第5話(最終話)揚げを食いたきゃ稲荷に来んか!!


 ズゴンッ……



「おい! エマ!!」

「エマ姉さん!!」

「エマ!! 大丈夫か?」


「え、エマ姉さん!!! 目を覚ましてください……」



 あれ?


 あたし、どうしたのかな?

 真っ暗だ。何も見えないよ。

 どうしたんだろ、あたし?



 ――幽世エマ。

 さっきまで威勢良く闇蔵に目掛けて飛んで行ったはず。

 そのエマは、キョロキョロと周囲を見渡していた。

 エマの辺りは、真っ暗闇が……どこまでも続いていた。


 エマのいる世界も異世界だけれど、ここはもっと異世界な……異質な世界だった。



「…………………あっヤバい。あたしって、もしかして死んだの?」



 ――しばらく、エマはその真っ暗闇の世界を漂っていた。

 もしかして、ここは死後の世界なんじゃ? と思いながらである。

 どこを見渡しても真っ暗闇。

 だから、出口なんてものは見渡しても見つけられなかった。


 もしかして、はじめから……そういうものは存在しない世界なのかもしれない。

 と、エマは思いつつ。すると……



「やーい!」

「やーい!」


 どこからともなく声が聞こえてきた。

 男の子の声である。


「えっ、だれ?」

 エマは、その声のする方向へ語り掛けた。


「やーい!」

「やーい!」

「やーい! 弱虫毛虫の幽世エマやー!」

「やーい! 弱虫毛虫の幽世エマやー!」


 その男の声は、どうやらエマに向けて揶揄しているようだ。


「えっ? だから、だれなの?」

 辺りを見回す幽世エマ……。


 ピカッッ!!


 真っ暗闇が一気に晴れる……。

 幽世エマが今いる場所は、一言で言えば里山だ。

 里山の春めいた風景……。

 桜が咲いている。

 菜の花もタンポポも咲いている。


 ~~ ~


 風が気持ちいい……。

 キョロキョロしていたエマは、今度は空を見上げてみた。

 ……鳥が飛んでいた。メジロにスズメ……。

 エマが立っている場所、春の里山の風景がそこにあった。


 キョロキョロ、見上げていたエマは再び辺りを見渡した――


「ち、ちょっと! 闇蔵!! これあんたの術なの? あんたこんな術使えたんだ……」


「ウネビ~! どこにいるの~? 隠れてないで、その背中に背負っている盾で、ちゃんとあたしを守ってくれないと!!」


「ギンってば! あんたそそっかしいから、ちゃんとあたしの傍にいなさいなって!!」


 ――でも、今さっきまで戦っていた闇蔵、たよりないけど主人公の御山ウネビ、レベル1の自分に弟子志願してくれた憑代ギン、幽世エマのもとには……誰一人いなかった。



「やーい! 弱虫毛虫の幽世エマやー!」

「だから、誰なの?」


「やーい! 弱虫毛虫の幽世エマやー!」

「だから、誰なのってば?」



 あっ!



 ――キョロキョロしていたエマ。

 だったが気が付くと、目の前に2人の男の子がいる。

「……思い出した。この子達って、あたしが学校に通っていた時の……イジメっ子達だ」


「やーい! 弱虫毛虫の幽世エマやー! お前は、また言霊試験で落っこちたー!」

「やーい! 弱虫毛虫の幽世エマやー! お前は、また言霊試験で落っこちたー!」


「やーい! これで何度目になるのかな?」

「やーい! これで何度目になるのかな?」


 2人の男の子は輪唱するように、声を揃えて同じことを言ってくる。


「あーもう、うるさいって! もう、言わないでよ!!!」

 エマは嫌った。大声をあげて嫌った。

 2人の男の子の声をかき消そうとした。

 思い出したくもない思い出を――


 なんで、こんな時に思い出しちゃうのかな?

 こんなあたしだって、あたしなりに修行を積み重ねてきて、言霊も一通り言えるようになったし。

 それに、


 伝説の…… 盾治の……




「幽世エマさん?」

「は、はいな……」


 ピカッッ!!


 幽世エマの周囲が、またしても明るく光った。


「返事は、はいでしょ?」

「……はい」


 ――先生だった。


「エマさん。先生は困っていますよ。この成績では進学は難しいのですよ」

「……はい」

「エマさん。先生はね、エマさんは決して悪い子ではないと思っているのですよ。本当ですよ」

「……はい」



 ああ、あの時だ。

 先生にあたしの心を傷つけられた辛い出来事だ――



「エマさん? 今日もクラスの男の子達にバカにされていましたね。先生は人をバカにする者は、言霊使いとして愚かであると思っています」

「……はい」

「言霊使いとは神族の秩序を守護する者として、その良きお手本とならなければなりません」

「……はいな」


「……エマさん? 返事は、はいです」

「……はい」


「でもね、エマさん。あなたの今のこの成績では先生は、エマさんはその良きお手本にはなれないと思っています。だから、あなたはバカにされているのですよ。……分かっていますか?」


 ……先生は、イジメっ子の男の子達を認めるのですか?


「エマさん? 聞いていますか? ねえ? 聞いているのですか?」


 ……先生は、イジメっ子の男の子達を認めるのですか?



 あたしは、それが悔しかった。



 ――思い出したくもない思い出を、なんでこんな時に思い出しちゃうのかな?

 こんなあたしだって、あたしなりに修行を積み重ねてきて、言霊も一通り言えるようになったし、それに、伝説の盾治の……御山ウネビ。

 あたし、探して連れてきたんだよ。


 御山ウネビを……


 伝説の盾の使い手だよ。

 凄い人なんだよ!


 あたし、探し出すことが出来たんだから!!




 ……でも、どうして。

 こんなあたしを、誰も認めてくれないのかな?




「……ウネビ。伝説の盾治の使い手の御山ウネビ」


「あたし、やっぱダメな言霊使いだったのかな? これでも、あたしなり努力してきたけれど、ここで死んじゃうなんてね」

「やっぱ…………あたしは死んじゃったんだ」



 ピカッッ!!



 ――幽世エマの周囲が、またしても、またしても明るく光った。


 エマが次に辿り着いた場所――今度は春めいた里山の風景ではなく、再び最初のシーン。

 つまり、真っ暗闇の異質な世界である。

 もとの真っ暗闇の世界に戻って来たのであった。


「……ああ、神族様。どうか、どうかこんなあたしを死なさないでください。あたしには、まだやらなくちゃならないことがあるんです」

 エマが両手を合掌して、目をつむって祈った。

「折角、探し出して……出会った御山ウネビさん! あたしは、彼は本物だと信じてる!!」


「あたしは彼と、これから破門言霊使い退治の旅に出たいの!! そして……彼と一緒に戦って、旅して……」





「もっともっと、もっともっと、もっともっと! 旅をしてさ!!」





「だから…………。ああ、神族様。どうか、あたしを守ってください」


 ――神族様に祈りをささげる幽世エマ。

 レベル1で、だらしない言霊使いだ。

 子供の時から言霊使いとして落ちこぼれ、男の子たちにはイジメられ。

 先生にも愛想をつかされて、いつになったら一人前になれるのか?


 いや、はっきり言ってしまえば、一人前にはなれないのかもしれない。


 幽世エマもなんとなく理解していた……。

 自分には言霊使いとしての能力も才能も技術も、何もかもが落ちこぼれだから。

 一生懸命努力を積み重ねて来たけれど、やっぱ無理っぽい。


 ……そんな幽世エマが、この場で最後に辿り着いた行為は、祈ることであった。


 本当に、どうしようもない。

 大体、あんたは祈られる立場でしょう。

 言霊使いなんだから。

 それを神族様に祈ってなんとかしてもらおうって……。


 もう一度言うけれど、ほんとどうしようもないぞ。




 幽世エマは神頼みの言霊使いだ――




 ――祈りながら、

 瞬間!

 幽世エマは目を開ける!


 そして、


「だから、もうっ! ウネビって! はやく! あたしを!!」





「さっさと、その盾で、……あたしを守りなさいよーーー!!」

「俺は、八百万神族稲荷大明神盾治見習いの旅人だ!!」




“あつあつ揚げを飽きずに食べたら とうとうあの娘に飽きられた”


“霊魂遺恨の言霊使い お前の嫉妬は死に物狂い”


“なになに 俺と手合わせしたい? お早いお着きで 一人旅”


“俺は柏手お願いしますと どうか来るなら予約しろ!!”




 ――またしても聞こえてきた声。

 でも、それは男の子達の声ではなくて、男性の声。


「……あの、この言霊でよかったっけ? って、おい! エマ! 早く起きろ!!」

 御山ウネビの声だった。

「エマ姉さん!!」

 続いて聞こえてくるは、憑代ギンの声だった。


「はにゃ?」

「ふにゃじゃねえ! エマ!!」


「エマ姉さんが、目を覚ました!!」

「ふにゃ?」


「ったく。起きろエマ! ここは縄文時代じゃないぞ! しっかりしろ!!」

 分かる人には分かりますよね……この意味?

「……ウネビ。ギン。あたし……まだ生きてるの?」


「あったり前だ!!」

「エマ姉さん。勿論、まだ生きていますって」


 気が付く。エマはウネビに抱きかかえられていた。

 2人に寄りそうようにして、エマの顔を覗き込んでいるのは憑代ギンである。

「お前! 闇蔵の炎の残り火を真正面から、モロにぶつかろうとしてたんだぞ!」

「残り火?」

「そうです! エマ姉さん。闇蔵は口から炎を出す余力を残していたんですよ」


 そうだったんだ――


「って、今はそういう話をしている状況じゃ! その炎はまだ進行形だからな!!」

 言霊使い達のこの会話の最中、実は闇蔵の炎をウネビが盾で防いでいる最中だ。

 御山ウネビがエマとギンを守るよう、闇蔵から吹き込んで来る炎を防いでいた!

 でも、ちょっと熱そうだ……。


「……ウネビ」

 エマはウネビの顔を見上げた。


 御山ウネビは、こんなあたしを守ってくれるんだ。

 ……あたしちっぽけで、意地ばっかり張って、実力なんて……こんなものだし。

 あたしも自分自身の未熟さを痛感していて、自分でもどうしようもないなって、そう思ってきた。

 でも、こんなあたしでも頑張ってきたんだよ。


 頑張って……


 不意に、幽世エマは残された力を振り絞り、立ち上がった。

「だからさ! あたしは精一杯に言い放ってやる!!」


 その言葉の意味――勿論、

「エマ! しつこいぞ!!」

 目を覚ましたエマを見て、闇蔵が叫ぶ。

「……だからさ、あたしは死ななーいってば。あんたこそしつこーい! いーだ!!」

 勿論とはなんなのかって?


 そりゃ! 言霊じゃん。


 ――というわけで、戦闘再開だ! まずは、名乗りをあげようか!!


「あたしは八百万神族稲荷大明神矛治の巫女、幽世エマ!! 冷めた揚げとは破門言霊使いの闇蔵、お前のことだ!あたしとの手合わせ? 婚活婚礼の前に受けて立つぞ!!」


 すかさず言霊を!




“こんがり揚がった揚げがたりない 困ったあたしは神頼み”


“霊魂遺恨の言霊使い お前が食ったか食われたか?”


“なになに あたしと手合わせしたい? 揚げの恨みは根比べ”


“あたしは合掌いただきますと 今度来るときゃ揚げをくれ!”




「さあ闇蔵! 何度も言うけど、今度は後攻のあたしの番だからね! このあたしのほこで、あんたを倒すんだから!! もう食い物の恨みは忘れなさい! いいわね」

 水を得た魚、この場合は揚げをもらった狐だな。

「けっ! 幽世エマめ! 忌々しいぞ、大体お前が……」

「言い訳無用! 天地無用! ほんま諦めなさいって!!」

 エマが矛先を闇蔵に向けると、一心不乱に飛び向かった!!


 と、その時だった――




“揚げよ揚げよ こんがり揚げよ 私は待てずにつまみ食い”


“霊魂遺恨の言霊使い お前はどうして困惑してる?”


“なになに 私と手合わせしたい? 揚げは日常 この世は非情”


“私は合掌ごちそうさまと おととい来るときゃ 頭をお上げ!!”




「何だ? この言霊??」

 どこからか聞こえてきた言霊、御山ウネビは当然のこと困惑した。

「……あちゃ! ……やっぱ来ちゃったか」

 一方、ガクッと力が抜けて、へなへな……と地面へ着陸したのは幽世エマ。




「私は、幽世シデ、位は――」


 八百万神族稲荷大明神剣治筆頭の巫女

(やおよろずのかみぞく いなりだいみょうじん けんちひっとうのみこ)


 19歳だ!!




「……あの。最後の年齢は言わなくてもいいだろ? 誰も聞いていないのに、どうして自分から言うんだ?」

「おだまりなさい! そこの盾使いの見習い!!」

「……は、はい」


 ――そんでもって。

 その後は幽世シデさん……という新たな言霊使いが、闇蔵をチョチョイノチョイって感じで、まあ……やっつけてしまって。

 本当に闇蔵をやっつけちゃって……つまり、どういうことなのかといえば、


 ぐだ……って項垂れている闇蔵。

 ということは…… てってれ~!! 


 中ボス倒しちゃった。



 でも、一体この女性は誰なのかなって?

 この女性、名前は幽世シデ。

 さっきからずっと、幽世エマを睨み付けています……。

「ったく、あんたはどんくさいんだから……」

「……は、はいな」

 地面に正座して……しゅんとして、幽世シデのお説教を聞き続けているエマであった。

「こんなザコ! チョチョイノチョイって倒せないの? 一体、今までどういう修行をしてきたの?」

「……は、はいな」

「返事は、はいでしょ!」


「……はい」


 その姿をじーと見つめていた幽世シデ、

「まあ、積もる話は後にしましょう。私は先に長様のところに帰るから……。おい、そこのあんた!」

 持っていた剣で、ウネビの方へ向けて指す。

「……お、俺ですか?」

 ちょっと恐怖、だから恐縮したのです。

「あんたが伝説の盾治ね……」

 いや、本当は違うんですけど……。

 でも、実際に俺の背負ったリュックで炎を防ぐことは出来たのだけど。

「妹を守ってくれてありがとう。じゃ、後で会いましょう!」


(い、妹?)


 そう言い残して彼女は――幽世シデは高く飛んで行ったのでした。




       *




 ぐだ……って項垂れている闇蔵。


「……姉様。……行ったよね?」

 幽世エマは姉の幽世シデが飛び去ったのを確認し終わるなり、


 仁王立ちだ!


「……ふっ。闇蔵、成仏しなさい。大体、あんたの食い意地のせいで、こんな事態になったんだからね」

 あーこいつ責任転嫁してる。最低だ……。

「闇蔵! あんたは敵ながらあっぱれだったわよ!」

 お前、おもいっきり気絶してたじゃん。

「でもね! 戦った相手が悪かったわね」

 お前はレベル1だろ?

 っていうか、お前何にも戦ってないだろうが!

「じゃ、そゆことで!!」


「エマ姉さん!師匠。すごいです」

 憑代ギンが幽世エマに駆け寄って行く。

「いんやー。そうかな?」

 照れる幽世エマです。


 ……だから憑代ギンよ! お前は騙されているんだぞ。

 こいつに……レベル1に騙されてるんだってば!!


「んじゃ! 締めの言葉! 行きますか!!」




“揚げを食いたきゃ稲荷に来んか!!”





 ――なんでこいつら、みんな自分勝手なんだ?


 俺の旅って、いつになったら終わるんだろう。

 ところで続くのかな? このラノベって……。





 終わり


 この物語は、フィクションです。

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【短編集】お前がこの手紙を読んでいるということは、お前はまだ、生きているということである。 橙ともん @daidaitomon

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