どこかのエピローグ

 床に突っ立った少年が、もう一人の少年の着ている黒色のタンクトップの背中側をたくしあげて、肩甲骨の間の緑色の芽生えへ指を伸ばす。瑞々しい一対の丸い芽生えは、つつくと柔らかいバネのように弾んだ。まるで、これから羽ばたくのを準備する翼のようだった。

「これかい?」

 緑色の蔦の絡まる指先で芽生えと戯れながら、突っ立ったままの少年がそう尋ねれば、翼のような芽生えの根床である少年が、顔を上向けて口を開く。

「ひどいだろ」

「ひどい」

 血中に濃くなった緑色色素のせいで変色した、翼に芽生えを持つ少年の濃い緑色の唇が閉じたのと同時、立ちっぱなしの少年はそう返事をして頷く。頷いて、すぐにまた口を開いた。

「僕のと同じぐらいひどい」

 その言葉は我慢ならないと言いたげに、翼のような少年が椅子をくるりと回転させた。若い芽生えへタンクトップの裾が引っかかって降りきらないのを気にする風はない。

 根床の少年は、非難がましい淡い緑と深緑の視線を、立ちっぱなしの少年へ向けた。

「いや、お前はその程度で済んだんだろ」

 突っ立ったままの少年はその言葉を受けて、皮肉るような笑みを浮かべた。鮮やかな緑色の葉が茂る指先を、自分の着ているシャツの裾へかける。

「俺のはほら」

 そこで一呼吸置いて、立ったままの少年は今度は自らのシャツをたくしあげた。どくんどくんと脈打っているやや薄汚れた緑色の筋の集まる先、へそのくぼみには、葉が一つきりの芽生えがしっかりと根付いていた。

「こんなになってるんだ」

 少年の均等に緑がかった瞳はとても真剣である。さっきの皮肉は体の奥底へと埋まってしまったようだった。

「うわあ……」

 椅子に腰掛けたままの少年は、驚きと憐れみの表情でその芽生えを見つめる。三日後が容易に想像できるその芽生えに、自分の背中の芽生えを忘れて同情をしているようだった。

 立ちっぱなしの少年は満足したのか、ふんと鼻息を鳴らして、自慢げに言う。

「だろ?」

「うん」

 こくこくと背中を丸めた椅子の上の少年が頷く。その様子に立ちっぱなしの少年の心は少しだけ穏やかになった。少しだけだった。

「どうしてこんなことになってしまったんだろう」

 何度も何度も考えた問いかけは、やっぱり少年の脳裏から離れてくれないのだから。

 椅子の上の少年はまるで聞き飽きたと言いたげに大きく欠伸をする。足りない気体を空気から取り込もうとする、生物としてとても自然な行為だった。

「仕方ないさ」

 欠伸の為に目尻へ浮かんだ透明な緑の涙を拭おうともせず、また更に大きく欠伸をして、椅子の上の少年は言葉を続ける。

「流行ってるんだから」

「そうかな……」

 少年は首を傾げる。何となくこの場の居心地の悪いような気がして、俯くと緑色の膝頭が見えた。そこから足先にかけてだんだんと色は薄くなり、爪などはまったく真っ白だった。

「そうだよ。しょうがないんだ」

 椅子の上の少年が言った。それは確かに少年への答えであったが、むしろ自分へ言い聞かせるように、言葉は湿った緑の口の中へと消えていった。

「しょうがない」

 もう一度、椅子の上の少年が繰り返す。そこから立ち上がることの出来ない彼は、くるくると椅子を回した。まるで、高い窓からわずかに差し込む日光をいかに効率よく受けるかを、考え探っているようだった。

 また、立ちっぱなしの少年も同時に呟いていた。それもまた自分に言い聞かせるような調子であった。少年は日陰に立ち尽くしたままである。細長い窓から差し込む日光が次彼にあたるのは、凡そ十時間ほど後のことだろう。それまで空腹にならないといいなあと考えた後、すっかり、自分の思考が病に侵されてしまっていることを少年は悟り、二酸化炭素を吐き出した。

「そうかもしれないね」

 きっと自分の脳みそも緑色に染まっているんだろうなあと考えて、少年はもう一度、二酸化炭素を吐いた。

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緑の時代 ふじこ @fjikijf

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