第2話 世界はまだ僕を知らない

教師達は困惑していた。

織田天磨の実力に。

そもそもこれは個々の戦核を直に見ることで「平等な」クラス分けを行うための試験であった。

戦学園では個人はもちろん、クラス単位での演習も予定している。

攻撃に偏った編成、あるいは防御的な編成、それらに偏らないバランスの良いクラス分けを行う必要がある。

それは無論、極端に個人の能力が際立ってしまう事態を避けるためでもある。

この学園では実戦を見据え、一人一人が個々の能力を活かしつつ連携を行うことで、より作戦遂行力を高めていくことを意識して指導するつもりでいる。


その点において織田天磨は半ば抜きん出ていた。

初戦とは思えない身のこなし、敵の動きをよく見て動く判断力、そしておおよそ類を見ないタイプの戦核を手足のごとく使いこなして見せた…。




「結局、助けに入るまでもなかった…。」

「ですね。それにしても…」

「うっひゃ〜〜〜早く彼の戦核バラして詳しく見てみたいですーーーーッッ!!!」

「……やっぱ普通じゃないですよね…。」

「あの戦核ですよね!!!??」

「いえ…平賀先生の感性がです。」

「普通ですけど!?」

「戦核うかつにバラさないようにしてくださいね…。人体との接続性も緻密なんですから…。」


平賀先生と呼ばれた女性は落胆したように肩を落とした。

彼女は主に戦核の研究を行っており、教師でありながらその分野の研究第一人者でもある。実際、戦核の開発にも携わった権威である。


「戦核は通常、適合者と"同調"した"御魂"の力を借り入れて具現するから…彼の場合そういった能力の御魂を宿しているってこと…?いや、そもそも初めてであそこまで使えるってことはかなり"進んで"る…?でも…」

平賀先生は一人で何やらブツブツ呟きながら、校内に設けられた自身の研究室へと消えて行った。


「え…?この後のこと手伝わないの…?」

「まぁ、興味ある事が見つかったら一筋な人だからね。それよりも安土先生!!」

「げっ…オレ、また何かやっちゃいました…?」

天磨がちょい悪風おっさんと評した彼は安土火工(あづちかこう)という。飄々として気の抜けた風貌だが、渋谷メルトダウンの際には戦場の第一線で戦い抜いた猛者でもある。


「檻の破壊、わざと見逃しましたね?あなたが彼に期待しているのも分かりますが…式鬼を生捕りにするの大変なんですよ!?」

生真面目さが取り柄の女教師、小田原薊(おだわらあざみ)は状況を憂いていた。


「大丈夫だと思います…予備は、ほら。」

「まさか…」

安土の言葉に対して小田原が訝しげな表情を浮かべる。


「ボクを…呼んだかい?」

教師達の中へと歩んできた一人の生徒。

同世代の女子と比較してもおおよそ異様とも言えるほどの美貌ながら、どこか対峙した者を圧倒する独特の雰囲気を兼ね備えたこの少女こそ、こうした事態に対して学園側が用意した"対策法"である。




一方…会場外。

自身の試験を終えた天磨を空が出迎えていた。

「おかー。さすが天磨だね。目立ちまくってた。」

そう言ってタオルを投げ渡す。

「やりすぎたか?…にしても式鬼の血ってくせーのな。」

返り血だらけの顔をゴシゴシと拭いていく。

「くんくん…なんだろう…台所の三角コーナーみたいな匂いするな?」

「嗅ぐんじゃねぇ!」

「しかしねぇー…ぷっ…くくくく…!」

「あン?なんだよ?」

「ら…羅刹斬って!!ぶははははは!」

「!!てめぇ!ひとのネーミングを笑ってんじゃねぇ!」

「羅刹斬!羅刹斬!でゅくしでゅくし!」

「があああああああ!!」

天磨が頭をかきむしりながら悶えた。

繊細な問題である。特にこうした思春期特有のナイーブな感性においては──。


先程の天磨の戦いを見て多くの生徒は驚きと同時に恐怖を覚えた。一切躊躇しない戦いぶり、あれが初めて目の当たりにする実戦だった者もあっただろう。微かにではあるが生徒全体に「式鬼と戦うとはどういうことか」という実感が湧き上がりつつあった。

大半の生徒は天磨を見習おうと思ったのだろうか?あるいは…

それでも確かに、天磨へ近付いてくる生徒がいた。



「見てたっスよ。天磨氏!」

「あ?」

「はじめましてっスね。オレは柴田家虎(しばたいえとら)っス。イェッタイガーって覚えてラブにこっス!!」

馴れ馴れしいやつ。それ以外に感想がなかった。

「じゃあな。」

「ちょ!ちょっと待つっスよ!!オレ、さっきの天磨氏の戦い見て感動したんすよー!?」

「んあー、そういうのは事務所通してもらっていいですか?」

「事務所あるんスか!?」

「マネージャーの池田空です。よろしく。」

「は、はぁ…。」

「で?俺に何か用かよ?」

「それはもちろん!!友達になりたいっス!」

「天磨、こいつ要る?」

「要らない。」

「ちょっ、ちょっ、酷くないすか!?」

「お前、完全に素人だろ?立ち姿から何も感じねぇ。」

「結構厳しいんすねー天磨氏…。んー、得意なことならあるっスよ!」

「ほう。聞かせろ。」

「ふふん、確かに俺は運動も勉強も苦手っスけど、情報収集能力に関してなら自信あるっスよ!!」

「そういうのオイラが出来るんで…」

「マジっスか!?」

「そうだぞ。空は自分の足と目と耳で情報を得るのに長けてる。お前はどうやって情報収集すんだ?」

「……ネットサーフィンっス。」

「ハァーーーー……。」

「家虎、お前を今から"大海の覇者"と呼ぶ。」

「めっちゃ馬鹿にしてるじゃないスか!」


三人が話していると会場内から安土が出てきた。

今後の指示を待っていた生徒たちは一斉に目線を向ける。


「今日の実技試験だが、これから再開することになったから。よろしくな。」


「中止じゃないのか?」「もう捕まえてきたってこと?」

生徒たちは動揺するが、すぐに気持ちを切り替えた。


「空、どうだ?」

「捕まえてきたにしては早すぎるねー。たぶん予備を用意してたんじゃない?」

「とにかく再開ってわけっスね。空氏と俺はまだ出番があるっスから、頑張りましょう!」

「一瞬で終わるだろ。」


「池田空!中へ!」

「ういーー。行ってきまーす。」


会場内に入った空は周りを観察する。

そして教師たちの中に混じった一人の少女に気付く。


(あの子…ヤバい匂いがする。何とも言えない危険そうな匂い。)

直感と感覚に優れている空が何かを感じ取る。心なしか会場内に肌寒さを感じた。


檻の中には先ほどまでと同じように天邪鬼が入れられていた。

「では、始め!」

安土がすぐさま檻を開く。天邪鬼が真っ直ぐに空へ向かって走り出す。


空は戦核を握り、精神を集中させ具現詠唱を唱えた。


"刃は雲を乱したる。因果両断"


「おいで小狐丸(こぎつねまる)」


空の戦核・小狐丸が具現する。

その形状は巨大な鋏を模した物。

小柄な空にはやや不釣り合いな得物のように見える。


具現と同時に即座に駆け出す空。

天邪鬼は反応すら出来ない。

「ちょっきーん」



大きく開いた両の刃が閉じると同時に、音もなく天邪鬼の首が落ちた。


「はい、おしまい。」

「そこまで!」


安土先生の合図と共に空の試験が終わった。


(素早いな。敏捷性なら織田以上か?)

戦闘経験豊富な安土先生から見ても空の一撃は相当な速さに見えた。



「おかえり。」

「はいはーい。」

戻った空を天磨と家虎が出迎える。


「空氏!いやーすごかったっスね!一瞬でこう…ズバーって!」

「別にフツーでしょ。じゃあ、天磨…」

「ああ、帰るか。」

「えっ!?他の生徒の試験見ていかないんスか!?」

「ソシャゲのガチャ演出って飛ばせるとしてもなぜか飛ばすの躊躇うだろ?人間ってのはどうしても直前の直前まで期待しちまうのさ。"もしかしたら"をな。」

「なぜかよくわかる例えっスね…」

「まっ、誰がどんな戦核使うかなんてのはお楽しみってことだ。」

「そんなに気になるならさぁ、家虎がチェックしておいてよ。一通り。」

「え?」

「そういうこと。んじゃ、また明日な。」


そう言うと天磨と空は歩いて行った…


「なんてテキトーな人なんスか…でも…なんとなくすごそうな人っス。」

残された家虎は満更でもなさそうな笑みを浮かべていた。





こうして戦学院の入学式兼実技試験は過ぎていく…

明日からはいよいよクラス分けが行われ、本格的に授業が始まる。

生徒たちはこれからの日々に確かな期待を抱いていた──





教務室。

なんとか滞りなく実技試験を終えた教師たちはひと段落しながらもクラス分けの話し合いに追われていた。


「平賀先生、データは問題なく取れていますね?」

「えぇ、そりゃあもう万全に!戦核を通じて身体能力、メンタル面の変化に至るまでバッチリと。」


戦核を通じて個人の能力・精神を緻密なデータと化して視覚化する。こうして得られたデータからそれぞれの長所・短所を補い合うように生徒を各クラスへと配置。お互いがお互いを補い合いながらそれぞれの成長を促す。

これこそが今回の試験の目的であった。


「しかし、たった一瞬の起動で個人のあらゆる部分が判断評価されるってのは…」

戦場を知る安土がこうした機能に疑問を抱くのは無理もない。


「もちろん、実際の所は戦場での行動や判断能力を見ないことには真に個人の能力を測ることは出来ません。ですからこれはあくまでも現時点での目安に過ぎないということは視野に入れなければなりません。」

小田原が模範的な見解を述べる。


「つまり、これからの生徒一人一人の成長には、我々教師の導きが必要不可欠というわけです。」

「責任重大、だなぁ〜〜〜」

「大丈夫!このぐらいの年頃の子たちはほっといてもドンドン成長していきますからねー!そうして有用なデータを提供してもらうことで私の研究も…」

「あーーわかったわかった!さぁ、さっさとクラス分け終わらせちゃいましょう!明日からが本番なんだ。」


教師たちの一日も慌ただしく過ぎていく…

戦学院の一日目が終わった。

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