第3話 入団
「アルフネス王国魔法騎士団、団長のマックス・ヘルレイズだ。諸君らを歓迎する」
厳つい顔をした、角刈り頭の大男が大声をあげて新入団員たちに対する挨拶を述べている。その顔には幾重もの傷が刻まれていて、いかにも歴戦といった風貌だ。
一週間後、サモンは再び魔法騎士団の敷地を跨いでいた。今度は客人としてではなく、正式な団員としてだ。
サモンの服装は変わり、白色の騎士服に変わっている。騎士団によって色が違う制服だが、『絶対的な正義』を表す白色は、この国の秩序の象徴である魔法騎士団の制服だ。
ただの布だというのに、その事実だけで重く感じてしまう。サモンは、思わず伸び切っている背筋をまた伸ばした。
「ここにいる君たちは、武芸に優れ、知略に富み、そしてなにより正義を執行するという覚悟を持っていることかと思う。だが、君たちには一つだけ足りないものがある。それは……」
「すみません! 遅れましたっ!」
団長の挨拶を遮る、門を開く重厚な音。次いで聞こえる、大きな女性の声。全員が一斉にそちらを向く。
薄青の髪を額に張り付かせて、肩で息をしている小柄な少女。頬を流れる大粒の汗は、思わず何事かと疑ってしまうほどだ。
「……セリア・レストリアくん、だったね。早く席につきたまえ」
「……! は、はい! すみません!」
意外だったのは、マックスが遅れてきたセリアを叱らなかったことだ。以前騎士学校の友人から『魔法騎士団は時間とかルールとかに一番厳しい』と聞いていたのだが。
そのことはセリア自身も感じていたのか、怪訝そうな表情で一つだけ空いていた席に向かう。
緑色の瞳が、サモンの金色の瞳と一瞬だけ交錯する。
確実に、目が合った。
「えーと、どこまで話したかな」
「団長、一つだけ足りないものがある、のあたりです」
横にいるイグニスが、マックスに答える。
そうか、と頭をかきながら咳払いするマックスの姿は、サモンが思い描いていた騎士団長の姿とはかけ離れていた。周りを見渡しても、唖然としている者は少なくない。
「君たちに足りないのは、ずばり、経験だ。どんな素晴らしい才能を持った人間も、歴戦の戦士にはかなわないように、この世は一に経験、二に才能、三に根性だ。ので、君たちには先輩騎士たちが監督としてついてもらうことになる。存分に技術を盗んでくれたまえ。先輩たちは、逆に教えてもらうことのないように、気を付けるように」
最後の一言で、新入団員たち以外から笑い声が漏れる。新入団員たちも雰囲気に呑まれそうになり、思わず空気が弛緩しかけた時。
「静粛に」
副団長席にいる、イグニス以外のもう一人――真っ白な髪と瞳、そして透き通るほど白い肌が特徴的な女性が口を開く。
その瞬間、騎士団の雰囲気は一変し、あたりはシンと静まり返る。
「魔法騎士団副団長兼第一部隊隊長メノウ・サルバです。団長がこんなポンコツでありますが、その分私が目を光らせておくので、よろしく」
「……メノウくん、まだ自己紹介の時間ではないぞ」
そこかよ、と誰かがぼそりと呟いたががサモンも全く同感だった。
「では、以上を持ちまして、魔法騎士団入団式を閉じさせていただきます」
非常に締まらない入団式を終えて、さっそく解散と相成るところだったその時。
「じゃあ、毎年恒例のアレだな」
「ああ、アレだ」
先輩騎士たちの話し声が聞こえてくる。アレ、というのはなんだろうか。嫌な予感がする。
できるだけ目立たないように外へ出ようと思い、サモンはそそくさとその場を後にする。
そこへ、先ほどの青髪の少女――セリアがひょっこりと顔を出す。浮かんでいるのは曇りない笑顔。先ほどまでの青い顔はどこへ行ったのかという転調ぶりだ。
「どうもどうも! さっき目あったよね!?」
「あ、ああ……まあね」
「あたしセリア! よろしくね!」
「僕はサモン。よろしく。それで、あの」
「いやーさっきは焦ったよ! だって起きたらもう開始時刻過ぎてるんだもん! いやーそこからはもうダッシュできましたよ!」
身振り手振りが大きく、おもわず豊かな胸の方へ眼がいきそうになるのをサモンは堪え、セリアに話しかける。
「あの、セリアさん」
「セリアでいいよ! アタシもサモンって呼ぶから!」
「じゃあセリア。早速なんだけど、僕は早くここから出たいんだ」
「えー、なんで?」
「いや、さっきから先輩たちがこっちを見てひそひそ話してるし……。あっちの人なんか、武器を取り出して……え、武器?」
なぜ武器なぞ取り出しているのか。そんな疑問を浮かべる前に、サモンはセリアの手を引いて出口を目指していた。
もう少しで出口にたどり着く、というところでヒュン、という音とともに轟音がとどろく。砂煙が上がる。
「な、なに!? 何が起こってるの!?」
「僕だってわからないよ……!」
砂煙が晴れ、目の前に刺さっているものに驚愕する。
サモンの身の丈はあろうか、巨大な戦斧がサモンの一歩手前に突き刺さっていた。訓練用の斧とはいえ、当たればひとたまりもなかっただろう。
「察しの良さは三年前の姉君と一緒だな、サモン・アルフレッド君。だが、君の姉は直後に私に反撃してきたぞ」
「っ……!」
響く大声。マックスが戦斧を投擲したままの姿勢でこちらを見ている。
ざわめく新入団員たちをよそに、先輩騎士たちは周囲を囲み始めていた。
「こっちには武器もないんですよ……!?」
「武器がないなら作ればいい。もしくは奪え」
「全然騎士っぽくない……」
あきれたようなセリアの呟きを無視し、マックスはさらに大きな声で宣言する。
「これより、新人歓迎無差別交流戦を始める! 安心しろひよっこ。死人は一人か二人しか出たことがないからな」
鬼気迫る圧が、全方位から襲い掛かる。
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