終章「エピローグ」
蘇ってオリジナルの体で生を受けて初めて、自分の選択でテレビを操作できるようになった。リビングで夜中に観るネット配信の欧州サッカーは私のお気に入りだ。まずは国内でいいから、今度お父さんにスタジアムに連れて行ってもらおうかな。
しかし私のお父さんと親友はアホだ。ひかりの逆プロポーズはプレイのことばかりに力が入っていたように思う。だから私のお父さんと新しいお母さんはアホだ。
二人はひかりの誕生日に入籍した。それから一カ月ほどで私たち三人は引っ越した。お父さんが職場近くで分譲マンションを買い、今では3LDK暮らしだ。一室は私の個室で、一室は私とひかりの季節もののクロークに潰れた。残る一室がひかりの勉強部屋を兼ねた夫婦寝室である。
私の部屋にはお母さんの写真が飾ってある。もともとお父さんの寝室のベッドにあった写真だ。お父さんも再婚をしたことだし、当然の流れである。
今ではひかりも学校をサボらなくなり、お父さんに勉強を見てもらって成績も上向いた。お父さんはひかりの学習サイクルに引っ張られて宅建士の試験も無事に終えた。試験直後の自己採点では合格ラインを難なく上回ったとか。
因みに私は中学校で成績がトップクラスだ。そりゃまぁ、ひかりに宿っていた頃があるから、中学校の勉強なんて二回目だし。これで底辺ならむしろやるせない。
ただ高校はやはりひかりと一緒がいいから彼女を追いかけようと思う。それほどレベルの高い高校ではないが、進学率は言うほど悪くない。お父さんはひかりも私も大学まで出すつもりでいることだし。
私とひかりは親友なわけだが、それは今まで同じものを見聞きして同じ経験を有し、同じ性格で同じ価値観を持ってきたから。だからこそ思う。ひかりがお父さんに恋をしてくれて良かった。
ひかりの恋心に気づいた私が逆プロポーズをけしかけたわけだが、同じ好みの私たちだから、恋の相手は同じになりやすい。けれど今やひかりのお相手は私の実父だから、今後はその心配がないということだ。
とは言え、これからは少しずつ私たちの性格にも違いが出てくるだろう。お互いに別々の経験を積むから。実際今観ている欧州サッカーを私は凄く面白いと思うけど、ひかりはスポーツ観戦に興味がないし。
ここで少しだけ、私しか知らない私の経験を語ろうと思う。それは私が蘇った時。対称寺の本堂でのことだ。
鏡が光った瞬間、私は「あぁ、無に帰す時が来た」と気持ちを決めた。しかし突然強い風が吹き、私は鏡の外に押し出された。直後、お父さんとひかりから押し倒された。その押し倒される直前だ。時間にして一秒にも満たない瞬間、私の時間は少しだけ止まった。そしてお母さんの声が聞こえた。
◇
愛する我が子。あなたに名前を贈ります。産むことのできなかった私から、最初で最後の唯一のプレゼントです。あなたの名前は瑞希。由来は……
私のことを話します。これから話すのは四十九日の間にあなたには話さなかったことです。
私は瑞希を堕胎した自分をずっと責めてきました。亮介君も同じでしょう。
十五で瑞希を中絶した私は二十二で結婚して、それからやっと胸を張って子供が産めると思いました。けれど私は妊娠しない。
二十六歳になる年、不安になって病院で検査を受けました。結果は中絶手術で体に傷がついて、極端に妊娠が難しくなったとのこと。ほぼ絶望的とのことでした。ショックを受けた私は自ら命を断とうと考えるようになります。
程なく、亮介君から離れて死に場所を探し始めてすぐのことです。『死者に関する現世の人への御利益があるお札』の存在を知りました。私は何かに導かれるように探しました。やがてやっとの思いでそのお札に辿り着きます。
そして私は願ったのです。産むことが叶わなかった我が子に今からでも生が欲しい、と。しかしお札は反応しません。なにかが足りない。あぁ、代償が必要なんだ。私はそう思い、自分の命を懸けると加えました。するとお札は青く冷たい炎を上げて燃えました。
その後しばらく移動して、私は自ら命を断ちます。すると次の意識は四十九日の世です。どこかにある鏡の中です。そこにあなたがいた。
涙が出た。それくらい会えて嬉しかった。子供の頃の私にそっくりだから、すぐに自分の娘だとわかりました。
しかし私の願いも虚しく瑞希がここにいる理由。あなたは私の疑問に答えました。それは鏡の中の案内人だから。と言うことは、瑞希は四十九日をまっとうしたら現世に蘇るのかもしれないと思いました。
それならば私は鏡の中にいる間、瑞希をとことん愛そう。瑞希が私の死に負い目を感じないよう私が願ったことは伏せておこう。そう思いました。
しかし私は弱い人間です。いえ、人間だった。弱さを引きずって無念を抱き、黄泉の鏡の中に来てしまった。私の無念は亮介君が自責に捉われないよう、遺書を残さなかったこと。自分が妊娠できない体になったことが自殺のそもそもの動機だったから。
私は動機を誰にも知られないまま鏡の中に来て、来てからとてつもなく虚しくなりました。後の祭りで本当に情けないですが、だから身勝手を承知で、近く蘇りを控えている我が子に結局事の真相を託すのです。それでこのメッセージを残しました。
このメッセージは瑞希が私に引け目を感じて四十九日をまっとうしないという選択をしないよう、蘇りと同時にあなたに届きます。
最後に瑞希、心から愛しています。
◇
私のお母さんは弱い。お母さんの言うとおり、こんなに重い事実を娘に背負わせるなんて。私はお母さんの命と引き換えに蘇ったなんて。五年に及ぶすれ違いも生んだ。
けれど鏡の中にいた四十九日、毎日私を抱きしめてくれた。ひかりの年齢で当時小学五年の私に愛情を注いでくれた。私に名前をくれた。そして親より先に死ぬという最大の親不孝をしなくてもいい娘にしてくれた。
私のお母さんは弱い。だけど世界で一番優しいお母さんだ。私は心から愛している。
そして蘇った私は赤ちゃんアレルギーが改善されていた。ひかりの甥っ子なんてとても可愛い。
それで私は先日、お父さんに中絶は絶対しないと宣言した。お父さんもそれには納得をしてくれた。自分がひかりを妊娠させたら、その時ひかりが何歳でも絶対に中絶はさせないとも誓ってくれた。一応ひかりの大学卒業までは気をつけるそうだが。
そんな中、お父さんは水子供養を続ける。私とひかりもそれについて行く。私の蘇りの時、最後の第六感が働いた。それで知ったのは次の黄泉の鏡の案内人が、私に続き水子のまま生を受けられなかった赤ちゃんだったことだ。
私たちは地元からほど近い畑宿寺にある、水子供養専用のお堂に毎年通う。子供用の玩具やぬいぐるみなどが供えられたお堂である。
そして私のお父さんと新しいお母さんはアホだ。リビングで欧州サッカーを観ていると、隣の寝室から卑猥な声と音が聞こえてくる。間仕切りのドアはスライドで薄い。リビングの光も隙間から漏れているだろうに、私が起きていることにも気づかず夜の営みを音声生配信する。
ひかりの色っぽい声を聞くのはいい。むしろ学校でもモテモテだから、そんな美少女の甘い声を聞ける自分を役得だと思う。ひかりに宿っていた時だってひかりはえっちだから一人でしているのを何度も聞いたし、見たし。
しかしお父さんは違う。生々しくて無理だ。ひかりのニートの父親の時よりも生々しさが際立って鳥肌が立つ。これが実父か。無知故に挑発していた時期もあったが、この世の現実を思い知った。男なんだから声を抑えてもらえないかな。気持ち悪くてしょうがない。
但し、父親としてはひかりの父親より断然いい。天と地ほどの差だ。私はファザコンだ。なんならこれからもとことんファザコンを極めてやろうと思っている。お父さんのことが大好きだ。
せっかく現世に出たのだから色々な所に連れて行ってほしい。休みの日はデートもしたい。行ってきますのちゅうは、ひかりだけにしているのは惜しいから私もしてもらっている。
ただ、お父さんは平日がお休みの仕事だから私とは休みが合わない。デートに行きたくても、これからひかりと取り合いになるかも。まぁ、私はひかりのことも好きだから、それなら三人でもいいけど。とは言えやっぱりお父さんと二人も憧れる。
そしてお父さんも重度の子煩悩だ。私を箱入り娘にしたいのだろうか。私の成長を十五年見られなかったから、これから十五年絶対に離さないと言った。カレシなんてもってのほか。絶対に認めないと言った。それだと私は三十まで処女なんだけど。
だから私のお父さんはアホだ。私の親友ひかりも、初夜に裸エプロンで応えたからアホだ。
けど私は二人のことが大好きだ。お父さんは包容力があって背中が大きい。親友であり新しいお母さんであるひかりは私の一番の理解者。私はこれからも二人を愛し続ける自信だけはある。
鏡の中のひかり 生島いつつ @growth-5
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