第3話 Open Up My Heart

現在、式鬼による災禍によって荒れ果てた日本は再整備され、各地の主要な都市は立て直しを図っていた。


戦石市(せんごくし)と名を改めたこの街もそのひとつである。

この街は式鬼による災禍から逃れた人々が集まり、戦学院を有するだけあって軍からの庇護も厚い。

天磨と空はまだこの街の名前が変わる以前からこの場所で生まれ育ってきた。

災禍の中心地であった渋谷から遠く離れたこの街も、式鬼による被害は免れなかった。



いち早く帰路についた二人は幼少から歩き慣れた道を踏みしめながら歩いていた。

「ほんとによかったん?帰っちゃって」

「別にいいだろ。楽しみはとっておくに限る」

チョコレートでコーティングされたウエハースタイプのプロテインバーをかじりながら天磨はいたって興味なさげに答えた。


二人の住む家は近い位置にある。

こうして二人並んで歩くのもいつものことだ。

「いよいよ始まるんだねー」

「ああ、明日から。なぁ、空」

天磨と空の家に繋がる道は分岐路で分かれていた。その分岐路までたどりついてふいに天磨は歩みを止めた。


「頼りにしてるぞ」

「天磨…お前…消えるのか…?」

そんな軽い冗談を交わして二人はそれぞれの家に帰っていった。



天磨の家は戦石市のやや山側に位置している。戦石市は戦学院のある市街地に入れば比較的に栄えているが、そこから外れれば自然もあり、住みやすい環境と言える。

そんなこともあって天磨はこの街が意外と気に入っていた。


家の玄関を開ける。

「ただいまーー」


帰宅を告げて靴を脱いでいると一人の男性が出迎えてくれた。

「おかえりなさい。天磨くん」

「おお、村井さん」

村井安居(むらいあんご)というこの男性は、この家の家事をこなす手伝いをしてくれている。彼は天磨の父の古い友人らしく、昔から何かと世話をかけてくれる。

天磨の母はまだ天磨が幼い頃に死去している。

5年前の渋谷メルトダウンで父も…兄もその争乱の最中に行方不明になり、未だに見つかっていない。

今では唯一の肉親である妹、そして実質家事代行のような村井さんとの3人でこの家に暮らしている。


「学院、どうでした?」

「まだ分からないかな。楽しそうではあるよ

「それはよかった。じゃあ私は夕食の支度をしますから」

村井さんは台所へ向かっていった。




「じゃあ…やるか」

俺は二階にあるトレーニングルームに。

ダンベル、ベンチ、バーベル…必要なものは一通り揃っている。「鍛錬は戦士の基盤」なのだと、俺は親父から教え込まれた。

筋トレに限らず実戦的なトレーニング、武器の扱いまでガキの頃から叩き込まれている。


親父の教え方は容赦なかったけど、思えば兄貴は難なくこなしていたし、なんなら楽しんでやがった…。俺はそれが必要なことなんだと自分に言い聞かせて、思い込ませて、なんとかって感じだったけどな。

だけどこうして今になって式鬼との戦いにそれが役立つ時が来てる。そう考えれば無駄じゃなかったと思えるわな。



今日は動画配信サイト「Voutube」で発見したアメリカ軍式の腕立て伏せをやってみよう。

まずは…ほう、通常の腕立て姿勢から勢いよくバービーのように中腰に立ち上がり一瞬静止、再び腕立て姿勢に戻る。これを繰り返すのか。

「フン……フン…ッ!」

これは…瞬間的に上腕と肩に強い負荷が来る…!

あと…5…3…1…オッケー!

最初からなかなかキツいな…いい、実にいいぞ。


次は…スパイダーマンプッシュアップ?なかなかゴキゲンなネーミングじゃねぇか。

これは、肘と膝を近付けながら腕を左右に開く腕立て伏せだ。なるほど、あたかもスパイダーマンが壁を登る際の動きのように見えることからこう名付けられたのか。

「お……おお…ッ…!?」

これは…大胸筋が刺激される…!

通常の腕立て伏せとはまた違った部位に刺激が行く。


ここまででもだいぶキツいな…いよいよ次がラストだ。

今度は腕立て姿勢から片腕を上げるのと同時に、上げた腕と反対側の足を上げるのか。

「フンッ…フン…ッ!」

息が上がる…ラストスパートだ…!

「うおおおおおおおおお!!」

力を出し切った…これは器具を使うトレーニング並みにハードだな…


結局、今日はこれだけで十分疲れてしまった…俺もまだまだってワケだ…

学院内のシャワー室を借りてから帰ってきたが、また汗をかいた。風呂に入ろう…



「ふぅ……」

村井さんが気を利かせてあらかじめ沸かしておいてくれた湯船につかりながら一息つく。

ふと、親父の言葉を思い出した。


「天磨、お前はお前の為すべきことをやれ」

何遍この言葉を言われたのか数えてねぇ。

ただ、それが刷り込みだろうと思い込みだろうと、俺もそうしたいと思ってる。だからこそ戦核が扱えると知った時は迷いなく武士になることを望んだ。

「見てな。やってやるよ」

思いを込めて強く拳を握りしめた…




風呂から上がると夕飯が用意されていた。

「帰ったか、天磨」

「おう、ただいま」

こいつは俺の妹の織田昴(おだすばる)。

先に食べ終えて茶を啜っている。


「ふむ…ここ最近の式鬼の活動に大きな動きは見られないな…」

「またやってんのか。お前も熱心な」

昴は自前のノートパソコンで式鬼の情報や全国での被害について個人的に調べることを趣味にしている。


「いただきます」

手を合わせて夕飯を食べ始める。

「最近はもっぱら小型種がメインのようです。まれに中型種が現れたとしてもすぐさま各都市の武士が対処できる範疇のようです」

「ああ、だが油断は出来ない。いつ大規模な侵攻があるか分からないからな」


村井さんと昴が話しているのを聞きながら箸を進める。しかし、妹ながらしっかりしたやつだと思う。戦核の適性検査を受けていないにも関わらず、式鬼の情報を集めて少しでも知識をつけようとするその姿勢は立派だと思う。…ヘンに大人びた言葉使いは直してもらいたいと思うけどな。


「天磨、ゆめゆめ気を抜かぬようにな。学院の授業とて生温くはあるまい」

「ああ、心配ねーよ。必ず立派な武士になってやるから」

「うむ。そして昴を養うがいい。一生遊んで暮らせるように、な」

「それは知らん」

「むう…」

昴は不満そうに頬を膨らませた。

「村井さん、ごちそうさま」

食べ終えて食器を洗おうとすると村井さんがいいよいいよと手振りで示す。

「ありがとう。じゃあ明日に備えてもう寝るわ」

「ええ。おやすみなさい」

「おやすみ、天磨」

「お前も遅くならないようにな」



部屋に戻って窓を開ける。

よく晴れていて雲の無い夜空には煌びやかな星が浮かんでる。

…まだガキの頃、よく親父と星を眺めてた。

あの頃見てた星と、今俺が見てる星は何も変わらずに見える。それがどうしようもなく虚しく思えるのはなぜだろう?変わったのは俺の周りだけ、か…。今、隣に親父はいない。

「変わらないものなんてあんのか…?」

考えても仕方のないことを考えて眠りにつく。




翌朝──

家を出て通学路につく。

清々しい朝だ。俺と空は戦学院までは徒歩で通学する。全国から集まった生徒たちの中には距離的に通学が困難な生徒もいる。そうした生徒のために学院内には学生寮が完備されている。電車やバスを用いる者も居るだろう。幸いこの街に暮らす俺たちは距離的にも通学に便利で助かる。


しかし慣れ親しんだ街でも着慣れない制服に袖を通すとまた違った気分になる。

戦学院以外のいわゆる普通の高校に通う同年代のやつらからしたら、俺らは歳こそ同じでも住む世界は別だと思われてんのかもな。


「やっぱさぁ、良くも悪くも目立つよねーこの制服」

「そりゃあな。頼りにしてるぞって目線をガンガン感じるぜ」

「それもあるだろうけどねー。やらかすんじゃねぇぞーって釘を刺されてる気分」

空は何気に真面目な部分がある。確かにこの制服を着ている以上は周りの目を嫌でも集めるってことだ。


そんな話をしているうちに学院の校門が見えてきた。

校門前にはすでに人だかりが出来ていて、貼り出されたクラス分けの一覧を見てそれぞれの教室へと移動していく。

俺たちも掲示板の前へ歩いていき、自分のクラスを探す。

「オイラは…1-Bクラス。天磨は…」

「あ?俺も1-Bか?」

「やったねー天磨」

とは言え同じクラスになるとは思わなかったな。何を基準に選ばれたのかは知らねーが。

「まぁ、良かったな」

「もっと喜べよー有能美少年幼なじみと同じクラスだぞー?」

「やかましい」


そうして1-Bの教室にたどり着いたワケだが。

「なんでてめーが居るんだ?」

「そりゃあ同じクラスだからっスよ!」

教室内には昨日の柴田家虎が居た。

「電子の海のサーファーが役に立つのかねー?」

「ふふん、安心してほしいっスよ!実際すでに昨日の実技試験のデータをまとめておいたっスから!」

家虎はタブレット端末を取り出してこちらに見せてくる。

「いや、要らんけど」

「ハァ!?まとめんの大変だったんスよ!?」

「必要になったら言うから騒ぐなうっとうしい」

「うぅ…オタクに優しくない世界っス…」


柴田に貴重な時間を奪われている間に続々と生徒たちが集まってくる。

当たり前だがほとんど面識もない者たちがほとんどで、俺と空のようによく知る仲のやつなんていない。


俺の席は空の前で、教室の入り口から近い右端の位置だ。廊下側って落ち着かねーんだよなぁ。一番いいのはやっぱ窓側の後列だよな。ボーっと校庭を眺められるし黒板が見やすい。映画館でも後ろ側が好まれるよな。


すると見覚えのある教師が入ってきた。

ちょい悪のおっさん!これはいい傾向だ。

俺が勝手に思ってるだけだが、この人は規律だ規範だと口うるさいタイプではなさそうだから色々と気軽に過ごせそうなイメージでな。


「全員揃ってんなー?」

おっさんは黒板に名前を書いていく。


「安土火工(あづちかこう)。今日から1-Bの担任としてお前らの指導に当たるからな。へへっ、まぁ気軽にいこうや」

担任ガチャのレアリティで言えばSSRリセマラ即終了レベルってとこか?期待通りのタイプで間違いなさそうだ。


「さっそく今日から授業が始まるわけだが、まずはやっぱり少しでもお互いを知ってもらいたいってことで、自己紹介タイムだな」


お決まりのやつだな。しかし、何を言えばいいのやら…

「席順に行くぞ。まずはお前から」

安土先生が俺の方を見る。

「ん…」

俺は立ち上がり、教室内の生徒たちに向き直る。


「織田天磨だ。よろしくな」


一瞬沈黙に包まれる。が、昨日の実技試験のせいかどことなく気まずそうな視線を感じる…もう少し話すか。


「なぁ、昨日の俺を見て俺がヤバいやつだとか、戦闘狂なんじゃねぇかって思ってるかもしれないけどな」


すぐ近くの空と目が合った。不思議と気持ちも落ち着く。


「俺はあくまでもみんなと同じ歳の生徒で、ただ少しだけ訓練を積んできただけに過ぎない、ただの人間だよ」


みんなが真剣に聞いてくれてるのを感じる。


「俺は思うんだよ。「個」の力なんて大したことねーってな。俺が多少強くて、それが何だってんだ?本当に必要なのは…「軍」の力、つまりは力を合わせるってことだ。だから、みんなの力を貸してほしい。俺もみんなに力を貸すから」


「これからよろしくお願いします」

俺は頭を下げた。


ふと、視界の端に安土先生がなんだか嬉しそうに笑っているのが見えた。なにわろてんねん。


みんなが驚いてる。けどこれで緊張は取れただろ。顔を上げると、空が優しく微笑みかけながら拍手をしてくれる。なんつー破壊力だ。どうやら天使はすでに地上に降りてきたらしい。

それに習ってみんなも拍手をくれた。

一応の理解は得られたと思って良さそうだ。


次に空の番が続く。

空がみんなの方を向いた途端、女子の一部から悲鳴が上がった。なんでだよ。

「んえーー…池田空です。天磨とは幼なじみなんで大体のことは知ってるよん。何か知りたければ聞いてねー」

空が笑顔でみんなに手を振る。

再び謎の悲鳴が上がった。

「空天!?いや、天空!?尊い!!ギャーーー!!」

…一人やたらとうるさいやつがいるな。


そうして一人、また一人と自己紹介が進んでいく。

やがて一人の少女の順番になる。

「はじめまして。私は森鈴鹿(もりすずか)といいます。不束者ですが、何卒よろしくお願いします」

男子からおおーという声が聞こえる。確かにこれは美少女という呼ぶに相応しい可愛さを持ってるな。おまけに気品まで兼ね備えてやがる。こんな少女でも武士として戦うのだから残酷なことだ。


そんなこんなで一通りの自己紹介が終わった。俺は途中で寝たので最後までは聞いていない。…あのうるせー女子が何だったのかは気にしないことにする。なんなら後で柴田に聞けばわかるか。




「よし、終わったな。まっ、これから授業を通じてどんどん仲良くなってくれや!いずれは戦場で背中を預け合うわけだからな」

そう、何も俺たちはこの学院に遊びに来てるわけじゃあない。式鬼と戦う術を身につけ、実際に戦うために来てる。


「休憩時間の後、さっそく授業に移るからな。今日はこの後、「戦核基礎」の座学、そんで「戦闘技練」の実技があるからなー」

言い終えると安土先生は教室を出ていった。


最初のホームルームを終え、みんな各々が気になる者同士で話したり連絡先を交換したりしている。空が言っていたんだが、こういうの出遅れると詰むらしいな。よくわからねーけど…

俺は空にでも話しかけようかと振り向いたが、すでに先約がいた。

「あのねあのね、池田くん、私ね、その…男の子同士が…」

げっ、さっきのうるせー女子に絡まれてんじゃねぇか。まぁ放っておいて大丈夫だろ…


「織田くん」

ふいに横から声をかけられた。


「ん?」

振り向くと先ほどの森という女子生徒が立っている。



「突然ごめんなさい。実は私、あなたのお父さんのこと知っているの」


一瞬の沈黙が、俺と森の周りを包んだ。

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一念三千─武士道とは生きる事と信じたい─ @purari

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