第4話 念動力者
「今度の相手には、有効な機器は無い」
マーカスは俺の渡した資料を読みながら、あっさりとそう言った。
「そうなのか?この標的の能力は、獲得者の中では特に珍しい能力とも思えないが」
言いながら、俺は資料を眺める。
資料には、標的の能力が『
周囲のものを浮遊させて、相手にぶつける。相手の投げたものや撃った弾を空中で静止させる。今俺が言ったように、獲得者の中ではポピュラーと言える能力だ。
俺も過去に対峙した経験がある。その時は相手が自分の能力を使いこなせていなかったお陰で仕留めることができた。
「珍しくない能力だからこそだ。この能力はな、個人差が大きいんだよ」
そう言うとマーカスは、俺が持ってきた荷物の中から、以前
「獲得者の中でも、個人個人でソラリス元素の発生量や安定速度に違いがある。
そこまで語ると、マーカスは取り出した機器を指差した。
「対策できるとすればこの機器になるだろう。だが標的の能力、その出力がこの機器を上回った場合、精々その力を弱めるくらいが関の山だろうな」
「…なるほど」
俺の相槌に、マーカスは溜息を吐いた。
「悪いな、最後の最後に役に立てん」
「いいや、ここまででも十分過ぎるくらいだった。感謝するよ、マーカス」
そう言うと、俺は約束だった上物のワインを手渡した。
マーカスの危惧通り、恐らく今度の標的は彼の機器よりも強い能力を有しているだろう。俺はそう確信していた。
初日のヴィサロの説明から、そんな推測ができていたからだ。
「実はね、君の前任者がいたんだ」
「前任者?あんたの指示で獲得者を暗殺する傭兵が、前にもいたという事か」
俺の言葉に、ヴィサロは頷いた。
そうして、標的の一人の資料を取り出すと、それを指差す。
「彼を逆に仕留めたのが、この獲得者だ」
俺はヴィサロの指差した資料を取り出し、そこに載っていた写真をまじまじと見つめた。
出身はインド。浅黒い肌に黒髪、黒い瞳の少年。年齢は9歳とある。しかしその整った顔立ちには、年齢以上の知性と気高さが感じられた。
「確かに、ただ者じゃなさそうだ」
俺の言葉に、ヴィサロは頷いた。
「この獲得者は他の二人とは全く違う。彼らのようにテロ組織の兵士達に守られる立場でなく、積極的に前線に出てくるような相手だ。それも、単独で政府軍の一個小隊を壊滅させている」
その説明に、俺は生唾を飲み込んだ。
「テロ組織自体も、他国の組織と結びついて資金も兵士の量も潤沢だ」
そこまで説明すると、ヴィサロは俺の方を見た。
「君は以前
その言葉に、俺は無言で頷いた。それに対して、ヴィサロは念を押すように強調する。
「以前の相手と同じと思わないことだ。この標的は私以外にも何度か政府に雇われた暗殺者に狙われたが、いずれも返り討ちにしている。君でも危ういかもしれないぞ」
「…それでも、やるしかない。でしょう?」
俺の言葉に、ヴィサロは微笑んだ。
「そうとも、この標的の打倒なくして、人類の進歩はありえない。君にそれがかかっている」
プレッシャーのつもりか。そう思いつつも、俺は笑みを返した。
マーカスの機器は使えない。今度の標的は一筋縄ではいかない。
ならばどう任務を遂行するか。
俺はノートパソコンを開き、ヴィサロ宛にメールを出した。
そうしながら、自分の所有する武器や装備を頭の中に並べ、策を練っていった。
それから数週間後。
俺は標的のいる、インドのとある地域にいた。
時刻は夕方。これまでの任務と違い、今回はある理由からこの時刻を選んでいた。
今回のテロ組織も潤沢な資金を持つが、獲得者を擁しているこの拠点は古びた寺院を流用しているようだった。
事前に調達した、このテロ組織の兵士に似せた服装に着替えて、俺は寺院の中を進んでいく。
顔はターバンで隠している。テロ組織は全般的に顔を隠している兵士が多いのが幸いだった。
落ち行く太陽が、赤い光を寺院全体に投げかける。
すれ違う兵士に怪しまれないように挨拶をした後、俺はとある部屋の扉の陰から、その部屋の中を覗き込む。
そこには、標的の少年がいた。
その少年は、多数の兵士達と話し込んでいる。
いや、話しているというより、少年の方が兵士達に指示を出しているように見えた。
そういえばこの近くの都市で、近々超越者とインド政府高官との会合が開かれるという話が、事前に読んでいた新聞に載っていたことを思い出した。
勿論、超越者はあの灰色の浮遊物を移動させて都市に来訪するらしい。
となれば、超越者の肯定派は派手なパレードを行うだろうし、否定派は抗議デモを行うだろう。いずれにしろ、大勢の人間が押し寄せるのは想像に難くない。
その時にテロ活動を行うつもりなのだろう。俺はそう推測した。
頭の中で、あの老婆の話していた内容が頭を掠める。いずれ、あの話が真実かどうか確かめる必要があるだろう。
だが、今は依頼された任務の方が優先だ。プロの傭兵である以上、それは守らねばならない。
そして俺の計画では、この任務の本番はまだ先だ。俺はその部屋の前を通り過ぎた。
夕食前の厨房は、料理係の兵士達が右往左往していた。
警備する兵士の数も多いこの拠点では、食事を作るのも一苦労だろう。しかしそのお陰で、俺の姿を見咎める兵士は皆無だった。
それでも、ぐずぐずしていれば俺の姿を不審に思う兵士も出てくるだろう。俺は堂々と、厨房の中を横切っていった。料理している兵士にぶつからないよう気を付けながら。
やがて厨房を出ると、その先にある階段を上る。そして、ある部屋に入った。
そこは広い部屋だった。濃い赤色の絨毯に灰色がかった白色の壁と天井。大きな窓があり、奥の方は一人分の寝台と連絡用の電話が置かれた寝室になっている。
手前側は円形をしており、色々なものがあった。
小さなものは子供用の積み木から始まり、レンガやコンクリートブロックを経て、ドラム缶まで置かれている。
ここは、標的である獲得者の部屋だ。この大小様々なオブジェクトは、恐らく獲得者がその能力を訓練するためにあるのだろう。
部屋の手前側の四隅に太い柱があり、姿を隠すにはそこが最適に思われた。
獲得者は毎日、夕食後にこの部屋に来ると、就寝まで瞑想と訓練に耽る。
その間は気を散らさないよう、兵士達には部屋に近づかないよう命令されていた。
任務を遂行するなら、その時間が狙い目だろう。そう判断し、俺はこの時間に潜入したのだ。
もうすぐ死闘になる。
そう覚悟して、俺は奥の柱の陰に身を潜めた。
やがて、日が落ちて夜になる。
下の階では兵士達が集まって夕食を取っているのだろう、賑やかな声が聞こえてきた。
おそらく、標的の少年も食事を取っているだろう。
それが終われば、この部屋に引き上げてくる筈だ。俺は緊張感を維持しつつ、待った。
やがて、階段を上る音が聞こえてくる。一人分だ。
大人のものに比べて軽い足音。恐らく標的だろう。
そして扉を開ける音が聞こえ、息遣いが聞こえてくる。柱の陰から覗くと、予想通り標的が部屋の中に入ってきていた。
少年は部屋の中央に座ると、念じるように両手を組み合わせ、目を瞑る。
今だ。俺は右腕に着けていた腕時計のストップウォッチを起動すると、柱の陰から飛び出して
少年が物音に気付き、瞠目する。
もう気付いても遅い。俺は引き金を引いた。
頭と胸に3、4発浴びせて、少年が倒れるのを確認する。
フーっと息を吐いた。
拍子抜けだったが、これで最後の任務も達成だ。
幸いにも下の階にいるであろう兵士達には気づかれていない。あとは引き上げるだけだ。
そう考えつつ、倒れた少年の身体に目を向けた。
その瞬間、異変に気付いた。待て、おかしい。
倒れた少年の身体から、血が流れていない。
そう思った瞬間、射殺した筈の少年が立ち上がった。
「性懲りも無く、暗殺者か」
ヒンディー語でそう呟く少年の胸と頭には、皮膚に触れた辺りで静止している、銃弾があった。
力無く、銃弾が少年の身体から離れて地面に落ち、金属音を響かせる。
俺は即座に拳銃をしまうと、ライフルを手に取った。
凄まじい銃声と共に、数十発のライフルの弾が少年に向けて掃射される。
しかし予想通り、銃弾は全て、少年のかざした手の前で静止していた。
「返すぞ」
慌てて柱の陰に身を潜める。その瞬間、一瞬前に俺のいた辺りを、向きを変えたライフルの弾が殺到していた。
銃声を聞きつけたのだろう、下の階が俄かに騒ぎ始めている。
俺はライフルの弾倉を取り換えると、空になった弾倉を少年の方へと投げつけた。
そうして柱の逆側から、再度ライフルを掃射する。
しかし、ブラフとして投げつけた弾倉も、掃射したライフルの弾も、全て空中で静止させられた。
「無駄だ」
その瞬間、階段を駆け上がる音と共に、兵士達が部屋に乱入してきた。
彼らの怒号が飛び、たちまち室内が騒然となる。
そのせいで俺の存在を伝えようとする少年の声はかき消され、柱の陰に隠れていた俺の姿を兵士達は見つけることができないでいた。
チャンスだ。
「じゃあこいつはどうだ!?」
英語で叫びながら、柱から別の柱の陰へと身を躍らせる。そうしながら、俺はピンを抜いた手榴弾を兵士達と、その中心に居る少年に向けて投げつけていた。
俺に気づいてライフルを撃とうとした兵士達が、手榴弾に気づいて騒然となる。
悲鳴と怒号。兵士達が一斉に部屋のドアへと殺到するが、室内にいる人数が多過ぎた。気付くのが遅れた者が何人か、逃げ切れない。
衝撃に備えて柱の陰に身を隠し、両耳を塞ぐ。その瞬間、凄まじい爆発音が室内に木霊した。
パラパラと塵や埃が舞う中、俺は柱の陰から室内を見渡す。
兵士達が倒れている中、少年とその周囲の床だけは無傷だった。
「無駄だと言っただろう」
部屋の中で倒れている兵士のうち、まだ息のある兵士の呻き声や苦悶の声が聞こえる。
手榴弾に巻き込まれなかった兵士が、戸口の陰で銃を構えている。
更に兵士達の第二波が、隊列を組んで階段を駆け上がってくる音も聞こえた。
少年は俺を見据え、言い放つ。
「諦めろ、お前は失敗したんだ」
俺はそれを聞き流し、腕時計のストップウォッチの経過時間を眺めた。
生憎、ヒンディー語の聞き取りはできるが話すことはできない。
だがら、俺は英語で返した。
「いいや、成功さ」
「グッ…ゴホッ…ゴホッ!!?」
その瞬間、少年が蹲り、血を吐いていた。
「ゲホッ…ゴホッ…な、に…?」
信じられないような目で、吐いた自分の血を見ている。
そして俺の予想通り、戸口にいた兵士達も、急に苦しみ出していた。
駆けつけてくる筈の兵士達の足音も、倒れて身悶えるような声に変わっている。
そして遂に戸口にいた兵士も、血を吐いて倒れていた。
その光景を呆然と見つめた後に、標的の少年が俺を睨む。
「貴様…!」
俺は入念な下調べを行った。このテロ組織がどのような活動を行ってきたのか、この獲得者がどのような戦闘行動を行ったのか。
そして、過去にこの獲得者を狙った暗殺者が、どのような手口を使ったのか。ヴィサロに強く要請し、俺の前任者の記録を調べてまでも。
銃殺、失敗した。正面は勿論、気付かれないうちに背後から後頭部に向けて撃たれた弾も、獲得者の頭に当たる前に静止した。
刺殺、失敗した。背後から襲い掛かった暗殺者は、獲得者に触れることもできずに弾き飛ばされた。
絞殺、失敗した。俺の前任者が使った手だ。寝ている獲得者の首に縄を巻いて、締め上げた。だが、縄が締まったと思った瞬間、やはり弾き飛ばされたという。
いずれも暗殺者の姿が認められるか、少年の身体に手を触れた時点で、その能力により無力化された。
正面からでも不意を打っても、絶対に殺せない。俺はそう結論付けた。
だからこうして、自分から体内に摂取させる毒殺を選んだのだ。
先程厨房を通った際に、俺は料理に毒を盛っていた。
南米のアマゾンの奥地に群生する、ある植物。その植物から抽出した毒薬だ。
手足の痺れなどの初期症状が出た後に、消化器系から死に至らしめる。
しかし、初期症状の段階で気付かれ、病院に直行されれば解毒されてしまう。
だから、手遅れの段階になるまで、注意を逸らさせる必要があった。
血を吐きながら、少年が恨めしい目で俺を睨む。
何をするつもりだ。そう思った瞬間だった。
「ぐっ!?うおおおおぉぉぉぉぉぉ!?」
いきなり、万力で頭を締め付けられるような激痛が走る。
目の前の少年がやっているのだ。
銃を抜いて少年にトドメを刺そうとしたが、あまりの痛みにその銃を取り落とした。
駄目だ、このままじゃ俺も死ぬ。
脳裏に、マーカスの声が響いた。
『精々その力を弱めるくらいが関の山だろうな』
震える手で、背中の機器に手を伸ばす。念の為、持ってきておいたものに。
「ぐッ…ぐうッ…く…」
カチリと、軽い音が鳴る。
それが俺には、神の祝福のように感じられた。
辛うじて届いたスイッチ。それがONになる音だ。
その瞬間、俺の頭を締め付ける力が、急速に弱まるのを感じた。
「ハッ…ハッ…ハァッ…」
目がチカチカして気分が悪い。それでも、まだ俺は生きてる。
生を実感しながら、俺はマーカスの機器に感謝した。
そして振り向いた時、既に少年は意識を失い、事切れているように見えた。
標的の死は確実に確認しなければならない。
俺は倒れた少年の脈を測り、心停止を確認すると、窓から身を躍らせた。
そうして、俺はそのまま逃走した。
夢を見る。またあの夢だ。
手術台に寝かされる獲得者。その周りを取り囲む医者、看護師。それを見守る傭兵。
そこに、一人の男が入ってくる。年輩の男だ。
その男は言った。
「君の協力に感謝する」
そこで夢は終わりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます