第四話 姉VS弟

 瞬く間に、静粛な入団式のムードはぶち壊され大混戦となった。

 だが、流石は天下の魔法騎士団に入団するだけの実力はあるのか、新人たちも各々焦ったような表情をしながら迫りくる凶刃から己の身を守っていた。


 そして、サモンは。


「セリア。これから僕たちはどうするべきだと思う?」

「え? え、えーと……全方位を騎士さんたちがふさいでるから、逃げ場はないよね? じゃあ、戦うしか、ないかな?」


 自信なさげに答えるが、サモンも同意見だった。

 理由はそれだけじゃないと、サモンは付け加える。

 

「逃げ場はないし、なによりこれはさっき団長が言っていたことを実践しているんだ」

「団長が言ってたこと? なにそれ」

「うん。僕たち新人の騎士に足りてないのは経験だってこと。僕の姉が教えてくれたんだけど、戦場が混乱に陥った時、最も重要になるのが経験だって。それを先輩たちは教えてくれようとしてるんじゃないかな」

「ほえー、サモンはいろんなこと考えてんだね。んじゃ」

「ぐえぇっ!?」


 セリアが、後ろから迫っていた騎士――否、今は敵か――敵の顔面を容赦なく殴り飛ばす。

 殴られた敵はバウンドしながら十メートル以上吹き飛び、壁にたたきつけられたまま動かなくなる。


「え?」

「あ、あはは……ちょっと燃費が悪いけど、その分パワーもりもりだから」


 その華奢な体の中にいったいどれだけの膂力を秘めているのかと、サモンはセリアを見ながら戦慄する。


「じゃ、生きてたらまた会おうね、サモン!」

「えっ、二人で戦うんじゃないの……? ……まあいいか」

 

 セリアは暴風のような速度で駆けまわり、騎士たちをなぎ倒していく。

 サモンもセリアが倒した敵から騎士剣を奪い取り、素振りをして具合を確かめる。

 そこへ、大きな影が一つぬっと現れる。

 山へ太陽が沈むように、一気にあたりが暗くなる。

 新人たちの、大きなどよめきが広がる。


「なん、だあれ……」


 


「そろそろ私も混ぜてもらおうか」


 先ほどの二倍ほどの体長に肥大化した体を持つのは、騎士団長であるマックスだった。


「巨人族の血を持つ者だけが使える、『巨大化ジャイアント・エンチャント

の魔術……」

「ご名答だ、サモン・アルフレッド。麗しの姉君から聞いたか?」


 巨漢、という言葉すら生ぬるいほどの大きさを持つその大男は、肘を突き出してこちらへ突進してくる。

 避けよう、そう思ったときには遅く。気づいたときには、そのほかの新人たちと同じように壁に叩きつけられていた。


「が……っ!」


 後ろに飛ぶことで衝撃を殺せたのでも僥倖だ。周りの人間は、もう動かなくなっている。倒れた体を起こしながら、なんとか反撃のチャンスをうかがう。

 そこへ、突撃の張本人である大男――マックスが声を震わす。


「一発で伸びなかっただけマシだな。だが、二撃目はどう反応する?」

「……それはもちろん、避けます」

「言うだけなら簡単だ。次は立ち上がれないと思え」


 

 マックスが再び突進の構えをとる。

 深呼吸。先ほどのタックルの形を思い出す。一挙一投足を頭の中でトレースし、覚える。サモンの金色の瞳が、一瞬血色に染まり、煌めく。

 マックスの体が大きく沈む。と同時に衝撃が迫りくる。

 ここ――、そう思うと同時に体を捻る。

 

 雷鳴がとどろくように、会場全体に衝撃音が響いた。




「これが、アルフレッド家の『二人目』か……」


 マックスが、やや驚いたように目を見開きながら言う。

 サモンは、元の位置から二、三歩ずれた場所に立っていた。新しい外傷は、見当たらない。

 マックスはサモンの後ろで壁にぶつかり、悔しそうに言葉を絞り出していた。


「『見切り』の自動魔術オートマジック……、戦士の血筋が為せる業だな」


 壁に埋まった半身を抜きながら、マックスは『巨大化』の魔術を解除して体を萎ませる。

 

「体が温まってきた。どれ、私もそろそろ本気を……」

「はしゃがないでください、団長」


 どこからか戦斧を取り出し、肩を回し始めたマックスのことを横から蹴り飛ばす影が一つ。

 そのものは、使い込まれた騎士剣を振りながら、同じ金色の瞳でサモンのことだけを見つめていた。


「姉さん」

「騎士団の中ではイグニス副団長と呼べ、サモン」


 まっすぐに歩いてくるその姿は凛としている。見えるのは追いかけていた背中ではなく瞳だということに奇妙な感慨を覚える。


「こうして模擬戦をするのは久しぶりだな」

「一度も姉さんに勝てたことはなかったけどね」

「もちろんだ。姉だからな」


 自慢げにフッと笑うイグニス。真面目な気質のなかに少しの茶目っ気があるところは弟のサモンから見ても魅力的だが、その隙をついてサモンはイグニスに斬りかかっていた。


「騎士らしくないやり方だな、サモン」

「今日だけで騎士団のイメージがずいぶんと壊れたからね……!」


 それを片手でいなしたイグニスに、サモンは、自分は姉にまだ遠く及ばないことを理解した。

 それでも――、とサモンは騎士剣を振り抜く。


「っ!」

「いい踏み込みだ」


 口では褒めているものの、一向に刃は届かない。

 お返しとばかりにサモンと全く同じ速度に調整された一撃を避けて少し距離を取る。そして、大気に満ちるマナを体に集める。


「『加速アクセル』っ!」


 残像を残し、サモンの姿がイグニスの視界から消える。狙ってくるのは背中か――。


「もしくは、頭上だな」

「ぐっ!」


 騎士剣を持つ腕とは反対の腕には、サモンの首が掴まれていた。

 身動きが取れないサモンの体に、騎士剣が当てられる、そう思われた瞬間。


「『我が身よ動けメル・レイ・ネレサ』」


 呟き一閃。


「……それは、卑怯なんじゃないか?」

「でも、届かなかったじゃないか」


 イグニスの拘束を抜け、背中に立ったサモンの一撃を間一髪のところでイグニスが受ける。

 秘密を知っている姉との戦いだからと、サモンが呪術を行使するのはイグニスにとって予想外だった。

 が、持ち前の身体能力と反射神経でそれを見事に防ぎきってみせたのだ。


「惜しかったな」


 返す一閃。

 イグニスの刃がサモンの剣を弾き飛ばし、そのまま首に当てられる。


 今度こそ、サモンの負けだった。







 



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レス・レ・エグズ・イグニス 食い荒らし @kuinashikuiarashi

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