第7話

〇札幌市・スキー場・休憩所(日替わり・夜)

真理奈と悠利。

真理奈「じゃ、そろそろコースに戻るね」

悠 利「早! まだ5分も休んでなくない?」

真理奈「だって、3日間の遅れを取り戻さないと。打倒悠利!(笑顔で出て行く)」

悠 利「(苦笑)」


〇同・リフト(夜)

リフトに乗っている真理奈。

うつらうつらしている。

ガクッと首が落ち、気づいて顔を上げる。


○同・ポールコース(夜)

急な傾斜の斜面。

アイスバーンでガチガチに固まっている。

真理奈、スタートする。

真理奈のM「もっと、無駄無く、最短で」

ひるまずにポールにどんどんアタックしていく。

真理奈が通り過ぎた後、ビヨンビヨンとしなるポール。

を、リフトから見ているスノーバードの選手1。

選手1「うわ、飛ばし過ぎじゃね?」

ドンッという音とともに真理奈の身体は宙に浮いた。

ゴロゴロと転がる。

真理奈、起き上がろうとする。

が、右足が動かせない。

真理奈のM「え、え、え」

間が開いて、

鋭い痛みに顔を歪める真理奈。

腕で踏ん張って立ち上がろうとするが、できない。

スノーバードの選手たちが集まってくる。

真理奈の視界、真っ暗になる。


〇病院・病室(日替わり・昼)

真理奈、右足にギブスをしベッドに横たわっている。

その目に光はない。

悠利が入ってくる。

真理奈「全治3か月だって」

悠 利「……」

真理奈「(うすら笑い)あたしスキーやめるんだ」

悠 利「……は?」

真理奈「(頷くのみ)……」

悠 利「何言ってんの、だって私に勝つって言ってたじゃない」

真理奈「言ったねーはは。直後にコケちゃって、まじダサいよねー」

悠 利「……(呟き)本当にすごくダサい」

真理奈「……」

悠 利「やめたいならやめれば? でも私は真理奈のその発想理解できない。そんな簡単に諦めるんだ」

真理奈「……あたしだって悠利が理解できない」

悠 利「何よ」

真理奈「もし怪我したのが、あたしじゃなくて悠利だったら、きっと……あたしはチャンスだって思う。ラッキーこれで勝てるって。あたし悠利みたいに爽やかじゃない。だからわかんない」

悠利つかつか歩いてきて、

悠 利「(涙ぐみ)私はっ真理奈のことっ」

真理奈の頬を思い切り叩く。

真理奈「(目を合わせない)……」

悠利、病室を出ていく。

真理奈、引き止めない。

真理奈「(悠利の背中を見送り)……」


○スキー場・ふもと(真理奈の回想・7年前・昼)

幸雄(46)が、緊張した面持ちの悠利(7)を皆に紹介している。

を、首を傾げ上目遣いで見つめる真理奈(7)。


○同・コース(真理奈の回想・7年前・昼)

真理奈(7)が悠利(7)を連れて滑っている。

スキー板をハの字に開いて真理奈の後にぴったりついて滑る悠利。

ちゃんと付いてきているか振り向いて確認すると、にかっと乳歯の抜けた口を開けて笑う悠利。


○同・ふもと(真理奈の回想・2年前・昼)

大会で貼り出されたリザルトを見る真理奈(12)。

1位悠利。2位真理奈。

真理奈「(愕然)……」

悠利、背後から肩を叩き、

悠 利「(気を遣って)まぐれだよ」

真理奈のM「いつの間にか悠利は私の先を行くようになってた」


〇病院・病室(回想明け・夜)

真理奈、まるおを持ってベッドに座っている。

真理奈「まるちゃん、どうしてあたし、1位じゃないと気がすまないんだろう」

×      ×      ×

初めて優勝した真理奈(5)、金のトロフィーを抱え笑っている。

正人(32)と絵美子(27)がまるおを真理奈にプレゼントする。

びっくりして喜ぶ真理奈。

正人も絵美子も笑っていて……。

×      ×      ×

真理奈のM「あの頃は完璧に幸せで……」

涙がこみ上げる真理奈。

真理奈、まるおの頭を胴から引きちぎる。

真理奈「でも、違うんだ」

まるおの頭からはみ出た綿をどんどん引っ張り出す。

胴からも同じように、綿を、出す。

出す。出す。

真理奈「これはこれはあたしの幻想っ……」

肩で息をする真理奈。

まるおは以前の形を失くしていく。ベッドの周りは綿とまるおの残骸。

×      ×      ×

頬に涙の跡、眠っている真理奈。

入ってくる絵美子。

絵美子「……」

床に落ちている綿を拾い上げ見ている。


○同(日替わり・朝)

真理奈、スマホを見ている。

『等尺性収縮トレーニング』の記事。

ギプスを付けた足がわずかに揺れる。中で足を動かす訓練をしているのだ。

真理奈「(真剣)……」


○同・リハビリセンター(日替わり・昼)

歩行練習用の棒につかまり右足を動かしている真理奈。

汗を垂らし顔を歪めながら繰り返す。


○日高家・真理奈の部屋(日替わり・昼)

机上の芹野の名刺を手に取り見つめる真理奈。

真理奈「(意を決し)……」


○札幌市・スキー連盟事務所(翌日・夜)

松葉杖を付いて戸を開ける真理奈、芹野を見つける。

真理奈「コーチ」

真理奈に気づき、驚いた顔でやってくる芹野。

芹 野「どうしたんだ」

真理奈「見ての通り、やっちゃいました」

芹 野「骨折か?」

真理奈「(頷く)足首です」

芹 野「仕方ないな……しっかり治してまた来シーズン――」

真理奈「(首を振り)いえ」

芹 野「……?」

真理奈「来シーズンはないんです」

芹 野「?」

真理奈「母と二人で東京に行くことにしたんです。だからスキーは次の全中を最後に引退です」

芹 野「何っ、言ってんだ」

真理奈「コーチ。お願いです。全中までに絶対治すから、試合のサポートをお願いします(バッと頭を下げ)」

芹 野「だめだ、欠場しろ」

真理奈「何で――」

芹 野「(遮り)お前はまた同じ間違いを繰り返そうとしているのか? 合宿で何を学んだ? 俺は残念だよ」

真理奈「違うそれとこれとは」

芹 野「違わない。スキーだけの問題じゃない。これからの生活にも関わる事だ。怪我をかばってまた怪我や事故に――」

真理奈「聞いてください! これは私の問題で……」

声を荒げ、松葉杖で芹野の近くに駆け寄っていく。

真理奈「あっ」

杖を芹野の足元に引っ掛けてしまい、芹野と供に床に激しく倒れる。

ダン! と大きな音が響く。

真理奈、芹野に馬乗りになっている。

真理奈「母さんと、父さんに見せたい! この先もちゃんと、あたしが大丈夫だよって。頑張れるよって」

芹 野「(気圧され)……」

真理奈「ねぇ、コーチ!」

芹 野「わかっ……るわけねえだろ!」

真理奈「……」

芹 野「(ぎゅっと眉を寄せ悲しげ)お前が心配なんだよ……俺は、俺は、滑走中事故で娘を失くした。だからこんな思い二度と……頼む……」

真理奈「(驚いて切なげな顔)……」

芹 野「なあ、わかってくれよ」

真理奈「(切り替え強い視線)でも、それが何?」

芹 野「!」 

真理奈「あたしはあたしです。気づいたんです。これまで自分のために滑ったことがなかったって。結果のためじゃない。自分を好きになりたいからやるんです。絶対後悔しない!」

鬼気迫る真理奈、涙と鼻水が芹野の顔にもう少しで落ちそう……。

芹 野「(頑なに首を振り)駄目だ」

真理奈「だめじゃないっ!」

押し問答を続ける二人。

埒が明かない。

男子高校生選手が事務所に向かって歩いてくる。

男1「なんか芹野コーチ、女の子に襲われてね?」

男2「まじ、何あれ、さすが節操ねえなすげー」

男1、男2入ってきて二人と目が合う。

×      ×      ×

真理奈、大人しく男1が作ったラーメンを食べている。

芹野、背を向け、スキー場のジオラマのガラスケースのカギを開ける。

芹 野「……どうなっても知らんぞ」

真理奈「(ぱっと目に輝きが)」

芹 野「やるからには死んでも勝て。インスペクション(競技コースの下見)を徹底するんだ」

真理奈「ハイッ!」

芹野、山のコースに紐を並べて、小さなスキー選手の人形を置き真理奈にレクチャーし始める。

身を乗り出す真理奈。

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