契約
辺りに流れる血が朝焼けに呑まれても、レイベン王はまだ血を欲した。
親衛隊の数は10人。だがカエデはその半数ほどだ。
囲むようにして親衛隊が動いて距離を詰める。
機関銃が唸りを上げるとカエデも動いた。
正面の敵を剣もろとも首を刎ね、その勢いのまま包囲を抜けてレイベン王に迫った。
数で負けているのだ、大将首を狙うのは正しい。
鋭い切っ先を向けられたレイベン王だが、動じずに盾で払い飛ばしてカエデの体に剣を突き刺した。
鮮血が吹き出しレイベン王の鎧を血で染める。
崩れながらも前へと足を進めるカエデを蹴り飛ばすレイベン王。
1人また1人と親衛隊の剣に倒れる様がカエデの目に映った。
身体には力が入らず、再生も機能していないようであった。
レイベンの手にしている剣が転生者を狩るに適した武器なのかもしれなかった。
使い捨ての道具だったのだ。
転生者で作られた特務も自国の正規軍も。
レイベン王が詠唱を始めた。刹那。
閃光が走った。
爆発音が静寂を引き裂いて、レイベン王の下半身を吹き飛ばした。
それは半壊した機兵の砲弾である。ライオットがレイベン王を狙撃したのだ。
親衛隊に動揺し隙が生じた。重装歩兵の機関銃と特務の刃が彼らを襲う、折れた刃が強引に最後の親衛隊の胸を貫いた。
レイベン王の下半身が再生を開始する。意識を失いつつあるカエデの中に声が響く。
(契約せよ。我と契約し汝の敵を討て)
カエデの口が動いた。
それは魔法の詠唱ではなく呪いの言葉である。
先ほどまで動いていたドラゴンの言葉でもある。
「許さんぞ...人間!!」
言い放ったカエデの体が跳ね上がり、レイベン王の心臓を切っ先が捉えた。魔道書の効果を熟知するドラゴンがカエデの腕を動かす。
腕ごと魔道書を跳ね飛ばしたのだ。
「ドラゴンと契約して何とする!?呪われろ!!」
レイベン王の最後の言葉であった。魔道書の効力を失い肉体が灰となり消滅した。
生存者が集まり、レイベン国も帝国もなくドラゴン討伐戦の負傷者を帝国へと運ぶこととなった。
やがて今後をどうするのかという現実的な問題に際して、円卓にて帝国の国家元首がカエデに問う。
結果として不本意ではあったが生き残った兵の中で階級が高い者がカエデであり、皆がその働きによってカエデに従うことを見抜いての言葉だった。
両国の被害は甚大であり、共通する問題として残るのが煉獄からのデーモンの迎撃である。
「歴史においてはレイベン国と機械帝国は同じ国であったはず。いい機会ですからここは帝国にレイベンも統治して頂きたい」
カエデの言葉は唐突すぎたが、王を失い世継ぎもいないレイベン。ましてドラゴンの開けてしまった穴を監視しながらの国家の運営ができる余力はすでにない。
何より兵を捨て駒のように扱った暴君の国、吸収合併されても困りはしない。
それに、ドラゴンと契約したカエデはドラゴンの知識を少しばかり共有している。
本来同じ国だったという事実。それは両国の王族しか知り得ない情報だった。
「その後はどうするのかね?君は転生者であり、その身にドラゴンとの契約まで宿してしまった。
それとレイベン王の所有した魔道書まで君のものだ。
ドラゴンの意思に従って人を根絶やしにでもするかね?」
帝国国家元首はまるで気にいい酒場の店主のようにカエデに胸襟を開いて語りかける。
「私は契約をする事で知ってしまいました。
なぜこの世界に転生者が来訪するのか?
そしてドラゴンとは何であるのか?デーモンとは?
今はスッキリしているんです。難しいことはわかりません」
カエデはそこまで言うと立ち上がって帝国を後にした。
もちろんレイベンに戻ることも特務に帰ることもなかった。
だが予想外に得るものは他にもあった。
時期量産候補の機兵に乗ったライオットと、最後に親衛隊と戦った元特務隊の転生者の女である。
「歩いて行くよりはいいけれど、当てはないんだけど?」
機兵に乗って追いかけて来た2人にカエデが言う。
当然2人にも当てなどなかった。
広大な世界で本来国家間の交易もない世界で、3人が旅を始めることになる。
だがカエデは知ってしまった。この世界の人々がなぜ転生者を狩るのかという真実を。
それは最初の転生者が世界の均衡を崩しただけの問題ではない。
もっと根本的な問題がある。転生者が長く経験を積み生き延びると覚醒体となる。
覚醒体は他の追従を許さない力を発現させる。その時点でも十分世界にとっても危険な存在だが問題はそこから先である。
覚醒体の成れの果てがドラゴンなのだ。
転生者を放置すれば、やがてドラゴンで溢れて世界は崩壊するのは然りである。
一部の者だけが知る真実をまだカエデは新しい仲間に伝えるつもりはなかった。
転生者認定 karasu// @shutter_speed_zero
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