第8話
○車内(夜)
芹野、運転席。
後部座席に真理奈。
真理奈「愛美ちゃんて娘さんのことだったんですね」
芹 野「ああ、真理奈と同じ年でさ」
真理奈「どんな子だったんですか? 私友達になれたかな?」
芹 野「(笑って)無理。すっげえ気が強くて、誰とでも喧嘩するよ」
真理奈「(笑って)」
芹 野「(急に真顔)俺は自分中心で生きてきたんだ、家庭を持っても愛美が生まれても、選手として勝ち続けることが第一で……」
○スキー場・ゲレンデ(芹野の回想・7年前・昼)
芹野の声「7年前、国体連覇を目指してた俺は毎日練習に明け暮れていた」
芹野(30)、ポールに果敢にアタックしながら攻めの滑走をしている。
芹野の声「俺は傍にいたのに」
芹野のコースの一本隣のコース。
一人で滑っている愛美(7)が転ぶ。
そのまま楽しそうに雪で遊んでいる。
と、ドドドとスノーモービルのエンジン音が近づいて……。
芹野の声「愛美を守ってやることができなかった」
立ち尽くし、救急隊員に囲まれる愛美を見ている芹野。
○車内(回想明け・夜)
真理奈と芹野。
真理奈「……」
芹 野「以来、暫くスキーを離れてたんだ。だけど、数年経ってもやっぱり好きでさ。スキーやらなきゃ俺じゃないって」
真理奈「……」
芹 野「再開が引き金で妻とも離婚した。でもやらずにいられなかった。滑ってる時のあの空気がどうしても好きでさ」
真理奈「……」
芹 野「今はこれでよかったと思ってる。でも、愛美の夢はいまだに見る。夢ん中であいつはいつも俺に怒ってんだ。馬鹿な親父の俺に――」
真理奈「そんなことない!」
芹 野「(ちょっと驚き)」
真理奈「愛美ちゃん、スキー好きだったんでしょ?」
芹 野「うん」
真理奈「だったら嬉しかったはずです。コーチが再開して喜んでるはず……」
芹 野「……ありがとう」
真理奈「(優しく微笑み)」
芹野、バックミラーで真理奈の表情を見る。
と、真理奈の目元が別の少女に見えて……。
芹 野「!」
芹野、ミラーをぐっと傾けもう一度確認する。
やっぱりいつもの真理奈だ。
芹 野「(ふっと笑い)やっぱり似てるかもしれないな」
真理奈「?」
芹 野「こっちの話」
ハンドルを切る芹野。
○コンビニ・前(夜)
芹野に支えられ缶コーヒーを持った真理奈が出てくる。
駐車場前のベンチに座る。
芹 野「真理奈は強いな」
真理奈「そんな事ないです」
と、照れながらコーヒーで手を温めている。
芹 野「親を支えたいなんてなかなか思えることじゃない。でも寂しくないか? お父さんとは」
真理奈「(うつむき)……」
芹 野「(黙って真理奈の頭抱き寄せ)……」
真理奈「(驚き芹野を見上げ)……」
芹 野「(優しい目で)」
真理奈「ねぇ、コーチ、お願いがある」
芹 野「ん?」
真理奈「最後まで滑れたら……」
真理奈、芹野の耳元に手をかざし何かを言う。
芹 野「(聞いて)……(微笑み)いいよ、約束」
真理奈「(微笑み)」
〇外(1カ月後・朝)
雲一つない真っ青な空。
〇日高家・玄関前(朝)
松葉杖はつかないが、少しアンバランスな歩き方の真理奈。
〇富良野市・スキー場・男子回転コース・ふもと(朝)
『全国中学校スキー大会北海道予選』と書かれた旗がたなびいている。
大勢の観客。
真理奈は、正人、絵美子と共にふもとで応援している。
真理奈「行っけー! 大地ー!」
大地、順調に滑走してくる。
ゴールすると現時点で首位だ。
真理奈「やったーすごいー!」
正 人「やるな、大地くん」
絵美子「そうねぇ、真理奈も出れてたら得意な回転だったのに、て、あれ? 真理奈は?」
正 人「どこだ?」
忽然と姿を消した真理奈。
〇同・女子スーパー大(ジャイアント)回転(スラローム)コース・スタート付近(昼)
レーシングワンピースの真理奈。
芹野、既に居てスキー板のワックスをスクレーパーではがし、馬毛ブラシで磨きこんでいる。
芹 野「ほら、早く」
真理奈「ハイ!」
芹野、スキー板2本を両手に持ち、
芹 野「いいか、こいつがインスペクション用。こっちが本番用」
真理奈、スキーを履く。
確かめるように足踏みをする。
芹 野「どうだ痛むか」
真理奈「いえ、行けます」
芹 野「よし」
× × ×
アナウンス「女子回転の結果発表です――。第1位 崎村悠利さん。第二位 上田麻美さん。第三位――」
真理奈「さすが悠利、やっぱ強い」
芹 野「気にするな。回転の2滑走はさすがに足に負担だ、仕方ない」
真理奈「はい。この1本に集中します」
〇同・女子スーパー大回転コース(昼)
競技案内のアナウンス。
アナウンス「これより、女子スーパー大回転のインスペクション開始となります――」
真理奈、他の出場選手に続きコースに向かう。
と、向こうから、
声 「真理奈!」
真理奈、振り向くと、ゴーグルが飛んできてそれをキャッチする。
大地だ。
大 地「使え! 俺の形見っ」
あの時のミラーゴーグルだ。
大 地「これだったら顔わかんないだろ? インスぺで外野が煩いだろうからさ」
真理奈「ありがと! 大地ー」
大 地「(ウィンク)」
そしてすぐに滑り去っていく。
真理奈「そーいえばー2本目はー?」
もう遠くにいる大地。
大 地「……(ばつが悪そうに)こけたー」
真理奈「(笑って)まじの形見じゃん、縁起わるっ(だが嬉し気)」
真理奈、ゴーグルを着け、コース内に入っていく。
中盤で、ジャンプ台のように盛り上がったコブの箇所がある。
瞼の裏にもう一度残像を浮かべてみる。
そこを何度もチェックする真理奈。
ゴール地点まで下っていくと、応援しているチームメイトや両親が見えてくる。
女子1「あれ? 目元見えないけど、真理奈じゃね? ケガで棄権じゃないの」
絵美子「え、ま、真理奈!?」
正 人「何やってんだ! まだ治ってないから今日は応援だけだって、早く戻ってきなさい!」
真理奈、チッと舌打ちをし
真理奈「(独り言)やっぱりばれたか……」
と、喚いている絵美子、正人に向かって中指を立てる。
絵美子「あの子! 親に何てことを!」
そのまま滑っていく真理奈。
幸 雄「真理奈! 何やってんだ戻れ!」
コースに乱入しようとする正人やスノーバード関係者。
を、大地が必死に取り押さえている。
〇同・女子スーパー大回転コース・ふもと(昼)
第一滑走者がスタート。
順調かと思いきや大きなコブで吹っ飛んで転倒。
観戦者「うわあ~(残念)」
その後、3人に1人は途中でコブに足を引っかけ転倒する。
大 地「男子並みのセッティングだ……やっぱりスーパーGなんて一番速度が出る種目、無茶だよ……」
× × ×
悠利の滑走。
問題の箇所で大きく流されてしまいタイムロスは出るが無事ゴール。
タイムは1分24秒58。
現在首位。
〇同・女子スーパー大回転コース・スタート付近(昼)
最終滑走の真理奈。
芹野、雪に指で絵を描いて最後のコースのアドバイスを終え、
芹 野「お前は滑り切る、だから俺はゴールで待ってる」
真理奈「(強く頷く)」
芹野、真理奈の肩を力強く叩く。
振り返らずに下へ滑って行く。
その横顔。
真理奈「……」
真理奈、レーシングワンピースの上に羽織ったウェア越しに左胸を押さえる。
そのポケットから取り出したのは芹野の名刺。
を、右足のブーツのバックルに挟んだ。
真理奈、目を閉じ、息を吸う。
頭上空高く一羽の鳶が滑空して行くのが見える。
真理奈、目を開ける。
スタート音とともに飛び出していく。
真理奈「行くよ! シーハイル!」
両腕で雪を強く漕いでスケーティング。
最初は速くはない。
絵美子「(手を合わせ祈るように見て)……」
正 人「(いぶかしげに見て)……」
が、だんだん加速してくる。
追い風。
バタバタと旗が揺れ始める。
大 地「……まじかよ。コース取りが完璧だ! すげえ」
1本1本着実にポールを突破していく真理奈。
悠 利「(呟き)私、真理奈のこと尊敬してるんだよ。がんばれ……」
右ターン、左ターン、右ターン、左ターン。
心なしか左ターンの時に出る雪煙が多くなり横ずれしていっている。
真理奈「(痛みに表情歪め)」
芹 野「(異変気づき)……」
真理奈「(足に)もうちょっと持って!」
真理奈の右足、激しく雪煙を上げ。
真理奈「おねがいっ!」
左ターンの度に名刺が少しずつ擦り切れていき……。
真理奈「あっ(痛)」
ガツンと青いポールにぶつかったのを最後にとうとう名刺は彼方へ飛んで行った。
青空に白い紙のかけらが映え……。
○真理奈のイメージ
闇。
裸で膝を抱えている真理奈。
扉の隙間から光が漏れている。
その眩しさに目をしばたかせる。
真理奈2の声「おいで、こっちへ」
小首を傾げ扉の方を見、立ち上がろうとする真理奈。
が、背後からも声がする。
まるおの声「ほんとにいいの? 僕と一緒にいようよ?」
綿雪になったまるおが降っている。
真理奈「(振り向き戸惑い)……」
まるお「まりな、ねぇずっと一緒だよ!」
真理奈「……(首を横に振り)ううん、まるちゃん。もう一人で滑れるから」
まるお「……」
真理奈「行くね」
真理奈、歩いていき、そっと両手で扉を押し開け……。
真理奈「サヨナラ!」
一気に光が広がる。
ホワイトアウト。
○同・女子スーパー大回転コース(昼)
ゾーンに入った真理奈、表情が違っている。
静かに見定めている視線。
問題のコブがやってくる。
上体を振りかぶる様にし、無駄な滞空時間を減らす。
そして、怪我のない左足のみで降り立った!
絵美子「(心配そうに)ちょ、あっ、片足で!?」
正人、口を開けて見ている。
更に加速する真理奈。
ポールのぎりぎりの間を潜り抜け攻め続ける。
際どいターンでシャーッと鋭い音が出る。
が、不思議と雪煙は出ない。
肩に触れたポールの旗が余韻を残すように震える。
面白い程スムーズに滑っていく真理奈。
悠 利「速い! 速いよ、真理奈。これは……完走どころじゃない!」
芹野が手を振り大きく叫ぶ。
芹 野「真理奈! 行け!」
力強く、大きく見える真理奈。
絵美子「(涙ぐみ)……」
× × ×
絵美子の掌の上の綿。
× × ×
初めてスキーを履いた幼い真理奈。
× × ×
機内で抱き合う絵美子と真理奈。
× × ×
いつの間にか皆声が出ている。
大 地「行け行けっ」
悠 利「ガンバ! もっと速く」
幸 雄「すごいぞ! 真理奈!」
ひとみ「まり姉! がんばれえ」
絵美子と正人「真理奈!」
ゴール付近を笑顔の真理奈が滑っていく。
いつの間にかゴールのラインを通り抜けていた。
とたんに、音声が元に戻る。
耳をつんざくような溢れる歓声。
真理奈、夢うつつで周りを見渡している。
ゴーグルを上げると瞳から涙がこぼれる。
声「やった、優勝だよ真理奈」
誰かの声が聞こえた。
電光掲示板は『1分24秒57』を示している。
絵美子と正人、芹野、悠利皆駆け寄ってきて抱き合う。
皆の微笑みに囲まれ真理奈もまた微笑んでいる。
真理奈「コーチ! 約束!」
と、両手を広げ満面の笑みの真理奈。
芹野、真理奈の身体を持ち上げ肩車する。
真理奈、幼子のようにはしゃぐ。
芹野も無邪気に笑う。
と、どこからか少女の笑い声。
芹野、振り向くが誰も居ない。
笑顔で青空を見上げ……。
(了)
真理奈、もっと速く 理犬(りいぬ) @riinu0827
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