる!」

「何でわかる?」

「メッセージが知らせてくれる」スマホを見せると、吉田は車を停めた。

「停まるなよ! 追いつかれる!」

「落ち着け。まだ遠い。考えたいから運転変われ」

 運転席に座る。クラッチを繋ぎ、走らせる。吉田はスマホをいじり始めた。

「心当たりは?」

「ない」

「何でメリーさん?」

「知らん」

「捕まったらどうなる?」

「マズい……と思う」

「まあ、いいや。先週の時点で目撃されてるな。動画が4つも上がってるわ」

「どこで?」

「全部、山梨だな。笛吹、石和と、甲府が2つ」

 今、追いかけてきているのと、同じ個体なのか、複数存在するのか。どちらにせよ、捕まりたくはない。

「ところで、それ何?」

 吉田が摘んでいるのは、俺の鞄につけてあるアクセサリ。アンティークな鍵を模したソレは、ぼんやりと赤い光を放っていた。いつから光っていたんだ?

「先週、オーパーツ展で買った」

「オカルト好きだったっけ?」

「上川が好きなんだよ。どっかで発掘された棺に鍵の束だけ入ってたらしい。その鍵。限定10個。上川も買ってた」

「オーパーツって売っていいのか?」

「重要なのは棺の方なんだと。で、中にあった鍵は年代測定で最近の物と鑑定されたらしく、墓荒らしが入れた物ではないか、と言っていた」

「へぇ……上川、電話でないな。そういや、ここ数日見かけてない。連絡とってる?」

「いや全然」

「もしかして、それを追いかけてきてないか?さっきの信号待ちの時、わずかに光が強くなってた。近ずくと光が強くなるのかも。それに、見ろよ、これ」

 吉田のスマホには、ネットで見つけた動画。一昨日、夜の石和。メリーさんに追われている男性。何を伝えたいのかはすぐにわかった。男性のワンショルダーバッグから漏れているのは、赤い光。まさか、本当に、この鍵なのか。

「メリーさん、小さくないか?」

 言われてみると、今朝、見た時より随分と小さいが、今、重要なのはそこじゃない。

 鍵を返すために、双葉にある大型ショッピングモール、隅の駐車場にサニトラを止めた。

『私メリーさん。今、竜王にいるの』

 俺たちは、甲府から敷島経由で双葉に来た。メリーさんの現在位置は竜王。つまり最短距離で追ってきている事になる。

「光が強くなってきてるなあ。もし、鍵が無関係ならどうする?」

「その時は警察に駆け込む」

「今からでも行くか?」

「拘束された挙げ句、役に立たなかったら洒落にならん……来た。運転任せる。エンジン切るなよ」

 近づいてくるメリーさん。祈るような気持ちで投げつける。大きな放物線を描いた鍵はメリーさんに吸い込まれた。直後、靄が赤く輝き、また黒に戻る。違うのは、球形が人型になったぐらい。そのシルエットは、髪の長い女性に見えなくもなかった。

 そして、メリーさんは西へ向かい始める。もう俺には用がなさそうだ。ホッとしてへたり込む。

「鍵を返してほしかったんだな……吉田、助かったよ。それにしてもメリーさんとは、なんだったんだろう?」

 吉田はメリーさんの後ろ姿を見つめていた。

「さあね。でも、あれで赤ければメリーさんぽいかもな。鍵の光も赤だったし」

「赤?」

「俺の親父が子供の頃に、よく見かけたメリーさんは全身赤だったらしいよ」

「よく見かけるものなのか?」

「俺の実家は三重の津なんだけど、昔はいたらしい。全身赤ずくめで。ああ、ちゃんと実在した人間な。目立って、噂されて、付いたあだ名がメリーさん。親父から聞いた話だけど。有名だから上川なら知ってるかもよ」

 そんな話は聞いたこともない。

「だからと言って、鍵の回収はメリーさんの役目じゃないだろうに」

「都市伝説とか、妖怪とか、そういった噂から負の感情が生まれ、集まって、力を持つ事はよくある。標的を追いかけるメリーさんの特性と、鍵を追いかける目的は似ているからな。取り込んだとしてもおかしくは、ない」

 運転しながら語る吉田の横顔はシリアスだ。

「……そんな事があるのか」

「しらね、映画とかでありそうな設定だろ?」

 危うく尊敬しかけた。

 まあ、いい。俺たちは東へ、メリーさんは西に。もう会う事は……西?

 忘れていた。俺が買った鍵は二つ。一つは俺。もう一つは――

 電話をかける。早く出てくれ。出た。

「もしもし。昨日ぶり。忘れ物でもあった?」

「それよりも、昨日、俺があげた鍵、どうした?」

「家にあるよ。返して欲しいの?」

「あれを持ってると危険なんだ。すぐに捨てて!」

「えー無理。今、家にいないし。夜まで帰れないなあ」

「父さんとばあちゃんは?」

「お父さんは今日と明日は出張でいないよ。おばあちゃんは家。足悪いの知ってるでしょ?」

「わかった。俺が連絡するまで帰らないで。理由は後で説明する。じゃあ」

 ばあちゃんが危ない。俺のせいだ。俺がなんとかしないと。

 吉田に鍵がもう一つある事を伝える。姉にあげた事も、鍵がある実家にばあちゃんが一人でいる事も。

「なんで、限定10個で2個も買ったんだよ」

「オーパーツ展最終日で余ってたから、つい」

「アホか。で、お前の実家どこ?」

「上伊那IC降りてすぐ」

「メリーさんの移動速度なら、韮崎を過ぎた頃か、戻って甲府昭和から高速使うしかないな」

「双葉のスマートIC使えばいいだろ」

「このサニトラにETCが付いてると思うか? 間に合うか微妙だけど、行くしかない」

 高速を使っても追いつけない? いくらなんでも、メリーさんはそこまで早くない。

「もう忘れたのか。メリーさんは最短距離で進む。俺たちは南アルプスを迂回して100km。あっちは真っ直ぐ50kmだ。大丈夫。それでも俺たちの方が早い」

 車の少ない中央道を北西へと走る。

 いつも通り通学していただけなのに、こんな事になるとは夢にも思わなかった。

 俺は吉田の助けで無事だけど、上川は大丈夫だろうか? 相変わらず電話は繋がらない。心配する気持ちとは裏腹に、意外なところから、悪い形で、知らされた。

 付けっぱなしになっていたラジオのローカルニュース。

『昨晩、荒川河川敷で発見された青年の身元が判明しました。青年は甲府市在住の大学生、上川裕二、20歳。外傷はなく、現在も意識不明であることから山梨県警は事件に巻き込まれた可能性があるとの――』

 メリーさんに捕まるとどうなるのかが、わかった。吉田もいつになく真剣な表情。

 ばあちゃんは高齢だ。メリーさんに捕まれば、命に関わるかもしれない。早く帰らないと。

 しかし、サニトラはみるみる減速し、完全に停止した。ここまで来て渋滞とは。

「事故っぽいな。お前の家、ICからどれぐらい?」

「2kmぐらい」

「ここから上伊那ICまで1km。降りて走れ。緊急時だ、俺が許す。あ、金ある? 高速代、足りそうもない」

「釣りはやる。ここまでサンキュ。後で連絡する」

「明日、一緒に上川の見舞い行くからな。すっぽかすなよ」

 自転車、車、最後は自分の足。勝負だ、メリーさん。


 辿り着いた時には、息も絶え絶えだったが、先に着けたようだ。

 鍵はどこだ? ……聞くのを忘れた。姉に電話したが、繋がらない。姉の部屋を探しても、見つからない。ばあちゃんも、知らないらしい。

 そこに、玄関を破壊する轟音が鳴り響く。

 追いつかれた。

「ばあちゃん!」

 動けないでいる、ばあちゃんを抱きあげ、奥の部屋に逃げた。鍵は姉ちゃんの部屋だ。こっちには来ない……はず。

 やはり、メリーさんは俺たちを無視して、姉ちゃんの部屋に入った。触れた物を破壊しながら。あちこち壊されたが、これで勝手に鍵を回収するだろう。後は、待っているだけでいい。

 ……いや、鍵をいいのか?

 不穏な考えが過る。考えが纏まる前に、姉の部屋から赤い光が溢れ、消えた。メリーさんは、どこにも、いなかった。

「一体、何がおこってるんだい?」

「わからない。でも、もう終わったと思う。迷惑かけてごめん」

「いいさ。頑張ってくれたんだろう? 頑張って、無事なら、それでいい」

 ばあちゃんは笑って許してくれた。

 俺は吉田と合流し、甲府に帰る。

 下りの渋滞はまだ続いていた。


 翌日、上川の見舞いに行くと、すでに意識が回復していた。なぜ荒川で倒れていたのか覚えていなかったどころか、オーパーツ展に行った事も記憶にないらしい。警察の聴取があるからと、追い出されたので交わした会話はそれぐらいだった。

「吉田、俺の考えを聞いてくれないか?」

 見舞いの帰り、昨日の思いつきを話した。誰かに話せば、少しは気持ちが楽になりそうだったから。

 疑問の起点は、鍵が収められていたオーパーツの棺。貰ったパンフによると、電波暗箱として機能するらしい。それ故オーパーツ認定されていた。

 次にメリーさん。棺の主が鍵を取り戻そうとしている、そう思っていた。しかし、もしも、あの棺がメリーさんから鍵を隠すために使われたのだとしたら? 鍵の年代測定が合わないのにも説明が付く。そして、メリーさんは鍵をいる。双葉でのメリーさんは、鍵の回収後に消えはしなかった。そして、姉ちゃんの部屋で消えた。なぜか? 全て回収し終えた可能性が高い。

「もしかして、終わったんじゃなくて、これから始まると思わないか?」

 吉田は頼りになるし頭も切れる。意見が聞きたい。

「な、なんだってー!!」大げさに驚くフリをしてから、笑われた。

「お前、想像力逞しいな。作家目指せば?馬鹿馬鹿しいとは言わないけど、判断出来る材料が少な過ぎる。今から悩んでると、何かあった時、疲れて動けなくなるぞ。それより課題のデータくれよ。スマホに入ってるんだろう?」

「悪い、持ってきてない。今日はスマホ触りたくないわ」

 怪奇現象の始まりはスマホだった。もう懲り懲りだ。

 吉田も苦笑いしている。

「違いない」


 この後、何が起こるのかは、誰も知らない。

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