完:さらば、桃の國

 おじいさんの腹に包帯を巻き、殿を地下牢の檻に入れた後、和之助の手によって、檻の中にいた鬼や動物たちが解放された。牢の中にいた者たちを開放して一階に戻って来た和之助を見て、倒されていた武士たちは皆、状況が把握出来ず困惑した。和之助から皆に、「外へ出るぞ」と指示を出す。武士たちは困惑したまま、和之助の言うことを聞いて全員で外へ出た。


 和之助に言われてついて来たのは、他の武士たちが設営をしていた、儀式を行うはずだった場所だ。そこには、武士によって集められた農民たちがいる。


「和之助様、準備は整っております。どうぞ、真ん中へ」


 武士が手を伸ばした先には、集まった人々の先の中心に、柵で囲った円形の空間があった。殿は、皆から小梅の最期が見えるように作っていたようだ。底意地が悪い。


 和之助は武士たちを置いて、柵で開けられていた一本道を一人歩き出す。武士や農民たちはもちろんのこと、小梅や、おじいさんに肩を貸す喜六、鬼や動物たちも和之助に注目した。


「皆様、この天気をご覧になって分かる通り、雨乞いの儀式は中止となりました」


 和之助の声は聞こえているはずだが、殿のことを気にしているのか、誰も声を発さない。


「それと共に、この國の殿であった黒八を、地下牢に入れました。理由は皆が、一番分かっておいででしょう?」


 武士たちがざわめく。それから十秒ほどして、農民たちが歓声を上げた。それに、数人の武士も同調すると、やがてほとんどの者が喜びの声を上げていた。


「そうね、みんな苦しんでいたんだもの」


 影から見つめる小梅が、嬉しそうに笑う。この者たちは皆、彼女を傷つけたり、裏切った相手だと言うのに。


「で、殿がいなくなったと言うことは、新しい殿が必要となるが……それは、私だ」


 和之助の言葉に、全員の声が止まる。皆の視線が和之助に集まった。和之助は近くにいた部下を数人呼び寄せた。


「蔵から、ありったけの食料を出して、皆に配りなさい。今日は宴会だ!!」


 声を張り上げる和之助。農民は皆、手を上げて喜んでいた。


 … …


 武士たちによって、おじいさんの母屋以外の農民の母屋に、豪勢な食事が運ばれたと言う。理由はもちろん、おじいさんの母屋には、喜六が既に食材を運んでいたからだ。


「おいおい、運んだつっても、もう一週間も前の話だぞ? 食材なんて残ってるわけねーだろ」


 喜六たちは、おじいさんの母屋で食事をしていた。食材が運ばれて来なかったことに文句を垂れる喜六の目の前に、しっかりと火の通った猪の丸焼きが出された。


「実は、あるのよ」


 小梅がウインクをした。喜六はすぐに丸焼きにかぶりついて、ほとんど噛まずに飲んでしまった。


「ワシは傷む前に食おうと言ったのだが、小梅が喜六と食べたいと言って聞かんくてのう。真夏の常温で置いておったから、美味いかは果たして分からんが」


 おじいさんが話した後、喜六は顔を真っ青にしてブルブルと震え出した。そして、慌てて厠へと駆け込んでいった。腹を下したようだ。


「ほれ見ろ小梅。やっぱり、肉だけでも先に食っておくべきだったのさ」

「でも喜六、肉が食いたいって言ってたから……ねぇ、和之助さん? やっぱりお肉だけでも頂けないかしら」


 小梅は、ちゃぶ台の前に座って日本酒を飲む和之助に頼んだ。


「まぁ、構いませんが。あの大きな猪の丸焼きを食べた後では、もう次の肉は入らないでしょう」

「ところで、お前と喜六は手を組んだのかい?」

「は?」


 おじいさんの問いに、和之助が首を傾げる。


「でなければ、お前程の腕の立つ者が喜六を見逃すはずがない」

「……まぁ、手負いを痛めつける趣味はないのでね。奴とは、お互いの状態が完璧に整った時に戦いと思ったのです」

「ふふっ、男の友情ってヤツですね」


 嬉しそうに笑う小梅とは対照的に、何となく不愛想な顔つきになる和之助。噂をすれば、喜六が腹をさすりながら戻って来た。


「ある意味一番こえーのは小梅だな」

「何よもうっ!」


 小梅が喜六の腕をはたくと、辺りは穏やかな空気が流れた。


 … …


 宴の翌日、改めて和之助から農民たちに話をされた。


 國周辺の動物を狩るのも、植物を摘むのも、各々の自由だと。今までは過剰な年貢を納めていたが、それを他の國で共通して使われている通貨に替えるとのこと。通貨のことをよく知らない農民は困惑したが、作物や着物を売った利益が自分たちにも入って来ると聞くと、賛同した。そして、農民と言う呼ばれ方も、民になったと言う。


 和之助の話が終わり、それぞれ畑仕事に戻る。やっていることは同じだが、もう、畑に彼らを監視する武士たちは一人もいなかった。


 小梅は國の入り口を抜け、道路に生えた桃色の綺麗な花を摘んでいた。桃太郎と、おばあさんへ供える為の花だ。


「なぁ」


 聞き覚えの無い声に、小梅が振り返る。そこには、喜六が邪魔に入ったジャガイモ畑の青年がいた。その後ろには、他の農民と呼ばれていた民も数人いる。


「……本当に、すまなかった」


 青年が頭を下げると、後ろにいた人々も頭を下げる。小梅はにっこり笑うと、青年の手を取る。


「これからみんなで、一緒に頑張りましょう!」


 小梅のあまりの心の広さに、罪悪感を覚えた青年はうなだれるように深く頭を下げて頷いた。


 青年たちと別れ、小梅はおじいさんの待つ母屋へと戻ろうとする。


 その途中、以前より活気のある城下町に、喜六と鬼と動物たちを見つけた。たったの一週間で、腕の包帯が取られていた。しぶとい男である。


「喜六!」


 泥を蹴って駆け寄る足音に喜六たちが振り返る。


「見て。この花を桃太郎とおかあさんにお供えしようと思っているの」

「そうかい。そりゃあ仏さんも喜ぶよ」

「ねぇ喜六、今どこへ行こうとしていたの?」

「ん? もうこの國を出ようと思っていたんだが?」

「そう……」


 喜六が旅人であると聞いて、いずれは来ると分かっていたことだ。分かってはいたが、小梅は一人の友人を失ったような気持ちになって寂しくなる。


「おじいさんには挨拶してきた?」

「ああ、してきたよ」

「和之助様には?」

「何で、あいつにしなくちゃいけないんだ?」


 わずかばかりの時間稼ぎをしてしまう小梅。喜六が、「じゃあな」と背を向けようとしたので、小梅は言葉を続ける。


「世界には、この國よりもたくさんの種類の花があるの?」

「ああそうだな。赤白黄色、水色の花なんてのもあったっけな」

「私、その花が見てみたいわ。だから、またこの國に是非遊びにいらして!!」

「花を手土産に持ってこいってかい?」

「ええ。待ってるわ」


 小梅はにっこり笑う。


「わかったよ」


 喜六が頷くと、踵を返して、「じゃあな」と小梅や鬼、動物たちに手を振った。小梅は、その笑顔を絶やさずに手を振り続けた。


 何はともあれ、あの少女が生きていて本当に良かった。この少女は、この國の希望だ。あの子がいる限り、この國はもう心配する必要は無い。


 さて、次行くとすれば、山を越えて海沿いに進むか。海沿いには、裏の國がある。この先も、何が待ち受けているか分からないが。それも旅の醍醐味だろう。足を止めて見つめていた地図をしまうと、今にも泣き出しそうな曇り空の下、喜六は気ままに歩き始めた。

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影武者異世界備忘録 素元安積 @dekavita

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