『かめ○め波ができたら結婚』小さな子供に結婚したいと言われた高校生の少女は言う。かめはめ波ができたら結婚してやるよ

 小さい子供のお世話をしていれば、


「私、おねーさんと結婚したい」


 なんて言われることもあるでしょう。


 純真無垢な子供だからこそ出てくるセリフで、それが実現することはないでしょうが、それでも可愛らしいものです。


 これに対する返答としては「いいよ」と遊び感覚で了承したり、「大きくなったらね」とはぐらかすのが一般的でしょう。


 しかし、そう言われた高校生の山本町子は「は?」と首をひねり、なんと回答しようか迷いました。


 もともと町子がこの子供のお世話係になったのはお小遣い目当てです。


 なので町子は子供が好きとかそんなことはなく、むしろ苦手としていました。


 だからでしょう。


 町子は他愛ない子供のお願いに、こう答えました。


「じゃあ、かめはめ波が打てるようになったら結婚してやるよ」


 ――かめはめ波。


 そう。かめはめ波というのは、みんな知っているアレです。


 漫画ドラゴンボールの主人公である孫悟空の必殺技。


 それは、相手が子供とはいえ、あまりに子供騙しな答えでした。


 普通の子供なら怒り出すか、泣き出すかもしれません。


 ところが、


「うん、分かった。私、絶対にかめはめ波できるようになるね」


 その子供――羽鳥燕は馬鹿だったために、そう答えました。


 ただ実のところ町子もそのあたりは分かっていました。


 だから目には目を、馬鹿には馬鹿な返事をしたのです。


 きっと三日後には他のことに夢中になっているだろうし、と。


 しかしそれは町子の甘い見積もりでした。


 翌日から燕は、ペットボトルを詰め込んだリュックサックを背負っての走り込みを始めたのです。


 そう。ドラゴンボールの作中で、主人公らが行った修行と同じです。


 漫画では重りが亀の甲羅でしたが。


 あまりの純真馬鹿な行為に、さすがの町子も驚きました。


 ただ、きっと一週間で疲れて諦めるだろう――、そう町子は考えました。


 すると実際、一週間後の燕はトレーニングではなく、何かの工作を始めていたのです。


 しかし、それも町子の甘い推察でした。


 燕は工作で作ったミニハードルを道に並べると、その上を細かに素早く飛び越え、本格的な短距離走の練習を始めたのです。


 そう。ドラゴンボールの作中で、主人公が一〇〇メートルを八・五秒で駆け抜けたのを燕は目標にしているのです。


 馬鹿な子供のくせに、正しいトレーニングを始めたことに町子は驚きました。


 ただ、きっと一ヶ月もすれば、いよいよ限界を感じて諦めるだろう――、そう町子は考えました。


 しかし、それもまた町子の甘い見通しでした。


 何ヶ月も、何年も、町子の予測は甘かったのです。


 そして、ついに十年がたちました。


「先生! やった! 私、勝った! 全国一位!」


 それは陸上のインターハイ会場の選手控室。


 女子一〇〇メートル決勝が終わったときでした。


 高校三年生の少女は、ゼッケンを身に着け、額から汗を流し、顔面を歓喜の笑みでいっぱいにしていました。


 少女は他の部員らがいるのにも関わらず、部活顧問だけをまっすぐに見つめています。


 そして、


「私、やったよ! かめはめ波はできなかったけど、約束通り、優勝したよ! これで結婚してくれるよね!? 町子先生!」


 そう言いました。


 それに対し部活顧問は、なんとも言えないこわばった笑顔をするのみでした。


 本当に町子の目算は甘いのでした。

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