『催眠術と嫌いな食べ物』友達の嫌いな食べ物を克服させようと催眠術を使ってみると、それは大成功したのだが、友達の様子がおかしくなり

 それは学校の昼休み、誰もいない空き教室でのことでした。


 時任里美は、飯田蜜柑で遊ぼうと――もとい彼女と親睦を深めようとしていました。


 催眠術で。


 暗示内容は、嫌いなピーマンを食べれるようになる、というもの。


 里美は蜜柑の眼前に五円玉をぶら下げます。


「ふふん、すぐにお前の口はピーマンですし詰めになるぜ! ピーマンなのにすし詰め!」


「はいはい、さっさとやっちゃって。どうせ失敗するでしょうけど」


 それは、あまり催眠術をやる雰囲気ではありませんでしたが、まあ、ともかく催眠術は始まりました。


 そして、


「あなたはだんだん嫌いなものを食べたくなーる、食べたくなーる。なぜなら味が美味しいから」


「――ピーマン、食べたい」


「ええ!?」


 あっという間に成功してしまいました。


 あまりのことに、催眠をかけたほうの里美が驚愕しました。


 最初は蜜柑がふざけているのかと思いましたが、その目は完全に呆けた催眠状態でした。


 そして蜜柑はお弁当箱を開くや否や、彼女のお母さんお手製の野菜モリモリ弁当をバクバク食べ始めました。


 催眠は大成功でした。


「よっしゃ! 私、すげえ!」


 里美は大喜びし、こうなったら催眠を解かないほうが良いのではと思いはじめます。


 解き方も分からなかったですし。


 しかし、お弁当をぺろりと平らげた蜜柑は言いました。


「――もっと、食べたい」


 これは少々催眠が効きすぎているようです。


「ちょっと待って。今から催眠について調べるから」


 里美は手のひらを蜜柑に突き出し、スマホを取り出します。


 ところが里美がスマホの画面に注目していると、蜜柑に突き出した手に湿った感触がありました。


「え? 何してんの?」


 里美は一切の思考を止めて、蜜柑に問います。


 なにせ、蜜柑が里美の手をペロペロと舐めていたからです。


 生暖かい蜜柑の舌の感触を指先に感じて、里美はぞわりとしました。


 蜜柑は、相変わらず呆けた――というより、とろけた目で言います。


「食べたくなったから……」


「いや……、私の手は食べ物じゃねーから……、食べちゃ駄目……だよ……?」


 里美は、なぜか疑問形で言いました。


 しかし蜜柑は素直に手を舐めるのをやめてくれて、言いました。


「じゃあキスするね」


「はい?」


「キス」


「はい?」


 それは短く素早いやり取りでした。


 しかし、里美を混乱させるには充分でした。


 しかし、しかし、


「いいでしょ? あなたが食べろって言ったんだし……」


「食べるって性的な意味!?」


 里美は即座に理解して、混乱は治まったものの、動転し、大声をあげました。


「待って待って待て待て待て! 私がした催眠は嫌いなものを食べたくなる、だから! 私の体を食べたくなる、じゃねーから!」


「でも、嫌いだったのものだから……」


「私のこと嫌いだったの!? ショックなんだけど! ちょっと待って! 口臭ケアのスプレーしないでいいから! 嫌いなら嫌いのままでいいじゃん!?」


「でも、あなたがした催眠だから……」


「それじゃ催眠終わり! 目を覚まして! はい、終わりだから! 終わりだぞ!?」


「終わらない、よ」


「待て待て待って! じゃあ手は舐めていいから! 手だけ! 手だけ! なんなら腕もいいから! あ、ちょっと、にじり寄らないで! 顔に息ふきかけないで! いい匂いするから!」


 里美はもう一度手のひらを差し出します。


 ですが、蜜柑はその手を無視し、里美を壁際まで追い込み、壁ドンで里美を逃さないようにして、


「じゃ、いただきます」


「待っ――――――」


 そのままご馳走になりました。


 しかも蜜柑の精神的胃袋は宇宙のように広かったようで、なかなか満腹にはなりませんでした。


 最終的に蜜柑が満足したのは、食事をはじめて二十分がたち、昼休み終了のチャイムが鳴ったその時でした。


 ですが――


「だ……大丈夫……?」


「……アァ……別ニ、平気……ダヨ……?」


「ご……ごめんなさい」


 あとに残ったのは、正気を取り戻して謝罪する少女と、喋る屍だけでした。


 ただ、少女は言います。


「あの……、もし、良かったら……また、食べさせてくれる?」


 少女はもはや暴食家でした。

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