最終話 失楽園
「すまない…この責務を、君一人に背負わせなければならない」
「あの時、僅か半年で我々は確信した…いや、確信させられた。彼らには敵わないと」
「そうして絶望する私達とは対照的に、科学者達は諦めなかった」
「やがて彼らは遂に気づいたのだ。獲得者の力の源が、超越者の本体を構成するものと同じであると」
「しかし時を同じくして、超越者もそれに気づいていた。我々は彼らに従い、希望となる筈の者達を虐殺せざるを得なくなったのだ」
「だから、君が最後の希望だ」
「あの時以降の君の経歴は改竄してある。しかし奴らは、君の記憶まで読もうとするだろう」
「故に君は守らねばならない。過去の君を」
「今の君が有能なだけの普通の人間であると、彼らに誤認させるために」
「承知しています。そのために、私は志願したのですから」
最後に相対したあの少年に、感謝しなければならない。
皮膚のギリギリで銃弾を止め、射殺されたように見せかける。そんな高等技術を、目の前で見せてくれたのだから。
「ん?何で血が流れない?」
そんな声が聞こえた。あの白人の声だ。
そいつにも感謝すべきかもな。トリガーを引かせてくれたのは、奴なのだから。
そう、トリガーだ。死の恐怖というトリガー。それで全ては、巻き戻る。
俺は、ジェリコ・ギブスンは立ち上がった。
それをヴィサロも、白人の男も驚愕の表情で見つめている。
俺は自分の頭に僅かに触れている弾丸を摘まむと、それを見つめた。
「戦争において、一番有能な人材ってのが何か、分かるか?」
弾丸を床に落とす。金属音が、広い部屋に木霊した。
「相手が何を考えているか。何をしようとしているか。相手のことを、理解しようとする者のことだ」
「あんたのことだよ、ヴィサロ」
白人が尚も、拳銃を発砲する。それを俺は、空中で静止させた。
久々の感覚。上手く使えるかどうかが不安だった。だが大丈夫そうだ。
「いい加減、人の頭から出て行ってくれないか」
言いながら、俺は自分の頭の中に居る、ヴィサロの身体の一部を掴んだ。
そうして、引き抜いた。僅かに頭に衝撃があったが、それだけだ。
あぁ、やっぱりあの老婆の言う通りだった。この力こそ、奴らを打倒できるものだったのだ。
「馬鹿な…君の頭の中の情報は、全部読んだ筈だ!」
ヴィサロが声を上げる。コイツの焦った声が妙に面白くて、俺は苦笑していた。
俺は自分の記憶を封じてた。トリガーが引かれるまで、思い出さないようにと。
10年前…正確に言えば、9年と数か月前か。
あの老婆と同じく、俺も脳腫瘍と診断されていた。違うのは、俺は初期段階だったことだ。
それが原因だったのだろう。俺も、後天的な獲得者となっていた。
その頃の事だ。海兵隊を除隊したばかりだった俺に、アメリカ政府の高官が接触を図ったのは。
そして2年前、俺は記憶を封じた。ある
隠蔽のため知り合いの傭兵に協力を頼み、自らの頭に銃弾を撃ち込みさえした。
そうだ、あの夢の中で俺は、傭兵ではなく獲得者の方だった。
あぁ、やっとこの日が来た。標的の暗殺、それを遂行する日が。
「ぐあああああああぁぁぁぁぁ!!?」
白人が悲鳴を上げる。これも、あの少年がやってみせてくれたことだ。
あの時の俺と同じように、頭を万力で締められるような痛みを感じているだろう。
やがて、白人が泡を吹いて倒れる。あとはもう、ヴィサロ一人だった。
「一体…どういうことだ」
「超越者でも動揺するんだな。意外だ」
俺は口の端から流れる血を手の甲で拭うと、言った。
「あの老婆の話には一つ、誤りがあったな」
「さっきのあんたの話で分かったよ」
「自分の母星を再生させたいんだな。そのためにこの地球から資源を奪いたい。違うか」
「おのれ…!!」
ヴィサロはその続きの言葉を紡がず、俺の問いにも答えなかった。
急速に、その肉体が消滅していく。俺のものと白人の男のもの、二人分の特徴を備えた肉体が消え、後に残った衣服が大理石の床に落ちた。
逃げるつもりだ。そう直感する。
このビルの真上にある浮遊物に逃げ込んで、同胞に知らせるつもりなのだろう。
だが、そうはさせない。
今なら分かる。獲得者の能力は全て、超越者に対抗するためのものだったのだ。
そして、
「無駄だ」
手をかざす。バチバチと、目の前の空間に稲妻が走る。
この手で捕らえた。超越者の、本体を。
そうして、かざした手を、思い切り握った。
稲妻が激しくなり、そうして爆発のような衝撃が、目の前の空間で炸裂した。
エレベーターが開き、ビルから出て歩き出す。
事前に教えられていたアドレスに、携帯でメールを送信した。
『任務完了』と、一言だけ。
それから、目の前の光景を眺めた。大都会の雑踏。特に変わらない日常。
これからそれが全て変わる。超越者との本格的な戦争が始まる。けれど、道行く人は皆、それを知る由も無い。
ふと気づく。雑踏の中に、一人の少女がいた。
あの老婆の屋敷にいた、青いドレスを纏った少女だ。
彼女はあの時と同じ格好で、熊のぬいぐるみも一緒だった。
そのぬいぐるみは、俺が撃った箇所を不器用に縫った跡がある。
俺は苦笑しながら歩き出した。少女は俺を先導するように前を歩く。
俺は少女についていった。
着いた先は、獲得者を収容する『訓練所』だった。
政府に俺の連絡が届いたのだろう。既にその扉は開かれ、獲得者の少年少女達が、怪訝な表情で外に出始めている。
獲得者なら超越者に対抗できる。その情報は、世界に伝わり始めた。
少女が俺を見て、微笑んだ。
俺も微笑みかける。少女にも、訓練所から出てくる若い獲得者達にも。
さぁ、人類の反撃は、ここからだ。
楽園の暗殺者 blazer @blazer_1104
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