午前二時の夢

宇津喜 十一

午前二時の夢


 時計は午前一時を示していた。

 あまりにも静かで、緩やかに時間が過ぎて行くので、私は時計を見るのを止めて、瞼を閉じた。薄い肉に透ける黒ずんだ赤い光が見えた。

 座っている硬い椅子の座面は平かで、寛ぐには向かなかったが、背凭れに寄り掛かると腕や腹が脱力し、緊張が解けていくのが分かった。息を吐き出すと、胸が沈んで行く。呼吸だけに注力すると、それをするだけの機械になった心地がした。

 私は疲れていた。肉体的に過酷だった訳ではない。疲弊しているのは脳だ。

 痺れている様な、ぼやけている様な脳裏だ。そこに浮かぶ曖昧な景色には、何があるかも判別出来ない。灰色に霞んだ心象風景は、私の物でありながら、私の心を映していなかった。

 だから、綺麗な夢が見たいと願った。

 きらきらとして、柔らかく包み込む様な馨しい薔薇の夢を。そうでなければ、泥の様に沈み込む眠りを。

 電池が切れた様に体は動かない。硬い椅子でだらりと凭れているままだ。瞼の向こうには眩しい蛍光灯がある。薄皮一枚ではあの光線を防ぎ切れない。

 私は目を開けた。天井のライトは白く光り、部屋を、私を照らしている。

 気に留める事もなく常に浴びていたその明かりを、私は強い光だと認識した。私の中に濃い翳りを作る光だと。

 億劫さを残したまま立ち上がり、壁に備え付けられたスイッチを押して、部屋の電気を消した。真っ暗闇の中にいる時、私はその暗がり達と一体になれた気がした。指の先も、部屋に置かれた凡ゆる物も、全て平等に飲まれて輪郭を失い、大きな一になる。そうなった時、私は何にも囚われず自由であれたし、母に抱かれた様に落ち着いた。

 目が慣れてくると、揺れるカーテンの裾から滲み出る光を見つけた。それが街灯か月明かりか、開けて確認する必要は無いと思えた。カーテンで塞がれた光溢れる場所は、きっと明日私が向かう場所だからだ。

 それが人工の灯りでも、反射した影でも、肌を刺す様な熱光源でも、照らされている間は、私は何ら変わらずに動き続けるだろう。

 きっと明日も、明後日も、同じ様に草臥れて、同じ様に動き出す。

 時計は午前二時を示している。

 私は漏れた光を頼りに、ベッドに横になった。瞼を閉じると、先程と違い、そこに通う血が見えなくなっていた。

 明日になればまた溢れる程の光を浴びるでしょう。そして、次第に暗闇が訪れるでしょう。

 ずっと続く繰り返しに、私はまた、機械にでもなった気がした。まるで噛み合わない歯車を延々と回そうとしている様な気にもなった。そこに感情は何処にも無く、事実だけが羅列されており、酷く分かりやすかった。

 だから、夢が見たいともう一度願った。

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