楽園の暗殺者
blazer
第1話 ブリーフィング
着慣れないスーツを確認して、俺はエレベーターに乗った。
一つしかないボタンを押し、扉が閉まる。やがて上昇を始めた。
『認証します』
上昇中に、そんな電子音声が室内に響いた。
各種センサーが、俺の骨格、指紋、網膜等の情報を認証していく。
扉の上部に設置されているモニターに、ある文章が映った。俺はその文章を声に出して読み上げていく。
今の時代、あらゆる国の個人識別情報はデータベース化され、管理されていた。
その一方で、そういった情報の偽造も容易になった。指紋も、網膜情報も、そして声でさえも合成音声として特定個人と極めて似た音声を偽造できる。
だからこうして、厳重なセキュリティエリアでは個人情報を全て照合するのが当たり前になっていた。
俺にとっては面倒だ。仕事柄、そんな場所へ行くことなど滅多に無いのだから。
そう、今のような時を除けば。
やがて認証が完了し、上昇も止まって目の前の扉が開く。
その先には、広い部屋が待っていた。
白い大理石の壁、床、天井。部屋は客間というには少々広かった。
中央に柔らかそうな白いソファ二脚と、ガラス製のテーブル。テーブルの上にはモニターとリモコンが置かれている。
部屋の両側には広い窓があり、外の様子を映し出していた。
俺はまず、ソファの上に視線を向ける。
奥側のソファ。そこには、書類の入っていそうな大判の封筒と、折り畳まれたスーツ一式が置かれている。
勿論、俺のスーツではない。誰のものかは分かっているので、視線を外した。
それらを除けばソファは空だ。まだ誰も座っていない。それを確認して窓際へ行くと、俺は外を眺めた。
曇り空。高層ビルの立ち並ぶコンクリートジャングル。
眼下の道路を走る、米粒のような自動車群。
何も変わらない。10年前から。
変わったのは――
そんな地上を睥睨するかのように存在する、薄汚れた灰色の巨大な浮遊物。それを、俺は見上げた。
その瞬間、室内に僅かな高周波が響いたように思った。
振り返るが、部屋には誰もいない。
それでも様子が変わったことを察して、俺は部屋の中央にあるソファの方へと向かった。
ソファに辿り着く前から、そこには変化が起きていた。
先程ソファに置かれていたスーツ一式。それらがひとりでに動き出し、人の姿に組み合わさっていくのだ。
ズボン、ワイシャツ、ネクタイ、ジャケット。一つ一つが順番に動き出し、組み合わさっていく。まるで透明人間がスーツを着ていくかのように。
やがて完全に組み合わさったと思われた瞬間、透明だったその身体に、実体が現れた。血の通った、人間の姿が。
黒い肌。長身にがっしりした体格。黒髪だが坊主になるまで刈っている。そして、その頭には手術で縫われた跡がある。
話に聞いていた通りだ。そう思い、俺は内に湧き上がる苦い感情を顔に出さないよう苦心した。
現れたその顔、その身体は、俺と全く同じだったからだ。
「待たせてしまったね」
俺の顔をしたその存在は、柔和な表情を浮かべてそう言った。俺の声で。
『彼ら』が人類と会う時だけ作る、
彼らの本人…というより本体とでもいうべきものは、目の前にいる俺の姿をした実体の、後ろ辺りの空間ということになるだろう。彼らは、そういう存在なのだ。
勿論、目にするのは初めてだ。それでも俺は胸中の動揺を表に出さないように努めた。俺の稼業は、甘く見られたら終わりなのだから。
「どうにかなりませんかね、それ」
俺はその存在と、テーブルを挟んで向かい側にあるソファに腰掛けながら、咎めるように言う。
その存在は、とぼけたような口調で答えるのだった。
「それとは、何のことだね?」
「その顔です。貴方には理解できないかもしれないが、自分と同じ顔が目の前にあるというのは、あまり良い気分がしない」
「そういうものか」
言いながら、その存在は鷹揚に肩を竦める。
「すまないが、こうして二人だけで話そうとすると、比較対象が無くてね。相手と同じ顔にならざるを得ないのだ」
そう言ってその存在は、手を差し出した。苦々しい気分を振り払い、俺も握手を返す。
「ジェリコ・ギブスンだね。よろしく」
「ええ。以後、お見知りおきを」
俺の言葉に、目の前の相手は俺の顔のまま、親しみを込めた笑みを浮かべた。
「私のような存在と直接話すのは初めてだろう。楽にするといい」
「楽に…と言われてもね」
「やはり自分とは違う生命と話すのは、緊張するかね」
相手は、観察するような視線を俺に向けている。
それが不愉快に感じたのが伝わったのだろう。微笑しながら相手は肩を竦めた。
「いやいや、悪かった。私は他の同胞とは違い、君たち人類がどう考えるのか理解したくてね。こうして、できるだけ用がある者とは直接会うようにしてるんだ」
わざわざ呼び出された理由はそれか。俺は肩を落とした。
生来、あまり人と話す機会が多かったわけでもない。現在の職業柄、人と親しく話す義務も無い。
普段通り必要な情報を貰い、仕事に取り掛かるだけ。そう思っていたのだが、相手は俺の予想を裏切る手合いだった。
「こういう場合、人は話すことで気持ちがリラックスするそうだよ。本題に入る前に何か雑談でもどうかな」
「雑談?」
俺の言葉に、相手は薄く笑みを浮かべた。俺の顔で。やはり、どうにも気持ちが悪い。
「そうだね…じゃあ、『私達』に関する君の知識がどの程度のものなのか、聞かせてくれ」
一瞬、何のつもりなのかと食って掛かりたくなったが、俺はどうにかその思いを振り払った。
自分と全く同じ顔をぶちのめすなど悪夢以外の何物でもない。
仕方がない。これも仕事にかかるための面接と考えて、俺は自分の持っている知識を言葉にして紡ぎ始めた。
10年前。経済戦争に明け暮れていた世界は、突如宇宙より飛来した未確認飛行物体、所謂UFO染みた浮遊物により混乱状態に陥った。
それまで映像などで確認されていたような、ゴシップ紙を賑わすような安い作り物ではない。
全長10km以上の大きさを持ったその浮遊物が多数飛来し、地球上の都市の上空に鎮座したのだ。
ワシントン。モスクワ。北京。ロンドン。この4都市に。
「あんたらの狡猾さが垣間見られるのは、ここからだったな」
「そうかね?」
俺の皮肉に、相手は再度肩を竦める。俺は話を続けた。
それから、浮遊物は動きを止めた。
何の行動も起こさず、ただそれは、大都市の上空に浮遊したままだったのだ。
1日、10日、30日。ずっと浮遊物は、沈黙を続けた。
ある者は恐怖に耐えきれず発狂した。
ある者は自分たちが観察されているのだと訴えた。
ある者は攻撃すべきだと強弁した。
やがて大国の一つは、技術者をヘリに乗せ、浮遊物に入り口を作ろうと画策した。しかし、どんな機器を用いても、浮遊物には傷一つ付かなかった。
もう一つの大国は、砲弾とミサイルを浮遊物に浴びせた。しかしそれも技術者の機器と同様、浮遊物を傷つけるには至らなかった。
更にもう一つの大国は決断した。都市から人間を避難させると、核兵器のスイッチを押したのだ。
結果は大方の希望を打ち砕き、大方の悲観的予想の通りとなった。
核兵器でさえも、浮遊物には傷一つ付かなかったのだ。
「沈黙は金…誰の言葉だったかな。そうやってあんたらは、自分達が圧倒的優位に居るってことを、俺達に思い知らせたんだ」
相手は意味深に微笑むだけ。俺の顔でだ。俺は嫌な気分を拭い去れなかった。
そうして、俺達人間が絶望に打ちひしがれたのを見計らい、あんたらは行動を起こした。
4都市の政府の人間達を、自分達の乗り物へとご招待したってわけだ。
わざわざ人を送って招待したんじゃない。ある日突然、政治中枢にいる人間全ての脳内に、声を送ったんだったな。
「概ね、君の言う通りだ」
落ち着いた声で、相手は言う。
「じゃ、俺の話はここまででいいか?」
「いや、この際だし、もう少し推移を話してくれないか」
俺は苦い顔で、話を続けた。このまま自分の顔と相対していると、頭がおかしくなりそうだ。
浮遊物の真下に集まった政治中枢の人間達を、あんたらは内部に招いた。
浮遊物から飛来した小さなプラットフォーム。それにアメリカ大統領が乗り、浮遊物の真下に空いた穴から収容されていく光景は、今じゃどこの国の教科書にも載ってる。
そうして同じように招き入れられたロシア、中国、イギリスの代表者と同じように、アメリカも理解させられたわけだ。その中で。
あんたらが優れた科学力を持ってこの地球に飛来した存在だと。
それ故に、この地球上に存在するあらゆる兵器でも太刀打ちできないような浮遊物を作ることができたのだと。
そうして、あんたらは人類に自分達の情報を明かした。人類のような3次元世界の住人ではなく、空間の中に保存されたエネルギー体を核として動く生命だと。
そして俺達と同じ3次元世界に干渉するためには、空間に肉体を形成してそれを操る必要があると。今俺の目の前で見せているように。
あんたらも昔は俺達と同じ3次元世界に住んでいたが、科学力が極限まで高まった結果、そうして3次元の肉体を捨てた存在なのだと。
そして、俺達も同じように進歩させるため、この星に現れたのだと。
自分達ではどう逆立ちしたって勝てる筈が無かった。そう悟った各国政府は恭順した。遅かれ早かれ、どこの政府も。
そうして政府の人間達は、あんた達のことを『超越者』と呼称した。
そしてこの10年。人間と共に『超越者』が、各国の政治を統治し始めたわけだ。
「それに反対する人間が時折、デモを行って鎮圧されたり、行き過ぎた勢力は暴力的なテロを行ったりして、各国政府はその対応に追われた。そうして、あんた達のような存在が降臨した今も、この世界は分断したまま、混乱に満ちている」
そこまで言って俺は話を締めくくる。
それを聞くと、目の前の存在――太陽系外の宇宙より飛来した、人間より上の次元に住む生命体『超越者』は、柔和な笑みを浮かべて頷いた。
それで、俺は肩を竦めた。ここから先は語ろうとすると陳腐になる。
すると、相手はテーブルの上のリモコンを手に取り、モニターを点灯させた。
モニターには、演説を行う現職のアメリカ大統領が映し出されていた。
『彼らのお陰で我々はどれだけの恩恵を受けたか、分かっているでしょうか?』
『今や食糧問題は解決し、あらゆる病気は彼らから齎された技術で即座に回復できるようになった!』
『紛争の90%は解決の兆しを見せている。独裁国家は消滅し、特定民族への弾圧も無く、そして人類から差別という感情は失われた!』
『我々は、彼らと共にこれからも、歩んでいくべきなのです!!』
多くの観客が集まったドーム。その中央で、大統領が高らかに拳を振り上げている。『超越者』の存在を称えて。
俺の目の前にいる存在以外にも、個体として多数の『超越者』が浮遊物の中に居るらしい。
何人いるのかは分からない。何故なら、彼らとは各国政府の人間のみが直接相対しており、普通の市民が姿を見ることは基本的に無いからだ。
俺のような、『超越者』から直接要請を受けた、フリーランスの傭兵を除いて。
俺が頷くと、相手は再度リモコンのスイッチを入れ、モニターに映った映像を消失させた。
「もう俺が説明するのは十分だと思うが」
「君は今から受ける任務のことを予想してきたかな?」
試すような口調。正直腹立たしくなかったといえば嘘になる。それでも、相手が言わんとすることは理解できた。
だから、自分の眉根に皴が寄るのが分かったが、黙って俺は続きの説明を始めた。
『超越者』が人類と接触を始めた10年前。
それを境に、人類の中に特殊な能力を持った人間が生まれ始めた。
それまでの人類では持ち得なかった力…それこそ、空想やSF小説、映画などで語られていたような力だ。人間達はその能力を持った人間を、『獲得者』と呼んだ。
『超越者』の助言を受けて、人間は『獲得者』を集めてその能力を社会に役立てることにした。そうして作られた訓練所に、『獲得者』は送られることになった。
一方で各国に巣食うテロリストも、こぞって『獲得者』の利用を始めた。特に、あんたら『超越者』の存在を認めないような組織だ。
俺はそこまで言うと、目の前の『超越者』を見た。
「俺みたいな傭兵に、各国政府高官にしか会わない筈の『超越者』が直接対面して依頼するってことは…そういう、テロ組織の擁する『獲得者』を殺してほしいってことだ。そうだろ?」
指を鳴らして、俺の顔をした『超越者』は頷いた。
「ビンゴ」
このまま標的の話になるかと思っていたのだが、相手は少し考える仕草の後に、言った。
「もう少しだけ、話してもらいたい」
「何をだ」
「今度は、君の過去だ」
まだ話させるのか。少しうんざりした俺は、それを隠すことなく言った。
「俺の経歴を見て決めたんじゃないのか」
「それでもだ。君の口から聞くことに意味がある」
溜め息を一つ吐いて、俺は再び口を開いた。
元々、俺はアメリカ海兵隊に所属してた。俺の部隊は中東やアフリカに派遣され、そこで軍事政権やテロ組織を相手に戦った。そこで実感したのさ。この稼業に向いてるって。それで除隊後にフリーランスの傭兵になった。
『獲得者』に初めて出会ったのは、今から2年前のことだ。俺は中東の小国にいた。
大国から派遣された治安維持軍と小国に巣食うテロ組織との紛争でな。大国の側に雇われてた。
一日一日、一刻一刻戦況はキツくなっていた。
世論が戦争に反対してたんだ。大国政府からの援助は日毎に少なくなり、それでも政府に雇われた軍隊はテロ組織との戦いに明け暮れた。そんな中を俺は日々生き残っていた。
時折目にする新聞には、あんたらのことも書かれてたよ。面白おかしくな。
『獲得者』に遭遇したのは、そんなある日のことだ。
「それが君の経歴のハイライトになるわけか」
その言い方には引っかかるものがあったが、俺は無表情で頷いた。
目を疑ったよ。撃った銃弾が空中で静止したんだからな。呆気に取られてた間に、味方が向きを変えて飛んできた銃弾に撃たれてた。俺が撃たれなかったのは単なる運だ。
それでも、そいつはまだ自分の能力を使いこなせてなかったんだろうな。必死で身を隠した俺は、不意を打ってそいつを殺した。
銃弾じゃなく、ナイフで頸動脈をな。そいつが10歳にも満たない子供だったのが分かったのは、殺してからだった。それまでは、人の姿をした化け物としか思えなかったんだ。
「君が『獲得者』を意識するようになったのは、その頃からか」
俺は頷いた。
このまま、この子供と同じような相手が増えれば、命が幾つあっても足りない。そう思った俺は、アメリカに帰国した。幸い金はある程度溜まってたからな。
知り合いに退役した軍の元技術部の老人がいたんで、そいつに連絡を取ってみた。
そしたら運の良いことに、そいつが退役する直前くらいにアメリカの軍部では『獲得者』の能力について、急速に分析が進められてたらしい。そいつも退役するまで深く関わっていたという話だった。
それからは、テロ組織に『獲得者』と思われる存在の情報があった時は、そいつに連絡を取るようにしてる。そうして対策を練ってから、テロ組織の摘発に傭兵として関わってた。
そういう活動の中で、あんたのスカウトにあったわけだ。
「うん、私が君に目を付けた最大の理由がそれだ」
微笑を浮かべながら、相手はそう語る。
「フリーランスの身でありながら、『獲得者』にも怖じることなく傭兵として活動を続けている。自分の稼業を辞めるという選択肢を取らず、分析して対抗しようとする君の姿勢を私は気に入ったのだ」
「そいつはどうも」
相手が相手だけに、そんな称賛はあまり俺には響かなかった。
「それで…そうして君は今まで何人の『獲得者』を葬ってきたのかな」
知っている癖に。そう言ってやろうかと思ったが、俺は素直に答えていた。
「3人だ。さっき言った奴も含めて」
「心は痛まなかったのかね」
心にもないことを。そう胸中で毒づく。俺は察しがついていた。相手は、俺達人間とは別の価値観を持つ存在だと。でなければあんな効率的に、人類を支配できるわけがないのだ。
「殺すか殺されるかの戦場だ。相手のことを考えてる余裕も無かった」
そんな俺の回答さえ、相手は満足そうに頷いた。
そろそろ、俺からも攻勢に出てみるべきだ。俺の勘がそう告げていた。
「俺からも聞きたい」
「何だね」
先程スーツと一緒にソファに置かれていた大判の封筒を手にした相手は、俺の言葉に微笑を浮かべる。
「何故俺みたいなフリーランスを雇う。あんた達の権力があれば、いくらでも政府に働きかけて軍隊を動かせる筈だ。目障りな『獲得者』がいるなら、そいつらに消させればいい」
「それでは非効率なのだよ」
封筒から書類を取り出しながら、相手はそう告げた。
「『獲得者』は、その持ち得る能力にもよるが…プロの軍人であっても容易く殺す。複数人殺すことだって珍しくない。更に彼らを擁するテロ組織の中には、大国の軍隊の動きを熟知している組織も多い。故に、近年はテロ組織との戦いが激化し、不必要な犠牲が多く出ているのが現状だ」
一泊を置いて、相手は言った。
「大国の内部でも、徐々に武力介入への抗議の声が高まっている。大国と言っても各国の間で対応の仕方は様々だが、苦慮しているという事実に変わりはない」
「それで俺に白羽の矢が立った?」
俺の反応を窺うように見ていた相手だったが、僅かに安心したように頷いた。
「その通りだよ」
やがて、相手は封筒から書類を取り出すと、テーブルの上に置いて俺に差し出した。
それを受け取り、ページを捲る。
「君には別の国、別々の組織が擁する3人の『獲得者』を、暗殺してほしいのだ」
「3人…」
確かに、その書類には3人の『獲得者』についての情報が記載されていた。
そのうち2人の分には写真も載っている。遠くから撮られたらしい写真だ。
「その3人の詳細なプロフィール、そして確認されている能力について、詳しく説明しよう」
そうして、相手は3人の標的の詳細を俺に話し始めた。
やがて説明が一段落した時だった。不意に、相手はこう言ったのだ。
「一つだけ、君に確かめておきたい」
その言葉に、視線を上げる。相手は真剣な目で、俺を見据えていた。
「私は、君がこの任務を行える覚悟と、能力を持った者と見込んで依頼している」
「そうだな」
一体何が言いたい?そう思っていると、相手は自らの米神を指差した。
「だから、君の能力を疑うわけではないが…一つ知りたいのだ。この傷の理由を」
相手の頭――即ち俺の頭には、手術の縫合跡がある。それを指していたのだ。
俺の頭には、両側の米神の少し上辺りから、後頭部をグルっと回った傷跡がある。
手術で縫合された傷跡だ。
「こんな稼業なんだ。どんな傷があったって不思議じゃないさ」
「そうだね。だがこの傷はただの手術跡じゃない。だろう?」
俺はため息を一つ吐くと、不本意ながら口を開いた。
2人目の『獲得者』を殺した時のことだ。
その時、俺はアメリカの海兵隊と行動を共にしてた。『獲得者』がいるという情報を事前に得ていたので、俺は警戒していた。
果たして、その『獲得者』が現れた。
今度の俺は運が悪かった。味方が撃った銃が跳弾して俺の頭に命中したんだ。不思議とすぐに立ち上がれたよ。そのせいで頭に銃弾がめり込んでたことに気づかなかった。それに気づいたのは、俺がその『獲得者』を殺した後だったんだ。
相手が息絶えたのを確認したと同時に、俺も昏倒したよ。
気が付いた時、設備の悪い病院のベッドの上だった。1か月昏睡状態だったらしい。
その時には既にこの手術跡ができてた。何でも、免許も持たない医者に銃弾を取り出されたって話だ。
後遺症が無かったのが奇跡だよ。
そう話す俺を、興味深そうに相手は眺める。
やがて、満足そうに頷いた。
「嘘は吐いていないようだね」
「これで十分か?」
相手が頷いたのを確認すると、渡された標的の資料を持って立ち上がった。
エレベーターに向かう俺の背に、『超越者』の声がかかる。
「当面の資金は口座に振り込んでおいた。足りなくなったら連絡をくれたまえ」
「そういえば」
言いながら、俺は振り返る。
「あんたのことは何て呼べばいい」
「私?」
とぼけたような声で、相手はそう応える。
「私達には個体の概念が薄くてね。特に識別名を意識したことが無いんだ」
「…聞き方が悪かったな。俺があんたを呼び出したい時に、何て言えばいい?」
「そうだね…」
『超越者』はしばし考え込んでから、やがて言った。
「ヴィサロと呼んでくれ」
「変わった名前だな」
「同胞が私を呼ぶ際の波長を言語に変換すると、一番近いのがこの音声でね」
相手――ヴィサロの言葉に俺は頷くと、エレベーターに乗り込んだ。
「じゃあヴィサロ、標的を殺したら連絡する」
「期待しているよ、ジェリコ」
そうして、エレベーターの扉が閉まった。
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