第4話 へえ~。リュックっていう名前なんだ、その盾……


「この弓で闇蔵よ! お前を倒す!!」

「…………」


 闇蔵がしばらくギンを睨み付ける。

 ふっと含み笑いをして、

「まずは、このガキンチョ邪魔だ!!」


 ヴオ~ン


 この音、闇蔵の足払いの音は、ギン目掛けての右足による足払いだ!

「うわーっっっと」

 しかし、ギンはその右足をひらりと飛んでかわした。

 すかさず、

「成敗!!」

 ギンは大きく弓を引いて、闇蔵の顔面に目掛けて矢を放った!!!


 ジュガガーーーーン!!


 普通の矢じゃないよね?

 放たれたその矢は、闇蔵に向かえば向かうほど勢いを増して行く。

 そんでもって、さっきの言霊を言う場面で見たように、矢が光をまとって流星のようになって光って飛んで行くのであった!


「もう! ギンってば! あんたの力じゃ勝てっこないんだってば!!」

「エマ姉さん! 僕だって、僕だってやるときはやるんだから!!」

「こら! ギンってば、早く逃げなさい!!」

「嫌だ! エマ姉さん!!」

 何、この会話? お前ら真面目か!

 俺の人生とは程遠い人間関係ドラマが、俺の目の前で……憑代ギンよ、お前が尊敬している師匠のエマ姉さんはさ、


 レベル1


 なんだぞ……。


 なんで、レベル1に弟子入りしたんだ? お前は?

 ……お前も、ちょっと変なのか?


「バカか! こわっぱ!!」

 闇蔵は大声を放つ。

 自分目掛けて飛んでくるギンが放った矢を、あっけなく右手で払いのけたのであった。

「うざい。消えろ、こわっぱ!」

 すかさず! もう一度足払いが来る。


「うわー!!!!!」


 ギンが悲鳴をあげた。

 なんと今度は闇蔵の足払いが、ギンにまともにヒットしてしまったのだ!!

 まるでサッカーのボレーシュートのように……蹴られたボールになってしまった憑代ギン。

 そのまま、俺達のいる場所まで吹っ飛ばされてきた。

「ちょっとさ! 危ないじゃないの闇蔵!!」

 エマは闇蔵に指さしながら大声を上げた。……とそれはいいとして。

 慌ててギンを両手で抱きかかえるようにキャッチ。


「エマ姉さん……」


「いいから、ここはあたし達に任せなさいって……」

「え、エマ姉さん……。僕は、僕はさ……」

 だから、この人間関係ドラマはなんなんだ?

「闇蔵ってば! さっきからさ! あたし危ないって言ってるでしょ! 聞こえないのかな!!」

 幽世エマ、ギンを抱き抱えながら、闇蔵に向かって声を荒げて抗議した。

「だから、バカかお前は? 俺はお前の息の根を本気で止めるって言ってるだろが! お前こそ俺の話を聞けよ」

 闇蔵からの反論が来た。

 自分達を倒しに来ている敵に対して……危ないって言っても。

 そりゃ説得は無理だよな……。


「だから、もういいじゃない!!」

「よくない! 死ね!!」


「もう! あんた意地汚いってば!! あんたさ、子供じゃないんだからさ」

「黙れ、幽世エマ!!」

 まったく、昔から食い物の恨みは恐ろしいというけれど、きつねうどんの揚げをつまみ食いしただけで、なんでこうも命がけのケンカしちゃうのかな?

「わっ、分かったからさ! あ……謝ればいいんでしょう? ねえって??」

「だからうるさいぞ! 俺はお前を、もう許さない!!」

 きつねうどんから揚げを抜いたら、ただの素うどん。

 だったら代わりの揚げを乗せればいいだけじゃないの?


 ――と思うのは御山ウネビ。俺だけなのか?


 闇蔵が口をぐわっと大きく開けた。

 あ、これヤバイやつ来るな……。その通りだった。

 闇蔵の口の中が光だした!

 幽世エマと闇蔵との最初の戦闘シーンの時のように――口の中に炎が見えた。


 ああ、もう一回炎を吹く気なんだな闇蔵は……。


 ポンッ!


 これは、エマが俺の背中をたたいた擬音である。

「…………あのう? エマ。ポンッって俺の背中を叩いて。そんでもって、その意味深な微笑みはどういう意味かな?」

 エマは俺の顔を見ながら、ニタ~とした表情をしている。

「ウネビ! もう一度言うね。でさ、あとよろしくね」

「何がよろしく?」

「もう、ウネビったら忘れないでよね。その背中の盾でササっとさ……」

 ニタ~とした表情で言ったら俺が、そうか……うん! 分かった。

 と、ノリで言うとでも……。

「だから無理だって! これはリュックなんだから、無理なんだ」

「へえ~。リュックっていう名前なんだ、その盾……」

 こいつ、やっぱレベル1だな。

 大体、出来るか出来ないかなんて、闇蔵と戦う前にチェックしましょうよ……。


「あのさ! お前は、なんなんだ?」

「お前じゃないって、エマだよ!」

「エマ、お前はなんなんだ?」

「何が?」

 ニタ~とした表情から、今度はキョトンとした……キツネにつままれた表情に変わった。

「エマ! お前はさっきから武器である矛を出して、一番弟子の憑代ギンを守って、要するに何が言いたいかって言えば幽世エマ! お前は闇蔵相手にさっきから縦横無尽に飛んで、飛び回って……。俺の見立てでは、お前はあいつと互角に戦っているんじゃないのか?」


「うん、そだよ!」


 やっぱこいつ何なんだ? 何なんだ?

 このあっさり系の返事は?

 言霊使いで妖怪のたぐいだから、人間じゃないことは理解しているつもりの俺だけれど。

 何を考えているのか……、さっぱり分らんぞ。

「つまりさ、俺はいなくてもいいってことだろが!!」

「ううん、それは違うって! ウネビ」

「何が違うの?」

「ウネビがいなくちゃ、あたしが困るんだから」

「……どう困るんだ?」


 分からん。分からん。分らんぞ――。

 困っているのは俺の方だ……。

「ほら、初めの方であたしが言ったじゃない? ウネビに。神族の長達からウネビを探して来いってさ」

 俺は伝説の盾治じゅんちじゃないんだけれどな……。

「あたしさ、正直言って神族の長達にさ、いいように思われていないんだよね。だから、あたしはなんとしてでも手柄を立てなきゃいけないの……」

「だから?」

「だから……闇蔵をウネビと一緒に倒すことでさ、あたしのメンツも保てるって……」

「……保てる? 何が?」

「つまりさ、ウネビが伝説の盾治がさ、あたしの隣にいてくれれば、そして一緒に戦ってくれればさになるから」



 ……鬼に金棒みたいな意味か?



「バカか! エマ!!」

 一瞬、新春の紅梅が満開に咲いている自然の風景を想像して、その花が咲いている枝にメジロが飛んできて、うわ~今がシャッターチャンスだ!

 そうそう、リュックの中にコンパクトカメラがあったっけ?

 と思い出してリュックの中をゴソゴソと……、


「って、俺はお前の道具じゃない!」


 綺麗な紅梅の満開の風景を想像してしまったから、危うく、その言葉に隠されている真の意味を考えるのを忘れるところだった。

「俺は一人の人間だからな! よく覚えとけ、俺は人間だからな!!」



 ヴオーーーーン!!!



「エマ姉さん、やばいよ! やばいってこれって! 闇蔵の炎がこっちに来てるからさ!!」

 こっちのことも忘れるところだった――

 憑代ギン、この戦闘場面に君がいたことを俺は感謝する。


 そうだ! そんな会話している場合じゃないぞ!!

 飛んできている! 飛んできている!!

 炎が迫ってきているぞ!!!


 これは……絶対絶命の大ピンチってやつだぞ!

 さあ、どうする御山ウネビ? どうする幽世エマ?

 俺達は、ここで終わってしまうのかな?


 もうここで最終回なのかな?




       *




「あ、これ死ぬんだ」

 俺は迫って来る闇蔵の炎を見て、呆然とそう直感した。

 思えば、俺は何しにここへ来たのだろう? いや拉致されたんだ。

 こいつに拉致されたんだ。

 俺は幽世エマを見る。

「さあ! 早くそのリュックっていう名前の盾で、あいつの炎を防いでよ! 防いだらその隙に、あたしがこの矛であいつを成敗するから!!」

 なんでこうなった? なんで俺戦っているのかな?

 人間のいない神族の世界で……。


 確か幽世エマと一緒にいることで、異世界には人間がいないからという理由で、俺の人間嫌いを治そうという行動療法だったっけ?

 そんでもって、破門された言霊使いを倒して、退治料を稼いで、日本へ帰るという一石二鳥の俺の計画だったっけ?

「エマ! 俺の炎で焼き死ねー!!」

「だからさ、あたしは死ななーいってば。あんたしつこいってば。いーだ!!」

 この間にも、炎は俺たち目掛けて迫って来ている。

「……ああ、俺もうすぐ死ぬんだ。焼かれて死ぬんだ」

 来るんじゃなかった。こっちの世界へ来るんじゃなかった。

 いや、そうじゃない。俺は連れてこられたんだ! 


 無理やりに……。


「あっそうだった! ウネビ、忘れてた……」

 闇蔵との言い争い、炎も迫ってきている緊迫した戦況の最中で、エマが俺の方を振り向いてそう言った。

「何をだ? エマ?」

 現実からの逃避……違う。

 違うぞ! 違うんだ!!

 条件反射で聞いたのである。

「言霊、ウネビの言霊よ」

「言霊? それが何か?」

「伝説の盾治が使う言霊、つまり、ウネビの言霊。先祖代々、言霊使いは言霊を言うことによって……」

「それは聞いた」

 何を言い出すかと思えば……。

「ウネビ? もしかして言霊を忘れているんじゃない?」

「……ないない」


「うそ!」

「うそじゃない。言霊なんて、俺は始めから知らないぞ!」


「んじゃ! 教えてあげるね」

 エマが俺の耳元でゴニョゴニョと何かを喋ってくる。

「ささ! ウネビ。今教えた言霊を言ってみて!」

「言わない。こんな長ったらしいの言えるか!」

「言ってみて」

 相変わらず話を聞かない。

「言わないって」

 大体、言霊って言われても、そりゃ妖怪のたぐいの幽世エマには効果があるのかもしれないけれど。

 俺はごく普通の高校生――つまり人間だから、言っても意味ないだろ。

「えー! あたしが寝台特急の中で、必死に考えた言霊なんだから」

「……お前が考えたのか? レベル1のお前が?」

 俺が聞くと、エマはうんうんと首を大きく縦に振って答えた。

「…………んじゃあさ。あれを見てよ。やる気が出るから」

 エマがあっち向いてほいっていう感じで、人差し指でそれを指差した。



 それはもちろん、迫って来る炎である――



「ね、分かったでしょ?? じゃあさ! お願いします」

 エマは両手を胸前に持ってきて手を合わせる。おいおい合掌である。

「……なんで俺を拝むのかな?」

「ウネビさん、お願いしまーす。」

 エマの軽いお願い事だ……。



 俺は……幽世エマと出会った初詣のお稲荷さんの神社を思い出した。

 あの時、いい感じの女の子と思ってしまった第一印象を、俺は……いま取り消したい。


 これだから、人間嫌いは見る目無いんだ……。



「ウネビさん!」

 そういえば憑代ギン、君もいたっけ。

 この絶体絶命の場面に。

 少年誌で例えれば、最後のページで一面にでっかく描かれた巨大なエネルギーの球が、主人公に目掛けて飛んでくる場面。

 そして来週に“続く”の文字――

「どーか、あいつの炎をなんとか……です」

 一番弟子にまでお願いされちゃった……。

 俺は稲荷大明神じゃないぞ。

「……ギン、さっきまでの強気な姿勢は何処にいった?」

 来週はどうなっているのかな? ああー来週の月曜日が待ち遠しいな。……これこそ現実逃避だな。


「お願い! ウネビ」

「ウネビさん!」


 やっぱしだ。誰も話を聞いていない。


 ……どうしよう?


 でもあれだ。

 このままだとさ、俺達はさ、闇蔵の炎に焼かれて死ぬんだっけ??

「……だからさ! それは嫌だってば!!!」

 俺の新しい人生の旅は、ここから始めるんだ。

 だから俺は、ここで死ぬわけにはいかない!


 俺は立ち上がった!


 背負っていたリュックを胸前に持ってきて。


「ウネビ!」

 幽世エマが俺に言う。

「見習いと旅人っていうところ強調してね! これ、あたしのお聞き入りのフレーズなんだから! あたしも日本へ旅して、ウネビと出会うことが出来たんだから♡」

 何を言うかと思えば、出来れば戦闘のコツとか心構えとかを聞きたかった。

「それは分かるけれど……見習いとは?」

「ウネビも今日からあたしの弟子だよ! そんでもって、あたしの許嫁!!」


 こいつ、なんでも身勝手に決めやがる――


「……いいさ!!」


 今は、目前の闇蔵の炎対策である。

「……でも、いまいちシステムが分からないけれど。まあ、言霊を言うんだな。俺は……」



 八百万神族稲荷大明神盾治見習いの旅人

(やおよろずのかみぞく いなりだいみょうじんじゅんち みならいのたびびと)


 続けて、俺は言霊を言った――




“あつあつ揚げを飽きずに食べたら とうとうあの娘に飽きられた”


“霊魂遺恨の言霊使い お前の嫉妬は死に物狂い”


“なになに 俺と手合わせしたい? お早いお着きで 一人旅“


“俺は柏手お願いしますと どうか来るなら 予約しろ!!”




「……これでいいのか? エマ??」

 俺が言霊を言い放つや、


「うわっ!」


 な、なんと。

 俺の胸前にあるリュックが光だしたのだ。

 エマが手に持った矛や、ギンの弓矢と同じように光だしたのであった……。

「ほーら! やっぱしさ! 御山ウネビは、伝説の盾治の言霊使いだったんだ!!」

「本当ですね、エマ姉さん!!」

 2人が何やらはしゃいでいる……。

 嬉しそうだ。楽しそうだな。


 めでたし、めでたし――



 じゃなくて、そんなことは後回しだ!!!




「死ね! エマ!!」

 闇蔵よ……あんたもしつこい。

「だ! だから!! あたしは死ななーいってば!!」


 ヴオーーーーン!!!


 迫ってきている炎を忘れてはいけないよ。

「……もう。よく分からんけれど、こうすればいいのか?」

 俺は胸前のリュックを、闇蔵が吹いた炎に向けて差し向けた。

 でもさ、これただのリュックじゃん。

「本当に、これでいいのかな??」

 もう逃げられないくらいに……炎が迫ってきているし……



「死ね! エマ!!」

「だから、だから、あたしは死ななーいってば!!!」


 ヴオーーーーン!!!


 バギャーン………



 しゅん…




「あ!」


「あ!!」


「あ!!!」


「……あっ!」




 まず俺が言って。

 次にエマが言って。

 ギンが続いて。

 最後に闇蔵が言った。


 みんな、同じ言葉を言った――

 これがどういう状況なのかといえば――俺がリュックを使って炎を相殺した全員の感想だ。




 ……ああ、俺。


 炎を防いだんだ。


 防ぐことが出来たんだ。



 え?



 俺こんなことが


 出来た



 の



 か



 ?




 出来たじゃん!! (≧▽≦)




「よっしゃ!!!!!!!」


 エマが立ち上がる!

「さあ! 今度は後攻の番よ! 御山ウネビ、ありがとね♡」

 と言うと、エマは俺に向けてVサインを見せた。

 こっちの世界にもVサインってあるのか……。

「これで、もう闇蔵を倒せるから。後はあたしに任せて!」

 ですって。

 そりゃ~心強い。

「エマ姉さん、お願いします!」

 同じく、ギンも喜んでいる。



 ――キツネにつままれた表情をしているのは闇蔵。

 RPGの子供のサタンがラスボスの手前くらいで覚える最終魔法を唱え始めて。

 うわっ、これ全滅パターン?

 と思ったら『MPが足りなかった』というメッセージが画面に出て、プレーヤーがほっとする時の気持ちのように、

 何? この場面は? きょとんとしている。



「エマ? 俺は、これでよかったのか?」

「はいな! さあ闇蔵、観念しなさい! もう、この戦いは決着がついたも同然なんだからね。それくらい、あんたにも分かるでしょ?」


「……おのれ幽世エマ。……まさか、そいつが伝説の……なのか?」

 闇蔵は恐る恐るエマに尋ねる。


「はいなー!! 伝説の盾治じゅんちの言霊使い様の御登場さね!!」

「幽世エマーーー!! お前はどこまでも汚いぞ!!」

「へん! 食い意地が悪いあんたが、しつこいのがダメなんだからね。さっさと忘れればよかったんだからね。さあ闇蔵! あんたを成敗さ!!」

 エマは勢いよく、その手に持っている矛を闇蔵に目掛けて突きつけた。

 刹那! 間髪入れずに闇蔵に目掛けて飛んでいったのだった!



「はいな! はいな! はいなー!!」





 続く

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