第6話:自由

 一年後、光の聖女マリアンヌが学園に退学届けを出した。

 王家が形だけセンピル男爵家の領地をして与えた、全く作物が実らない大砂漠に向かい、開拓に従事するためだった。

 いや、既に緑化を終えていた。

 大砂漠がセンピル男爵家の領地となって以来、あちらこちらにオアシスが現れ、魚が住み鳥が渡り周囲に果樹が育っていた。

 本来ならわずか一年で起こる事ではなかった。


「聖女マリアンヌ、勝手な真似は許されませんぞ」


 王家の意を受けていた学園長が、退学届けを受け取るのを拒んだ。

 どうしても退学すると言い張れば近衛騎士に力尽くで取り押さえさせる気でいた。

 あれ以来学園に配備されていた、聖女マリアンヌの恩を受けていない近衛騎士を、常駐させて非常時に備えていたのだ。

 だが、聖女マリアンヌを止める事など不可能だった。


 グワッシャ


 聖女マリアンヌの手を取って止めようとした学園長は、一年前の事件のように、脳漿をぶちまけて即死した。

 周りにいた近衛騎士は、恐怖のあまり一歩も動けなくなった。

 誰だってこんな死に方はしたくない、そう思ってしまう死に方だった。

 天罰、という言葉が、近衛騎士の頭と心を占めた。

 聖女マリアンヌは誰にさえぎられることなく、堂々と学園を出て行った。


「さあ、行こうか、マリアンヌ」


 マリアンヌの父であるベルド修道士が、声をかけて馬車に乗せる。

 その横には、母の修道女ソフィアがいる。

 ベルドはマリアンヌに恩のある騎士に、爵位返上願いを託していた。

 家族三人、大砂漠に移住するのだ。

 男爵位を返上したのに、男爵領に移住しようとするのだから、随分と身勝手な話だが、彼らからすれば、今までの治療費と慰謝料の対価だと思っていた。


「はい、お父さん」


 マリアンヌは深々と頭を下げてから御者台に乗って、親子三人横並びになった。

 庶民が使う飾り気のない馬車が、ゆっくりと大砂漠に向かって進んでいく。

 その前を、体格のよい馬に乗った完全装備の騎士が何十騎も護っている。

 後ろには、家財道具を積んだ庶民の馬車が列をなしている。

 中には馬車がなく、背中にわずかな家財を背負った徒歩の者もいる。

 更に後ろにも、完全装備の騎士が何十騎も続いている。

 民族大移動とは言わないが、王都の半数近い民がマリアンヌを慕い続いた。


 王家王国が何もせずに見逃したわけではない。

 騎士団や徒士団を動員して、聖女マリアンヌを拘束しようとした。

 もう体裁を構わず、幽閉監禁してでも、光の魔術を自分達のために独占しようとしたのだが、その結果は目を覆うものとなった。

 王家王国の命令に従おうとした騎士や兵士は、その場で頭部を破裂させて死んだ。

 その策を提案したり賛成したりした貴族重臣が、同じように死んだ。

 玉座の間が血と脳漿の地獄絵図となり、国王が原因不明の病で生死を彷徨った。

 もう誰もマリアンヌと民を追えとは言わなくなった。


 

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転生聖女は虐めに負けない。 克全 @dokatu

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