学校の帰り道でスプリンター並みのアスリート女に追いかけられているんだけど誰か助けt

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学校の帰り道でスプリンター並みに足の速いアスリート女に追いかけられているんだけど誰か助けt


 俺は今、高校からの帰り道を全速力でけ抜けている。

 持っていた傘なんて逃げているうちにどっかにいっちゃったし、ほどけた靴紐くつひもなんて結び直す余裕もない。

 秋の夕方っていう涼しい時間帯のはずなのに、必死に逃げ回ったせいで全身が汗でビッショリだ。


「はぁ、はぁ……に、逃げ切った?」


 今日に限って何故か道に人が居ない。

 夕焼け色に染まるアスファルトの上に、ポタポタと汗が落ちる。

 道端みちばたの隙間に咲いている季節遅れの彼岸花ひがんばながあまりに不気味で、余計に恐怖をあおってくる。

 体力も精神も限界を迎えた俺は、ゼェゼェと息を吐きながら恐る恐る後ろを振り返ってみ「どうし、て……逃げ、るの……?」


 ――ッ!?

 全然逃げ切れていなかった!?

 俺は驚きで吐いていた息を全て飲み込み、この状況から逃避するかのようにフッと意識を手放した。



 ◇


「ねぇ。コータはアレ、知ってる?」


 時を戻そう。

 これは俺があんな目にった日の昼休み。

 今日発売の週刊誌を自分の席で優雅ゆうがに読んでいた俺に、同じ陸上部でクラスメイトのヒナノが話し掛けてきたところだ。


「いきなりアレってなんだよ。っていうかマスク外してこっちくんな」

「む、いちいちうるさいなぁ! アレはアレ! 『口裂け女』のうわさだよっ!」


 彼女は腕に巻いていたマスクを顔に着け直すと、俺の机にバーン、と両手をつきながらそう言い放った。


 ……口裂け女って、怪談かいだんの? 小学生の時にコックリさんとセットで流行ったアレか?


「ヒナノ……お前、まさかこの年になってまだそんな……もしやお前、つい厨二病ちゅうにびょうが?」

「ち、違うよ! ヒナだってうわさで聞いたの!」

「いや、お前も俺にその話をしようとしている時点で同類だろ……」

「ひ、ヒナのことはいいの! それより『口裂け女』の話!」


 動揺すると相変わらず自分を名前呼びするヒナノが言うには、最近この街に怪談で有名なあの『口裂け女』が出現しているらしい。

 そう、あの耳まで裂けた大きな口をマスクで隠し、「ワタシ、綺麗?」と聞いて高速で追いかけてくる女のアレだ。


「で? それを何故俺に? ただの子供騙こどもだましの怪談だろ?」

「ちーがーうーのー! ホントに出るんだってば! 目撃情報だってあるし!」


 なんだよ、厨二病の集団感染か?

 ちなみに俺は中学でなったから大丈夫。

 たまに左眼と腕はうずくけどね。


「コータ、ヒナのこと厨二ちゅうにとか言うけど、授業中にポエムとか小説書くのやめた方がいいよ? 隣の席の子が見てたから……」

「よし、今からソイツの口を裂いてくるわ!」


 バラされるまえに俺が口裂け男を作ってやる。えぇっと、ハサミはどこだ?


「やめなよ! コータが妄想でクラス内バトルロワイアルを始めたのがいけないんでしょ!」

「うわあぁあぁ!!」

「『選ばれた者にしかこの孤独は理解されないのさ』ってそりゃ誰も理解出来るワケないじゃん!?」

「やめてぇえぇ!!」

「はいはい、そのハサミは危ないからしまおうね。大丈夫、ヒナはそんなコータも好……」

「え? 今、なんて?」


 ――バシィッ!


 ……痛い。なぜか俺の雑誌で頭を思いっきり叩かれた。

 なんでそんなに顔を真っ赤にしているんだ。さてはおぬし、我に惚れているな?


 ――バシィッ! バシィッ!!


 ……冗談だったのに。なんで声に出していないのにバレたし。


「とーにーかーく! コータも帰りはいつも一人なんだし、気をつけて帰ってよね!」


 ヒナノはそう捨て台詞ぜりふを吐くと、雑誌を手に持ったまま廊下に出て行ってしまった。

 それ、まだ途中までしか読んでいないのに……

 頭に深刻なダメージを喰らった俺は、机を涙で濡らしながら残りの昼休みをシクシクと過ごしたのであった。



 そんなことがあった昼も過ぎ、午後の授業と部活を終えて俺はいつもの通学路を一人で帰っていた。

 登校時には降っていた雨も午後にはもうんでおり、不要になったビニール傘で熟練度Maxな必殺技を繰り出していく。

 脳内ではヒナノに言われた『口裂け女』を倒すシミュレーションをしながら意気揚々いきようようと。

 いやー、この連続斬りのキレはヤバいな。動画にしてアップしたらバズるんじゃね?


「ふっふっふ。我が聖剣エクスカサバーで華麗かれいに幽霊を討伐とうばつしてみた……なんつって!」

「あの」


「~ッ!?」


 突然、完全に意識の範囲外から寒気さむけ立つ様な声を掛けられた。

 一瞬で俺の身体は硬直し、ゾクゾクッと鳥肌が全身を覆う。


 ――近くにナニカがいる。


 震える視線を声のした方へと恐る恐る向けていく。

 右斜め前に建つ電信柱。それが太陽の影で暗くなっていた僅かな空間に、ソイツは立っていた。

 真っ赤なトレンチコートに身を包み、目元が隠れるほど真っ黒な長い髪、顔面下を両手のひらで覆った長身の女。

 あんな異様なオーラをまとった奴が居たら、通り過ぎた時に嫌でも気付いていたはずなのに。


「え……あっ……?」

「あの……ワタシ……」


 女は何かを言いかけたが、俺は最後までコイツの言葉を聞くことなくきびすを返して走り出した。

 それはもう、アイツから逃げることだけを考えて一心不乱に。

 小道や脇道を走り抜け、涙目になりながら猛スピードでひた走る。

 さっさと家に帰って玄関の鍵でも閉めて避難した方が安全だったのかもしれないが、その時の俺はマトモな思考をする余裕がなかった。


 そして遂に息も切れ、限界を迎えた俺はヨタヨタと足を止めてしまう。

 えになった息をどうにか整え、ひざに手を置いて心を落ち着かせる。


 汗だくの顔を上げて、ここはどこだろうと辺りをぐるりと見渡してみると朱色しゅいろ鳥居とりいが目に入った。

 どうやら俺は町外れの神社まで辿たどり着いていたようだ。

 もしかしたら無意識で神様に助けを求めていたのかもしれない。

 助けてくれるならもう、なんでもいいけどさ……


「はぁ、はぁ……た、助かった?」


 俺はついその言葉を無意識に言ってしまったのだ。

 そう、それはアイツが来るという前フリフラグにも関わらず。


「どうして。逃げるの」


 ――あぁ俺、死んだわ。

 背後から聞こえたその死神の声は、いとも簡単に俺の意識を刈り取っていった。



 ◇


「んんっ……うん……」


 意識を取り戻した俺は、頭に何か柔らかいものが当たる感触を覚えながらゆっくりと目を開けた。

 ぼやけた視界が戻ってくると同時に、その先に視えたのは……


「ん……? ……ひょわぁあ!」

「おは、よう?」


 目を開けると、さっきの女が横になったままの俺を見下ろしていた。

 そして後頭部に感じていた柔らかいモノは彼女の太ももだったようで、どうやら俺は口裂け女に膝枕ひざまくらをされていたらしい。


 俺は思わず跳ねるように飛び起き、忍者のような動きでその場から距離を置いた。


「だい、じょぶ?」

「ヒィッ!? って、えぇっ……?」


 どうやら襲われはしない……らしい。

 俺……助かったの? 念のためにアレ、言っとく?


「ぽ、ポマード?」

「なんの、こと? 頭、打った、の?」


 あ、アレ? 口裂け女の弱点が効かない?

 そもそもこの人、マスクしていない?


「あの、口裂け女さんですか?」

「そのこと、ではな、し。ある」

「話? どう、ぞ?」


 その後、口裂け女さんは相変わらず顔面を両手で覆ったまま、どうして俺を追いかけたのかを語ってくれた。

 かなり聞き取りにくかったが要約すると、どうやら彼女は極度きょくどの恥ずかしがり屋で、マスクを常にしていないとマトモに外にも出られないらしい。

 今日は普段愛用しているマスクを買いに出かけたのだが、このコロナの影響を受けてどの店も売り切れてしまっていたらしい。

 更に不幸は重なるもので、帰り道の途中でしていたマスクの紐が切れてしまい、俺が目撃したあの場所で動けなくなってしまったと。


「あの、他にマスクを持っていたりは……?」

「それが……すぐ帰るつもりで、その。まさか根元からゴム紐が切れる、とは」


 そこは予備持っておけよ! もしマジで口裂け女だったらキャラが崩壊してるぞ!?


「そ、それでどうして俺に話し掛けてきたんです?」

「もし、マスク。あったら、お借り、したく、て……」

「……え? あ、はい。俺の予備で良ければ。はい、どうぞ……?」

「すみ、ません……」


 俺はバッグから個別包装がされた予備のマスクを取り出し、口裂けさんに渡してあげた。

 彼女は震える手でそれを受け取ると、ササッと後ろを向き、目に見えぬ速さで装着した。

 そしてこちらに顔を戻し……


「ほんっとにありがとう! 超助かったよ~!! キミ、めっちゃいい子だね! もしかしてその制服、ワタシの後輩かな? いやぁ素晴らしい後輩を持ててワタシは幸せだよ! あっはっはっは!」


 ――ええぇぇ?

 なんかメッチャ人変わったんですけど!?


「あ、あの? 口裂けさん?」

「むっ、それはワタシのこと? そういえば自己紹介もしていなかったな。ワタシの名前はサキだ。君の名は?」

「こ、コータと言います」


 さっきまでどもりながら喋っていた妖怪女が超絶ハイテンション陽キャ女に進化した。

 しかもマスクで顔の大部分が隠れているが目はパッチリ、髪がサラサラでかなりの美人さんに見える。

 気を失ってから目覚めるまでこの人に膝枕をしてもらっていたことを思い返すと、なんだか急に照れくさくなってきた。


「ん? コータというのか。そうか……うん、良い名前だな! ところで君、結構足が速かったけど……」

「あ、はい。高校で陸上部に入ってるっス。まぁ、ソコソコの成績っスけど」


 さっきもサキさんに簡単に追いつかれたしな。しかもこの人、全然疲れた様子無かったし。


「あはは、こう見えてワタシも陸上をやっていたからな! 足の速さにはちょっと自信がある」

「そ、そうだったんですか。……はぁ」


 まぁあのヒナノも県の大会で上位だったし、女性でも早い人は多いと思う。


「まぁ、なんだ。貴重なマスクを貰ったことだし、コータ君になにかお礼をしたいんだが何か望みはあるかい?」

「えっ? いや、別に大したことは……」


 正直早く解放されて家に帰りたいという気持ちと、美人な年上お姉さんともっとお話したいという気持ちが天秤てんびんに乗って揺れている。

 でもお礼って急に言われても思いつかないよな……


「なんだ、ワタシと話をしたいのか? ふふふ、可愛い顔してしっかりと男の子なんだねぇ」

「うえぇっ!? なんで分かったの??」

「あははは! コータ君は考えが顔に出ているからすぐに分かるよ。いいよ、お姉さんが男子高校生の思春期な悩みをババーンと聞いてあげようじゃないか」


 マスク越しでも分かるようなニヤニヤした顔でそう言うサキさん。

 結局俺は彼女から街中を逃げ回っていたことなんてすっかり忘れ、日が完全に暮れる時間までいろんな話を楽しんでしまった。

 勉強のことから始まり、どうやったら足が速くなるかの練習法、テレビの話など。

 マスクをした彼女はとてもフレンドリーで話し上手だった。

 本当になんでサキさんはマスク無しで話せないんだろう?


「だからね、コータ君。そのヒナ……ノちゃんって子は君のことが好きなんだよ。あの子がそんなにアピールしているのに気付かなかったのかい?」

「い、いやですね、あの。何となくそんな気はしたんだけど、あまり突っ込むこともできないし……その、もし告ってフラれでもしたら怖いってゆーか」


 最後の方には俺とヒナノの関係の話になってしまった。

 昼間のやりとりもそうけど、最近ヒナノの様子がちょっとおかしいことには気が付いていた。

 去年までは部活でちょっと見かける程度だったのに、今年同じクラスになった辺りからやけに絡んでくるのだ。


「ちょうど今みたいな去年の秋の日に偶々たまたま帰り道でヒナに会ったんスよ。なんか理由は教えてくれなかったけど、落ち込んでたみたいだからちょっと声かけたのがキッカケで。それから仲良くはなったんスけど……」

「ははぁ~ん。弱っているところを突くなんて、コータ君も初心うぶそうに見えてヤルねぇ!」

「ちょっ、そ、そんなんじゃ!」


 アハハハ、と大笑いするサキさん。どうやら俺はからかわれていたらしい。

 でも不思議と嫌な感じはしない。

 なんだか友達とふざけ合っているような感じなんだよね。


「まぁ、ともかく。キミも男の子なら勇気を出して告白してみなよ。ヒナノちゃんを不幸にしたら口裂け女が怒って口を裂いちゃうかもよ?」

「あはは、小学生じゃないんですから。でも分かりました。今度ヒナノと遊ぶ予定があるんで、その時に告白してみます」

「おぉっ! いいね、ワタシも二人が上手くいくのを応援しているよ!」

「ありがとうございます、サキさん。サキさんも話してみればとっても面白いし、綺麗な顔をしているんですから、もう少し自信を持ってくださいね?」


 俺もイジられっぱなしは悔しかったので、最後にちょっとだけやりかえしてみる。

 思った以上にサキさんはその言葉に動揺したのか、顔の上半分を真っ赤にしてしまった。


「さ、サキが綺麗!? ちょ、キミにはヒナちゃんがいるのにそういう事を言わない!」

「ふふふ、お返しですよ。サキお姉さん?」

「うえぇっ!?」


 復讐をやりげ満足した俺は、座っていた神社の前の石階段から立ち上がり、お尻に付いたゴミをはたき落とす。

 よし、これでスッキリと家に帰れるかな。


「サキさん、ありがとうございました。出会いはアレでしたけど、楽しかったッス」

「ふふ。そうだね、私も久しぶりにこんなにしゃべった気がするよ」

「もし、ヒナノと上手くいったらその時はちゃんと報告しますね! じゃ、俺はもう帰ります!」

「あ……うん。マスク、ありがとう。気を付けて帰るんだよ?」


 少し寂しそうな目をしたサキさんに俺は小さく手を振って、小走りで家への道を急ぐ。

 家に帰ったらさっそく告白の練習をしなくっちゃ。

 そしていつの日か、ヒナノのお姉さんであるサキさんに改めてお礼を言おう。

 サキさんは隠していたかもしれないけれど、目元や仕草なんてヒナノそっくりだった。

 えて関係は聞かなかったけど、また会った時に驚かせたいな。

 そうして俺はいろんな妄想をしつつ夕飯を食べてその日は眠りについた。

 


 その1週間後、俺は勇気を出してヒナノに告白。

 見事OKを貰い、付き合うことになった。

 今日は珍しく部活も無いので、初めて彼女を家まで送っている途中だ。


「ねぇ、そう言えばなんで急にコータは私に告白してくれたの?」


 繋いだ手をブンブンと振りながら、楽しそうな声色こわいろでそう聞いてくるヒナノ。

 反対の手にげたかばんが道端の彼岸花に当たって枯れた花弁はなびらが散っていく。

 そういえばサキさんの話をしたことはまだ一度も無かったな。

 今日はヒナノの家に行くことだし、ネタ晴らしをしてしまおう。


「実はヒナノのお姉さんに偶然会うことがあってさ……」

「……え?」

「あ、やっぱりビックリした!? いやぁ、二人を驚かせようと思って」

「……それ、いつの話? なんでヒナにお姉ちゃんが居るって知ってるの!?」

「え? 告白の1週間前だけど。あぁ、そうそう。ヒナノが口裂け女の話をした日だよ。サキさんに告白の応援して貰ってさ」

「サキねぇ……ヒナのお姉ちゃん。去年の秋に交通事故で死んじゃったんだけど」

「……え?」





 茜色に染まるアスファルトに長い影が差した。

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