時奪いの魔女とあなたの話

lachs ヤケザケ

時奪いの魔女とあなたの話



―あら、いらっしゃい。ゆっくりしていってね。

 温かい紅茶がいいかしら、それとも熱いコーヒーかしら。



―私は時奪いの魔女。それだけよ。怖くはないわ。

 あなたの命を奪って殺しやしないわよ。安心して。本当よ。


―私はね、寿命を視れるの。

 あなたは長生きするわ。気休めじゃないわよ。

 まあ、食事と睡眠はきちんととってね。 


―ただ、自分の寿命は視れないのよね。困ったものよね。

 実際、死にかけたことがあるし。



―どうぞ、あなたのお望みの飲み物よ。香りがいいでしょう。丁寧に淹れたもの。温まるわよ。冷めないうちにどうぞ。



―まあ。毒なんて入ってないわよ。飲んで差し上げましょうか。


―ほらね。



―謝らなくてもいいわよ。いい人ね。



―そうそう。私の死にかけた話ね。

 学校帰りのことだったわ。

 もう日が落ちて、辺りが薄暗くなっていた頃だった。

 といってもまだ夏だったから、空も灰色がかった青でよく周りが見えていたから油断してたのね。

 魔法道具を扱う横丁知ってるかしら。魔女や魔法使いじゃないから知らないかもね。

 薄いハチミツ色のレンガの家が立ち並ぶところあるでしょう。あの香辛料と薬屋の裏手よ。普通の人は行かないから人通りが少ないのよね。

 近道にとそこを通った時に、いきなり後ろから刺されたの。



―ん。心配ありがとね。

 大丈夫よ。もう傷はなんともないから。


―そうそう。ほんとにね。あの時は死ぬかと思ったのよ。

 お腹まで刃が見えてたし、意識は朦朧としてたし。

 とっさに声が出ないものなのね。

 そういう時って、悲鳴くらい上げられるものと思ってた。



―あら、そんな顔しないで。

 優しいのね。


―たぶん、あのまま何も助けがなければ、私はここにはいなかったんだけどね。

 小さい男の子が近づいて来たの。

 薄汚い子だったわ。痩せっぽちで。何日もお風呂に入ってないような、すえた匂いをさせてね。

 死にかけているのに、近寄るなと思ったくらい。

 でも、その子が真っ黒な手を私にかざしたら、痛みも傷も一瞬で消えていったのよ。



―魔法ですって? いいえ、魔法はそこまでできないわ。精々、自然治癒力を高めたり、止血するくらいね。


―あれは奇跡に近いもの。

 だけど、代償はいるものだったの。

 私には彼の寿命が減ったのが視えたわ。



―ええ。残酷ね。

 私もそう思う。

 私は親に事情を話して、彼を保護してもらったの。



―良かった、ですって?

 そうね。そこまでは良かったわね。


―ちゃんとした服を着させてもらって、ご飯もお腹いっぱい食べられるようになって。

 嫌な染みついた匂いもなくなって。顔色も良くなって。

 あの子にとっては、天国に来た心地がしたかもしれないわ。



―何が悪かったか……

 私が親に言ったことかしらね。

 

―その当時の私は、善意で言ったのよ。

 魔法でもできないくらいの傷を、寿命を代償になくすことができるって。 

 それで私を助けてくれたって。

 きっと、あの子は身寄りがなくて、家がなくて、食べ物も存分に食べていないって。

 だから、なんとかしてあげてって。


―あの子の『奇跡』は傷だけではなかったの。

 医者がさじを投げるような病気や、名のある魔法使いでも対処できないような呪いも消し去ったわ。

 あの子の寿命を減らしてね。



―わかった?

 私の親はあの子の『奇跡』を体よく利用したのよ。


―このままでは、あの子は死んでしまう。

 私はあの子に『奇跡』を使うと寿命が減ることや、親のことを話して、ここから逃げるように説得したわ。


―駄目だった。


―あの子は何も理解できていなかった。

 

―ただただ、美味しい食事に寝泊まりできることに喜んで。

 『奇跡』を使ったことで、皆が感謝していることに純粋に嬉しがって。

 馬鹿みたいね。



―いえ、馬鹿みたいというのは、何もできなかった私に対してよ。

 親のやり方に対して、反抗しても言葉だけで何もできなかった。

 私も親の保護下にいるもの。

 そこから出て行ってまで、あの子を助けようとはしなかった。

 

―あの子のことをどうとも言えないわよね。

 結局のところ、衣食住が不自由しないのが一番ってことよ。

 あの子と一緒に家を出たとしても、生きていく手段なんてないし、犯罪に巻き込まれるのが見えているわ。

 ちっぽけな正義感なんて、どうにもならないのよ。



―なぐさめてくれるの?

 ありがとね。あなた、本当にいい人ね。


―そうして、私も諦めていた頃。

 あの子がうちに来て、一年ほど経った頃かしら。

 若い女性を生贄にして不老不死を図った魔女が捕まったという話を聞いたの。

 不老不死なんてよく考えるものね。

 でも、人を殺したら、それは捕まるわ。


―若者の寿命の時間を自分に移動させて、延命を図る。

 なかなか良いアイデアと思ったわ。

 こっそり手をまわして、その魔女の魔法陣を頂いたの。



―えっ。

 だからね。あなたのことは殺しはしないって最初に言ったでしょ。

 魔女の名誉にかけて誓うわ。

 どこかに行かないで。

 お願い。

 ここにいて。



―ありがとう。

 あなたに逃げられてはね。

 いいえ、何でもないわ。気にしないで。



―続きを言うわね。

 あの魔女の魔法陣は不完全なものだったの。

 でも、よくできたものだったわ。

 私はより良いものにするために、最初は動物で実験したの。



―酷いことはしてないわよ。

 ちょっと動物の時間を移動させるだけでね。

 世の魔法使いや魔女らは動物を供物にするでしょ。そう考えると死なせていないのだから、私って優しい魔女じゃないかしら。


 

―そう?

 そうかしらね。優しい魔女は、自分で優しい魔女とは言わないかもね。

 ん~。

 やっぱり、私は優しい魔女って呼ばれたいかな。

 語呂がいいじゃない。



―そんな問題じゃない?

 そうかもね。


―あ、話がそれたわね。

 動物実験のことだけど、私は寿命が視えることが幸いしたわ。

 ネズミの時間を取り出して、カラスに与えたりね。

 調整に調整を重ねたの。

 

―そうやって、ようやく良いのができたわ。

 試しに、動物から取り出した時間をあの子に与えてみたんだけど、ほんの少ししか寿命が延びなかったわ。

 動物と人間ではそもそもの寿命が違うから、きっと変換率が悪かったのね。

 次は人でやってみることにしたの。



―待って。

 あともう少しだから。

 本当にあともう少しなの。

 あなたが居てもらわないと、とても困るわ。

 


―あなたにメリットがあるかですって。

 う~ん。

 そうねえ。

 私の話の最後まで聞けることかしら。


―それくらいしか無いのよね。

 私が面白い話ができる芸達者だったら良かったのにと、自分でも思うもの。

 魅力的でたくさんの人をひきつけるような話ができたら。

 そしたら、もっと……



―いえ、何でもないの。

 ほんとよ。

 人で試してみるって話だったわよね。


―まずは、私を殺そうとした犯人を使うことにしたわ。

 罪悪感を覚えなくてすむもの。



―そう。

 犯人はね。案外、すぐに捕まっていたのよね。

 私の他にも、手当たり次第に人を刺すような通り魔だったようね。

 ほっとしたわ。

 捕まったのもそうだけど、アレが死刑判決は出ていたけど、まだ処されてなかったのは幸いだったもの。

 死なれては、時間が奪えないものね。



―時間を奪うのは、簡単だったわよ。

 魔法をかけたお手紙を出しただけで済んだもの。

 

―私のことなんて覚えていなかったんでしょうね。

 通り魔だったから、当然かしら。

 死刑になりたくない一心で、減刑を手助けするという罠の手紙に引っかかるなんてね。

 それで死刑になる前に、寿命の時間がなくなって死ぬなんて思わなかったでしょうけどね。自業自得ね。

 


―かわいそうと思う?

 アレは何人もの命を奪ったのだから、それくらい良いじゃない。

 単に死刑になったら、有効活用してあげられなかったのよ。



―ええ。有効活用してあげたの。

 アレから奪った時間をあの子をあげたら、いい具合に寿命が延びたわ。

 やはり、人間から取り出すのがいいみたいね。予想通り。

 実験は大成功よ。  



―それから、人の時間を奪い続けて殺して……なんかしてないわよ。

 人聞きの悪い。

 私はあの子の寿命のために、人を殺してはいないわ。

 私は優しい魔女だもの。

 


―じゃあ、どうしているかって?

 そろそろいいかしら。

 もう、そろそろ、あなたが読んでいる文字数が三千文字になるものね。


―だいたい人が三千文字を読む時間は五分ほど。

 あなたがこの文章を読んだ時間分、私が頂きました。

 そして、あの子にあげるの。



―あらあら、怒らないで。

 たった五分よ。

 蚊に刺されたと思ってちょうだいね。死にはしないのだから。

 

―もし、私やあの子に同情するなら、また読みに来てもいいのだけどね。

 そんな酔狂なことはしないかしら。

 


―それじゃあ、またどこかで。


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