レイベンの魔人
レイベン国の軍勢が到着したのは、機械帝国の第二陣がドラゴンの胸部に列車砲の第二射を撃ち終えた後であった。
ドラゴンは怒りをあらわにして、魔法を詠唱して大地に雷を放ち、大きな顎を開いて火球を列車砲へと撃ち出した。
その様をカエデは特務の同士たちと傍観していた。
あまりに違いすぎた。
転生射を一方的に数で押し殺すのとはわけが違うのだ。
機械帝国の機兵が無残に転がり、手を焼かされてきた重装歩兵の銃撃も効果が薄い。
あそこに割って入って何ができるのか?
帝国の銃弾に身を晒しながら斬り込んで意味があるのか?
動けずにいる。
当然だった。今まで隠し通された数の機兵が倒れ、ほぼ総力戦となったドラゴンと帝国の戦い。
想像を遥かに超えた惨劇だ。
しかし、ドラゴンもダメージを負っているのは違いない。
ドラゴンを討つ絶好の機会とも言える。
「使者を送れ!!誰でもいい、3名特務から帝国へ使者を出せ!!この場限りでも良い、共闘してドラゴンを討つ!!」
後方から支持を出したのは特務の男であった。
この男はおそらく最も古い傭兵の1人である。
戦慣れしているのか動じることなく適切な判断に切り替えた。
国を捨てるという方針から一転して、特務の全員に士気が求められた。
砲兵こそいないが歩兵の数はいる。装備は帝国よりも脆弱だが、ドラゴンに対して背面から仕掛ければ、特務全員の攻撃を持ってすれば...。
まだ可能性はある。
カエデも不本意ながら戦うことを決意せざるを得ない状況だった。
ドラゴンを仮に討伐したとして、何が変わるのか?
今度は地下から溢れ出るデーモンと争うことになるのか?
または帝国との決戦か?
誰もが思慮を巡らせる間も、ドラゴンは止まることなく暴れ、列車砲は龍魔法の炎弾によって粉々に粉砕された。
一つまた一つと踏み潰され薙ぎ払われる機兵。
業火の中でも機関銃を離さない重装歩兵。
敵ながら勇敢だ。カエデは共闘の煙弾を待たずに動いた。
それに同調して特務だけでなく場に集結した全員が声を上げて突き動かされる。
硬い鱗に守られているドラゴンだったが、胸部から赤黒い鮮血が流されている。
当然そこは警戒される。歩兵たちは帝国に溶け込むようにして側面から銃撃と擲弾を放ち、特務が斬り込む手助けを行う。
城のような大きさのドラゴンと目が合うだけでも心臓が掴まれるような思いであったが、銃撃の雨が途絶えることはない。
「飛ばれる前に翼を落とすぞ」
カエデを抜き去りながら男が告げる。
まともに言葉も交わしたことのない相手だが、実力は信用に足る。
男がドラゴンの背に飛びついて駆け上がり、翼の付け根に刃を突き立てる。
カエデもそれに続き渾身の力を込めて突き刺す。
刃が通っただけでも奇跡に近いのだが、この程度では切断には程遠い。
人の大きさに例えるならば針を刺した程度である。
次々と飛びかかる特務の傭兵たちに恐れはないが、効果は薄い。
切断するには時間がかかりすぎる。
第二陣の攻撃が勢いを失いつつある頃、朝日を背にしてレイベン王が親衛隊を率いて参戦する。
帝国に秘密兵器があるように、レイベン国にも万が一に備えて用意された武器があった。
それはドラゴンほどではないが大きく、デーモンのようでもあり人のようでもある未知の魔物だった。
張り付いた特務たちに退避の声がかかると、
未知の生命体が振り返るドラゴンに殴りかかった。
「どうやって作られたのかはわからないが、あいつがレイベン王の切り札である魔人だ」
距離をとった先でライフルを構えた古参兵が呟くように言う。
カエデはドラゴンと魔人の肉弾戦をまじかに見て、この世界のことをまだ理解できていないことを思い知らされた。
「転生者とデーモンとを交配させたっていう噂もあるが、真実を知る連中はもう死んじまって真偽のほどはわかんねーんだがよ、もし生き延びることができたら王様に聞いてくれよねーちゃん」
相変わらず下品な男ではあるが、情報源としては有益である。
目が三つでツノが4本。それに未発達ながら尾もあるように見える。
殴り合いもつれ合うドラゴンと魔人。
互いに頑強な肉体を有しており一撃で致命傷を負わせるには至らない。
消耗しているとはいえ、相手はドラゴンである。
両翼で魔人の殴打を防ぎ詠唱を始める。
「まずい、魔法が来る!!私の後ろに!!」
カエデはとっさに古参兵を庇う。
周囲に降り注ぐ炎弾がカエデにも迫る。
直撃こそせずとも衝撃と熱が激しい痛みを伴う。
弾け飛ばされたカエデに駆け寄る古参兵。
「大丈夫?」
言いながらカエデは驚いていた。自分がよくわからない相手を、それも下品な男を庇ってしまったことに。
魔人の攻撃に疲れが見え始めた頃、ドラゴンの片翼が落ちた。
歓声があがるも、ドラゴンは詠唱しながら魔人を突き飛ばし空を仰いだ。
朝を迎えたはずのあたりがゆっくりと闇に飲まれ巨大な星々の子らが降り注いだ。
その一つ一つが制御なく大地に突き刺さり、ドラゴンさえ自身の魔法により出血していた。
見て避けれるほどの大きさと速度ではない。
ただただ祈るばかりだった。
大地が大きく様相を変えた頃にはそこに存在する命は半分にも満たなかった。
敵も味方もほぼ壊滅という中でカエデは片腕を失うだけで命に別状はない。
だが、魔人は全身を撃ち抜かれて動くのをやめた。
ドラゴンが血を流しながら立ち上がると、片足を引きずりながら歩き大地を振動させる。
やがて魔人の頭部を掴み、辺りに肉片を飛散させた。
絶望が場を支配した。
動く機兵はすでになく、レイベン側の特務も大半が死に戦闘不能となっている。
王は親衛隊共に健在であった。
散発的な銃声が鳴るがドラゴンは意に介してはいない。
すでに人とドラゴンの戦いは決したのだ。
片翼を失い、自身の魔法によって追い込まれる形となったドラゴンだが、そうさせたのは人間たちの執念であった。
全能として崇める国さえあるというドラゴン。
力の差は絶大であった。
ドラゴンをじっと見据えるレイベン王。口元が動いている。
ゆっくりと歩み寄るドラゴンに親衛隊の槍が放たれる。
胸部の傷口を的確に捉えるが歩みを止めるには至らなかったが、それで十分だった。
王の詠唱が完了し、雷を纏った槍がドラゴンの頭部を貫いた。
「魔法だと...?!」
刀で身を支えていたカエデが声に出した。
そうだ。レイベン王は魔法を使うことができる。
それも相当な力を有している。王の左手には輝く魔道書があった。
巨体から一瞬にして力を失ったドラゴンが倒れる。
頭部が半分吹き飛んでいる。
レイベン王は最初からこの一撃にかけていたのだ。
転生者を雇って国を守る脆弱な王とさえ帝国から揶揄されたレイベン。
魔道書を持つということは持ち主を殺したか、ドラゴンを過去に倒したということ。
「許さんぞ...人間...許さんぞ」
弱々しくも怨嗟に満ちたドラゴンの言葉。
やがてドラゴンの呼吸が止まった。
そしてレイベン王の親衛隊が動き始めた。
深手を負って動くこともままならない特務隊の首を刎ね始めたのだ。
「何をする!?」
共に戦った正規兵が立ち塞がるも両断されてしまう。
人間離れした力を持っている。
親衛隊も転生者だとしたら逃げ切れない。カエデは腕の再生を確認すると刀を構えて戦える者を集める。
帝国の重装兵が数人と特務が1人。即席の小隊を作って王から離反することを決意する。
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