異世界ファンタジー(4作)

in 2020

『敬語のいる関係』王女は幼馴染みのメイドに敬語をやめてと言うのだが、メイドはそれに従う気配がなく

【第一話】


「ねえ、二人っきりのときは敬語やめてって、前にも言ったでしょ?」


 それは豪勢な寝室でのことです。


 この国の王女アンリネットは、メイドのマリオンにそう言いました。


 ですがマリオンは、


「前にも申し上げましたが、それはできません。なぜなら私と姫様では身分違いだからです」


 にべもなくそう言いました。


 それにアンリネットはむっとして大声をあげました。


「身分違いって言ったって、そもそも私達は幼馴染みでしょ!? だったらいいじゃない!」


 そう。二人は五歳の頃からの幼馴染みであり、互いの好物だって事細かに知る仲なのです。


 しかしそれでもマリオンは表情を変えません。


「そうわがままをおっしゃらないでください。これは当然の話なのです。ご理解ください」


 当然と言えば当然なのは確かな話です。


 ただ、そのあまりの冷たい言いぶりにアンリネットは声をしぼませて、


「なんで分かってくれないのよ……馬鹿……」


 小さく呟きました。


 そして一方のマリオンは、ただただアンリネットのそばで佇むだけでした。


 しかし――実を言えばマリオンもアンリネットと同じことを考えていました。


 幼馴染みなのに、なんで分かってくれないのだろう、と。


 本当はマリオンだってアンリネットと昔のように敬語なしで喋りたいと思わないでもないのです。


 もし、それができたら、どんなに楽しいだろうと思うのです。


 ただ、常識的に考えて――自分の主人に敬語なしで喋るなんて、頭がおかしくないとできないよな、と思うのです。


 マリオンは、なんでアンリネットはこんなことも分からないのだろうと、小さく溜息をつきました。






【第二話】


 それはまた寝室でのことです。


 この国の王女アンリネットは、メイドのマリオンに笑顔を見せつつ言いました。


「ねえ、マリオン。あなたって乗馬が好きだったわよね? 明日、私と一緒に馬で湖に行かない?」


 これはアンリネットの作戦でした。


 マリオンに敬語なしで話してほしいので、まずは昔を思い出すような乗馬をともに楽しもうとアンリネットは考えたのです。


 しかしマリオンは、


「せっかくのお誘いですが、私は遠慮します」


 にべもなく、そう言いました。


 アンリネットは驚き、「どうして」と聞こうとしましたが、マリオンが先回りして言いました。


「私は姫様の従者ではありますが、それは王宮内でのこと。王宮外のことは私の専門外にございますので、お供がご入用であれば騎士や猟師にお声がけください」


 淡々としていますが、その言い分は間違いないものでした。


 しかし、それだけにアンリネットは落ち込みました。


 乗馬は、幼いマリオンが最も好きだった遊びだったのです。


 なのにマリオンは喜ぶ素振りも見せませんでした。


 もうアンリネットと遊びたくないとでも言うように。


 アンリネットはそう思うと、もうマリオンを直視できなくなりました。


 しかし――実を言えばマリオンも乗馬がしたくないわけではないのです。


 メイドになってからと言うもの、マリオンは働き詰めで、乗馬など一度もしていませんでした。


 なので今また馬に乗れたら、きっと全身に伝わる地を蹴る衝撃と風を切って進む爽快感で、マリオンはこれ以上なく楽しめたことでしょう。


 ただ、常識的に考えて――マリオンは明日も一日中仕事をするに決まっているのです。


 もし無理に仕事を休めば、そのしわ寄せは同僚に行き、マリオンは同僚から恨まれてしまいます。


 この広くも狭い王宮で平穏に暮らすには、平等に不幸を享受しなければならないのです。


 マリオンは、なんでアンリネットはこんなことも分からないのだろうと、普通に溜息をつきました。






【第三話】


「私のこと好き?」


「無論です」


「大好き?」


「無論です」


「なんか心がこもってないのよね」


「申し訳ございません」


「じゃあ……お父様やお兄様はどう?」


「国王陛下と皇太子殿下ですか? 無論、敬愛しております」


 それは当然のように寝室でのことです。


 この国の王女アンリネットは、メイドのマリオンに自分を好きかどうか聞いていました。


 アンリネットはすっかり自信をなくしており、マリオンの真の気持ちを確かめようとしていました。


 ただ、


「敬愛しております――って、なんか急にかしこまって、心がこもった気がするんだけど」


「気のせいでございましょう」


「じゃあ、お父様やお兄様、そして私の中で一番敬愛しているのは?」


「一番は国王陛下にございます」


「え?」


「二番目が皇太子殿下にございます」


「私よりもお父様やお兄様が上なの?」


「はい」


 マリオンは当然のように冷たく答え、アンリネットの自信は地の底まで落ち、


「あー、そうですか! そうでしょうともね! お父様やお兄様はすごい人ですからね! どうせ私なんか、あなたにとってそこらの小石と大差ない存在なんでしょ! もういいわ! 私の前から消えて!」


 とうとうアンリネットは激高しました。


 他のメイドがこれに対応しようと思えば、酷くうろたえたことでしょう。


 しかし、


「はい、承知いたしました。では御用があれば――」


 マリオンはあくまで冷たい対応で、


「本当に消えてどうするのよ! この馬鹿者ォ!」


 アンリネットはこれ以上ないほどの大声を上げる羽目になりました。


 ひょっとしたら、そのうちティーカップなどを投げつけ始めるかもしれません。


 ですが、こうなったアンリネットを止める術はありません。


 だからマリオンも静かに佇むのみですが、やはり内心では溜息をしたくなるほどアンリネットに呆れていました。


 アンリネットは“王、皇太子、王女の中で最も敬愛しているのは誰か”と問いましたが、それで王以外を選ぶやつは頭がおかしいか、反逆者のいずれかです。


 だいたい王も皇太子も、マリオンにとっては自分の願いを叶えてくれた大恩人なのですから、わがままばかり言うアンリネットとは比較になりません。


 ふとマリオンは、その願いをしたときのことを思い出します。




「――陛下。私の願いはただ一つです。私をアンリネット姫のお側に置いてください。恐れ多いことですが、私のかけがいのない友は、姫様ただ一人なのです」

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