3 かえりみち


からん、と澄んだ音を立てて先輩宅の門を閉める。

すっかり話し込んで遅くなってしまった。

空はもう日も落ちかけて、せまる夜の藍色あいいろに追いやられつつある夕日の名残なごりが空のはしを染めている。


「……」


逢魔時おうまがとき大禍時おおまがとき黄昏時たそがれどき

この時間を表す語を浮かべてから、それを否定するように頭を振る。

そして足を踏み出した。


――ひた


かすかな足音と気配に立ち止まる。

さっきまでの先輩の話が脳裏をよぎる。

べとべとさん? いやそんなまさか。

再び歩を進めると、確かにという、少し頼りなげな裸足はだしの足音がついてくる。

気味が悪いというよりは、どこか可哀想かわいそうに思えるのは、さっきの会話があるからだろうか。


「……べとべとさん、お先へお越し」


ひた、と一瞬足音が止まった。

その直後、と、重なるほどにせわしない足音が、かすかな風をともなって自分の脇をすり抜けていった。

途端に、ぞわっと鳥肌が立った。


足音がすり抜けていく一瞬、確かにそそがれた視線があった。

めつけると呼ぶには軽く、視線を向けたと呼ぶにはあまりに不躾ぶしつけえぐるような、それより何より、うつろな視線。

それでも、先輩の家の前で、先輩の至近距離でこんなことが起こっているのに先輩が出て来ないのは、その程度ということなのだろう。

あるいは、先輩は俺が自衛できていると信頼してくれているか。


どくどくと、心臓が大きく飛び跳ねて、思わず胸元を握りしめる。

そのまま、落ち着いていくのと同時に、疲労感に襲われる。

それが緊張から安堵へと切り替わったからなのか、それとも別の何かのせいなのかはわからないまま、足を踏み出した。


今度こそ、足音は聞こえなかった。



某県某市で収集した話。


下校時に一人で道を歩いていると、まれに後ろからついてくる足音がある。

その時、あなたの後ろには足音だけの妖怪のべとべとさんがいる。

けれど、もしその足音を気味悪く感じたならば、こう言えばいい。


――べとべとさん、おさきへおこし。


ただし、絶対に振り返ってはいけない。

振り返ってしまったその時は、あなたの身の安全を誰も保証できない。

だって、そこにいるべとべとさんは、、できるのだから。

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とりあえず、べとべとさん 板久咲絢芽 @itksk_ayame

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