第3話 精神感応者
「この標的は、
初日のヴィサロの説明で、標的の一人の資料を指して彼は言っていた。
その標的のみ、外見の分かる写真が付いていなかったのだが、その能力を聞いて合点がいった。
「つまり情報伝達役か。表に出ることが無いから写真も撮られていないのか」
「それだけじゃない」
言いながら、ヴィサロが更に資料のページを捲る。
俺も続いてページを捲ると、そこには路上で頭から血を流して死んでいる男の写真が載っていた。
「この獲得者を有するテロ組織に潜入したSISの諜報員だが、露見して射殺された」
「SIS…イギリスの秘密情報部か」
言いながら、資料の写真を良く確認する。
「…本当に、射殺されただけで済んだのか?」
俺はそう尋ねた。そこに写った男の身体には、不自然に傷跡が多く見受けられたからだ。
ヴィサロは俺の問いに頷いた。
「無論、露見した時点で凄惨な拷問を受けた。見れば分かるだろうが、歯を引き抜かれ指や耳を切り落とされ、一部には重い火傷を負った箇所もあった」
「惨いな。で、情報を吐いたのか」
ヴィサロは、暗い表情で頷いた。
「不幸中の幸いだったのは、その組織に潜入していたのがその男だけだったことだ。だが連絡役が数名、捕らわれて同じように拷問の末殺され、死体が路上に転がった。事態を重く見たSISは、その地域から撤退せざるを得なくなった」
「…恐ろしい能力だ。スパイが意味をなさなくなる」
「それ以上だよ」
言いながら、ヴィサロは腕を組んでソファの背もたれに背中を預ける。
問題を持て余している様子がありありと見て取れた。
「死体となった男は、勿論拷問を耐え抜くように訓練され、また捕らわれた時のために自殺用の薬剤を肌身離さず持ち歩いていた」
「じゃ、それを使わなかったのか?」
俺の問いに、ヴィサロは目を細める。
「いいや、使えなかったんだ」
疑問の表情を浮かべる俺に、ヴィサロは言葉を継いだ。
「
「なら、何のために拷問を?」
「分からないか?」
ヴィサロは、鋭い視線を俺に投げかけた。
「見せしめだよ。実際その目論見通り、SISは撤退を選択した」
その言葉に、俺は生唾を飲み込んだ。
そんなことをするような過激な組織に、スパイを容易に見つけ出す
「それでも、その男が正体の割れる寸前に辛うじて届けた情報が、このテロ組織が
そう言いながら、ヴィサロが資料の最後のページを捲る。
「衛星の画像から、このテロ組織の拠点は殆ど割り出せている。本拠地を含めて。だが、治安維持軍が二の足を踏むほど兵士の数も、装備も整っている組織だ。この地域の政府は空爆を検討しているが、諜報員が潜入できない以上効果があるかは疑わしい」
そう言い結ぶと、ヴィサロは改めて俺に言った。
「君に、この獲得者を殺せるか?」
「最善を尽くします」
政治家が使うようなお決まりの常套句と共に、俺は頷いた。
転移者を殺して、翌朝の飛行機でアメリカに戻った俺は、再びマーカスの家に訪問していた。
「これを持っていけ」
マーカスは俺から獲得者の能力を聞くと、やがて家の奥から何かを持ってくる。
それはフルフェイス型の黒いヘルメットだった。
「そいつは…ひょっとしてアレか?コミックに出てくるような、被ると精神感応者の干渉を受けずに済むっていうような」
俺の言葉に、マーカスは不機嫌そうに頷く。
「この前の機器より余程簡単な代物だ。この前説明したろう、獲得者は自分と能力を作用させる対象の周囲にソラリス元素を発生させる」
「そのソラリス元素って奴を安定化させて能力を作用させるんだったな」
俺の言葉に頷くと、マーカスは持ってきたヘルメット状の機器を指でトントンと叩いた。
「こいつはこの前お前に渡した機器と違ってオンオフの必要が無い。被っているだけで、脳とソラリス元素とを遮断する」
「この前の機器はすぐに電池切れするって話だったぞ?」
俺の指摘に、マーカスは腕を組んだ。
「言っただろ、遮断するんだ。この前の機器は能動的にソラリス元素を振動・拡散させていたが、こいつは違う。メットの内部に特殊な素材を使っていて、装着者の頭をソラリス元素から守るようになってる」
そこまで説明すると、マーカスがそのヘルメットを俺に差し出す。
「ただし、被ったら視界は制限されるし音も聞こえ難くなる。まぁ、それは普通のヘルメットでも一緒だがな。それと少しでもヒビが入れば使い物にならなくなる。注意しろ」
俺はそれを受け取ると、感謝の言葉を述べた。
「ありがとうマーカス。今回はあんたに世話になりっぱなしだ。今度の任務が終わったら、一杯奢るよ」
「どうせならワインを一本くれ。上物だぞ」
南米での時と同じく入念な下調べを行った後、俺は遠くから双眼鏡で獲得者がいると思われる屋敷を眺めていた。
とはいえ、
時刻は前回と同じく深夜。忍び込んで暗殺するにはこれ以上に最適な時間は無いだろう。
今回のテロ組織は前回のとは違い、資金が潤沢で装備も兵士の数も段違いだ。
双眼鏡から見える屋敷はライトアップされており、資産家の豪邸のようにしか見えない。
ここからでは警戒する兵士の姿も見えないが、念には念を入れるしかない。
俺はマーカスから受け取ったヘルメットを手に取った。視界や聴覚が制限され、警戒する兵士に見つかる確率は高くなるが、それでも対象に感知されるより何倍もマシだ。
そう思いながら、俺はヘルメットを頭に被ろうとした。
『それを着ける必要は無いよ』
頭の中に声が響き、心臓が凍る。
馬鹿な、もう能力の範囲内だっていうのか!?
『そうさ。でも安心しな、今夜お前は任務をやり遂げる。これ以上なく簡単に』
聞こえたのはそこまでだった。何故なら、即座にヘルメットを被ったからだ。
一体何を言おうとしたのかは分からないが、自分の脳が操られるリスクを負うくらいなら標的との会話など必要ない。
どうする。一時撤退するか?判断に迷う場面で、俺は再度双眼鏡から屋敷の方を見た。
屋敷に動きは無い。俺の存在を感知された筈だ。それなのに、警戒する兵士が屋敷から出てくる様子は無かった。
何のつもりだ?頭の中で疑念が膨らむ。
よし。少しでも異変を感じたり、兵士の気配を感じたら撤退しよう。そう決断して、俺は足を踏み出した。
屋敷までの間の道を、森の中や丈の高い草原に身を隠しながら走る。
ここは南米と違い屋敷の周りに民家は無い。縦横に道路が走っているが、そこを除けばこうした草原や森林に囲まれ、身を隠しやすい場所だった。
少し強い風が吹き、空を雲が流れ去っていく。雪こそ降っていないが寒い地域であるせいか、夜空に瞬く星や月がよく見えた。
まるで印象派の画家が描いたような風景だ。そんなことを頭の隅で考えながら、俺は慎重に歩みを進めた。
遂に屋敷の前まで辿り着く。
その頃には、警戒している兵士などいないのだと薄々思い始めていた。
そうなると益々分からない。先程俺に話しかけてきた獲得者は、何を狙っている?
正門からは中に入らず、屋敷を囲う塀に手をかけながら、俺は考え続けた。
そうしながら、塀の上から屋敷を見渡す。
屋敷の手前には広い駐車場があるが、やはり誰もいない。
そして、屋敷の玄関のドアは開いていた。
「!?」
その瞬間、気づいた。玄関口に誰かが立っている。
それは、小さな少女だった。恐らく8歳にも満たない。
白い肌に長い縮れた金髪。人形のように整った顔立ちに、青い瞳。子供用の青色のドレスを着て、大きな熊のぬいぐるみを抱えている。
あれが獲得者なのか。俺は反射的に拳銃を抜いていた。
それを見たのだろうか。その少女は急に駆け出して、屋敷の奥へと走り去っていった。
釣られるな。
そう自分に言い聞かせて、周囲を警戒しながらゆっくり塀を降りる。
そうして駐車場を横切ると、俺は屋敷の中へ入っていった。
屋敷の中は真っ暗闇だ。拳銃と懐中電灯を両手に持って辺りを観察する。
屋敷の内部は荒れ放題だった。
大広間のようだが、床のカーペットや窓に取り付けられたカーテンは所々が擦り切れており、朽ちたテーブルや椅子、それに簡易的なベッドが幾つか散乱している。空になった輸血パックや点滴、それに食糧や飲料水の空き容器がそこら中に転がっており、テロ組織の拠点であったことを窺わせた。
ならば、ここにいた筈の兵士達はどこに行ったのか。
「…!」
大広間の中央に階段があった。その頂上の辺りへ懐中電灯を向けると、先程の少女がそこで、俺の姿を見つめていた。
光に照らされ、目が合ったと同時に再び少女は駆け出して、2階の廊下の奥に消える。
少女の立てる足音だけが、屋敷の中で反響していた。
まるで悪夢の中に居るかのようだ。
そんな考えを振り払い、俺は階段を上り始めた。
階段を上り終え、廊下の先を懐中電灯で照らす。
「…?」
突き当たりの床に、何かが落ちていた。
恐る恐るそこまで近づいていく。その途中で、それが何だか分かった。
先程少女が持っていた、熊のぬいぐるみだった。
爆弾でも入ってるのか?そう警戒して少し後退すると、拳銃でそのぬいぐるみを撃った。
それだけで分かった。少なくとも、爆発物が入っているような重いものではない。
ならば何故、あんなものが落ちているのか。俺は警戒を続けたまま、そのぬいぐるみの場所まで歩を進めた。
「よく…来たね」
急に声が聞こえ、俺は銃口と懐中電灯の光をそちらに向けた。
「まぶしいね。明かりは消しな」
不快そうな声。それが、部屋の中から聞こえてくる。俺はその声を無視し、その一室へと歩みを進めた。
そこは、誰かの寝室のようだった。
天蓋付きのベッドで、周囲を薄いカーテンで囲まれている。
部屋の窓にはカーテンがかかっておらず、月明かりが室内を照らし出していた。
俺のいる位置からはベッドの足先が向く方向となっていたが、その面のカーテンはかかっていない。だから、そのベッドに横たわる人物が良く見えた。
長い白髪、顔に皴が刻まれ、痩せ細った鉤鼻の老婆がそこに横たわっていた。
ベッドのシーツが身体にかけられ、その身体からは何本もチューブや配線が繋がれている。
それらはベッドの傍らにある機器や点滴に繋がれ、機器からは定期的にピッピッと電子音が響いて、老人の生存を知らせていた。
まるで病院の一室で、今にも息を引き取りそうに見える。
しかし、その老婆の眼は間違いなく俺に向いていた。
「待ってたよ」
「…あの少女はどこだ」
俺の問いに、老婆は笑い声を上げようとして咳き込んだ。
そうして上体を起こすと、俺に向けて震える手で指を差す。
「それを外しな。最初から、そんなもん必要ないよ」
俺の被るヘルメットのことを言っているのだ。
黙って射殺するべきだ。そう理性は訴えていた。だが、何故か引き金を引く気にならず、代わりに銃をホルスターにしまう。
懐中電灯も切ってしまいこみ、自由になった両手でヘルメットを取ると、俺は正面から老婆を見た。
「俺を阻もうと思えば阻めた筈だ」
『もう、そんな意味無いのさ』
頭の中に声が聞こえる。間違いない。獲得者は、この老婆だ。
「どういうことだ。獲得者は、10年前の超越者と人類との接触以降に生まれた子供の筈だ」
つまり、10歳以上の獲得者などあり得ない。
それでも、頭の中に響く声が目の前の老婆のものであるのは、紛れもない事実だった。
『情報統制されてるのさ。子供の数に比べれば遥かに少ないが、後天的に獲得者になった者も、確かに存在する。私のようにね』
そうして、老婆は僅かに笑いながら指を自分の米神に向ける。
『私は10年前、末期の脳腫瘍だったのさ。それがどういうわけかこの10年生きちまった。オマケにこんな能力までね』
後天的な獲得者。そんな話は初めて聞くが、目の前にその実物がいるなら信じる外無い。
「それで…何のつもりだ。何故俺をここまで迎え入れた」
『それはね…最期に、話をしたかったからさ』
今度は、老婆の顔の笑みは穏やかなものに変わる。
『もう私は長くない。身体があまり言うことを聞かないのさ。だから、次に私を殺しに来た奴がいたら、話をしてみたい、とね』
「話?何を、言ってる」
俺は、困惑を隠しきれなかった。
『あんたに、私の殺しを依頼したのは超越者だね?』
依頼人の情報などそう簡単に教えられるわけがない。だが、そんなことは目の前の精神感応者の前では無意味だと、その時気づいた。
「それがどうした」
俺の問いに、老婆は笑みを浮かべた。
『何故奴らが私達を殺したいか、分かるかい?』
「お前らが、大勢の人間を殺すからだ」
その答えに、再び老婆はしわがれた笑い声を上げる。
『確かに私達も多少は犠牲を出した。でも、その情報は本当に真実だと思うかい?』
「何が言いたい」
老婆は含み笑いを漏らしながら、俺の頭に声を送る。
『確かにこの10年、大小様々なテロがあった。大勢死人が出たね。それら全部とは言わない。確かに、私達が犯した罪もあろうよ』
『でもね、その大部分は、超越者の仕業さ』
「馬鹿な。そんなことをする理由など無い筈だ」
『いいや。理由ならあるね』
そして老婆は、人差し指を自分へと向ける。
『私達さ』
「…何?」
『私達獲得者を、あんたみたいな人間に殺させるためさ』
「堂々巡りだな。テロ組織に協力する獲得者のせいで大勢の犠牲者が出た。それが、俺がこの任務を命じられた理由だ」
俺は少し呆れた声で、そう老婆に反論する。
しかし、老婆は首を振った。
『それは結果でしかない。私が話したいのは、原因だよ』
このままでは話が先に進まない。そう思い、俺は鷹揚に肩を竦めた。
「分かった、好きに話せ。だが、俺が今夜あんたの命を奪うという結果だけは変わらない」
俺の言葉に、老婆は僅かな笑みを浮かべると、頷いた。
『超越者は恐れているのさ。私ら獲得者をね。何故だか分かるかい?』
『自分達に影響を及ぼせる存在だからさ。人類より高次の存在である筈の自分達に、ね』
『そもそも何故獲得者というものが現れたか。それは人類という種が、超越者という未知の存在に接触したことで、適応したからさ。彼らという高次の存在を認識したことで、人という種のDNAに変異が起きた。正確には、超越者の持つ新しい元素に触れたことでね』
『あんたの言葉で言えばソラリス元素かね。それが、超越者に影響を与える…もっと言えば、彼らを打倒する鍵なんだ。だから、それを操る術を持った獲得者を、奴らは脅威に感じてる』
これは妄言だ。そう思わずにはいられなかった。
『妄言だと思うかい。じゃあ聞くが、あんたは…訓練所から出てきた獲得者を、一人でも見たことがあるのかい?』
訓練所。テロ組織に協力していない獲得者を保護し、その能力を人類の進歩に役立てられるよう訓練する施設だ。獲得者はそこに入り、成人するまで親から引き離され、その中で訓練される。勿論、親には定期的な獲得者の生活状況等の情報が送られ、電話での会話だって可能だ。そして成人してから訓練所を出ると、新たな役職を得て人類の進歩に寄与していく。
そう聞いている。
今の所、訓練所から出てきた獲得者などいない。何故なら、全ての獲得者はまだ成人していないからだ。目の前にいる後天的な獲得者を除けば。
『じゃあ、もう一つ聞くよ。超越者と出会ったことで、人類は食糧問題の解決に成功したと盛んに喧伝されてる。どうしてだと思う?』
考えるまでもない。超越者が、新しい栄養豊富な合成食品を作る術を考案し、人類の手で生産設備が確立されたからだ。中東やアフリカ等の貧困地区に優先的に配給され、この10年で食糧問題は解決した。
『その合成食品。何が合成されているか知ってるかい?』
全く新しい合成食品だ。動物の肉や野菜などの植物を用いる必要が無い。太陽光と砂や空気、海水等の自然物から、人体に有効な成分を抽出し、人工的に合成された…ああ糞、ここからは専門的な話で、俺の分野じゃない。
『人が水や空気だけで生きていけるもんかね。違うのさ。それは超越者と、それに従う政府のでっちあげたプロパガンダだよ』
『奴らはね。訓練所という名の収容所で、獲得者を殺して食品に変えているのさ』
馬鹿な。荒唐無稽が過ぎる。じゃあ人類は、同じ人間の肉を食わされてるというのか。
それに訓練所に入れられた獲得者の情報は、親に定期的に送られる筈だ。電話連絡だってできるという話だ。
老婆は、俺の考えをあざ笑うように笑みを浮かべた。
『何のために各国が個人の識別情報を収集して管理してると思ってるんだい。そういう情報をでっち上げるためさ。電話連絡だって、声を合成するくらい容易じゃないか』
だが…だが、獲得者の出生率はとても低かった筈だ。
もし仮に、獲得者を殺して食品に変えていたとしても、それだけで全世界の人間に配給できるとは思えない。
『勿論そうだろうね。だから使ってるのさ。他の肉も』
『例えば、そう…私みたいに寿命を迎えた老人の、死体とかね』
全身に悪寒が走る。この世界の裏で、本当にそんなことが起こっているというのか?
いいや、俺には信じられない!そんなことをすれば誰かが気付く筈だ。そんな非人道的なこと、誰も告発しない筈が無い。
『傭兵なのに甘いんだね。なら聞くが、奴らの言う合成食料の生産工場とやらを、実際に目にしたことがあるかい?年々人口が増える筈の獲得者、その訓練所が増築されたって話を、一度でも耳にしたことがあるかい?』
確かにどちらもない。だがそれが、あんたの妄想の証明になどならない。
それに、獲得者を恐れてるというなら、超越者は人類から手を引けばいい話だ。
『それはね、時間稼ぎさ。私らがその身を食い合っているうちに、超越者達はこの地球上で、目的を達成しようとしてるのさ』
目的だと?超越者は何をするつもりだというんだ。
まさか、人類を纏めて奴隷にするつもりだとでも?
『いいや、真実はもっと悪い』
『超越者はね、この地球の核にあるエネルギーを、全て持っていくつもりなのさ』
地球の…核?
『空間にエネルギーを保存し、それを核にする。それが超越者さ。だがそれにも限界はある。奴らのエネルギー源は、星の持つ重力エネルギーだよ』
『奴らはね、この地球自体の持つエネルギーを全て奪って、死の星にしようとしているのさ』
『それが、超越者という名の侵略者の、正体だよ』
そこまで伝えると、話は終わりのようだった。老婆は疲れたように深く息を吐くと、起こしていた上体を寝かせる。
「…一つ聞く」
幕を引く時だ。俺は拳銃を再度取り出すと、老婆を見つめた。
「そんな考えを持ったのは、何が切っ掛けだ」
老婆は再び笑みを浮かべると、今度は己の声で喋っていた。咳き込みながら。
「奴らの言いなりになる、各国政府の人間の思考を読んだからさ。でも、発端となったのはね…」
言いながら、その視線を虚空へと彷徨わせる。まるで、懐かしい過去を見ているように。
「10年前。奴らがこの地球に来た時。私はね、アメリカの大統領が奴らの浮遊物に運ばれていく様を、遥か下の地上から見上げていたのさ、この目で」
「その頃の私は、脳腫瘍で余命幾ばくも無いと言われてた。死ぬ前にこんな光景が見れたのなら、悔いは無い。そう思ってた」
「でも、あの浮遊物に穴が開いて、大統領が運び込まれる瞬間。あの一瞬、届いたんだよ。私の頭に、奴らの思考がね」
「それが、私がお前に、伝えたことさ」
そこまで語り終えると、老婆は笑った。大声で。涙が出るくらいに。
そして、その笑いをピタリと止めると、俺を見た。
「ま、最期に会えて良かったよ…もう一度」
「ここまで長かった。やっと…旅が、終わる」
銃の引き金を引いた。
後に残ったのは、老婆の傍らに置かれていた機器から鳴る、心停止を知らせる電子音だけだった。
夢を見た。以前の夢の続き。
倒れた獲得者を、数人の大人達が抱き起し、担架で運んでいく。
それを呆然と見つめたまま、傭兵がその担架についていく。
やがて獲得者とそれを運ぶ大人達も、ついていく傭兵も、病院の真っ白な廊下を進んでいく。
そこで夢は終わりだった。
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