珈琲は月の下で

いいの すけこ

珈琲は月の魔力で

《友達とずっとなかよしでいられる魔法》

 なかよしでいたい友達の名前をつぶやいてから、自分の右手と左手の小指を、指切りげんまんするようにからめる。

 友達の写真を見つめながらやるとこうか的。


《好きな人に近づける魔法》

 好きな人を見つけたら、相手の名前をぎゃくから読んで心の中で三回となえる。たったこれだけ!


 私は作り出した魔法を魔術書に書きだした。

 魔術書は元々、友達のるりちゃんから誕生日プレゼントにもらったノートなんだけど、今は私が生み出した魔法がいっぱい書いてあるから、もう魔術書なんだ。

 ノートの表紙は星と月がいっぱいのイラストで、魔術書にぴったり。

 だって月と星は魔力を引き出すんだもん。


 魔法を考えるのってすっごく楽しい。

 誰にも見せない、内緒のノート。


 魔法は道具を使うこともあるの。


《美人になれる魔法》

 手かがみを一つ用意する。もつところに青いリボンをむすびます。なるべくたくさん、そのかがみでえがおをチェックすれば美人になれちゃう!


 魔術書を書き終えて、私はため息をついた。今日も素敵な魔法を編み出した、満足のため息だ。

 今日の魔法修行はこれでおしまい。

 私はリビングに向かった。ノートはしっかり机の引き出しにしまう。これは絶対に学校になんか持っていけない。だって秘密の魔法がぎっしりだから。うっかりランドセルに入れて行っちゃった時には、本当に焦っちゃった。

 

「あれ?なにそれ、お母さん」

 リビングに行くと、ご飯を食べるテーブルの上に見慣れないものが置いてあった。

 丸いガラスが二つ繋がったような形をしていて、木の持ち手みたいなのがついてる。

 昔の人が使ってたランプみたいにも見えるし、理科の実験道具のようにも見えるし……。

 ううん、これは。


「魔法の道具みたい!」

 そうだ、まるでお話の中に出てくる不思議なアイテムみたいなんだ。

 魔女が惚れ薬を作ったり、錬金術、だったかな?を使ったりするときに使う道具みたい!

 私が言うと、お母さんは笑いながら答えた。

「これはね、コーヒーサイフォン。コーヒーを入れる道具。お片付けしてたら出てきたの」

 そうねえ面白い形だものねえ、と、お母さんは秘密も神秘もあったものじゃない口ぶりで言った。

「絶対、魔法の道具っぽいもん」

 お母さんめ、さては嘘をついているな。

 だって、魔法は秘密にしなきゃだもんね。

 私だって、コーヒーの淹れ方ぐらい知ってる。

 コーヒーの粉をお湯に溶かせばいいんでしょ?そんな大変そうな道具を使う必要なんて、ちっともないんだ。

 そのコーヒーの粉だって、うちにはない。お母さんもお父さんも、おじいちゃんもみんなコーヒーは飲まないから。

 うちにはコーヒーを飲む人がいないのが、良い証拠!


「おばあちゃんが使ってたのよ。懐かしい」

 おばあちゃんだけが、コーヒーを飲んだからね。とお母さんは言う。

 私が生まれてすぐに死んじゃったおばあちゃん。

 私が知らないおばあちゃんの話を持ち出されたら、証拠もなにも掴みようがない。

 嘘をつかれたって、わからないじゃない。

「うちじゃおばあちゃん以外、誰もコーヒーを飲めなかったけどね。でも、おばあちゃんがサイフォン使ってコーヒー淹れてるのを見てるの、結構楽しかったよ。コーヒーがぼこぼこ言って、いい匂いがしてきて」

 不思議な形の道具を見つめながら、優しい顔で話すお母さん。

 やっぱり、嘘じゃないのかも。

 きっとおばあちゃんは、この道具を使ってコーヒーを淹れたんだろう。

 ガラス瓶の中に、魔法をかけるんじゃなくて。 


「そうだ、おばあちゃんにコーヒー淹れてあげようか」

「え、だってうちにコーヒーなんてないじゃない」

「頂き物があるのよ。インスタントだけど、個包装のドリップだからちょっと良いやつだし」

 そう言うと、お母さんはお菓子をしまってある棚から小さな箱を持ってきた。箱の中にはアルミ包装の小さな袋がぎっしり詰まっている。一つだけ取り出して、袋を破る。

 ふわりと、香ばしい香りがした。

「なにこれ」

 袋から取り出した中身は、白い紙の包みみたいなものだった。包みにさらに、紙でできた何かがくっついている。まるで工作でも始めるみたい。

「こうやって開いて」

 閉じていた包みの口を開くと、中には茶色い粉が入っていた。これがコーヒーなのかな?

 お母さんは包みを指ではじく。なにしてるの、って聞いたら、粉をしっかり包みの中に落とすんだよ、だって。

「その粉をこの道具にいれるの?」

「ううん。これはインスタントだから、サイフォンは使わないよ。サイフォンはちゃんとした淹れ方があるから、今うちにあるものじゃ淹れられないな」

「えー、つまんない」

 魔法の道具じゃなかったけれど、使うのはちょっと期待してたのに。

 お母さんはマグカップを用意すると、ついでに電気ケトルに水を注いでスイッチを入れた。

「こうやって、うまく引っ掛けて」

 マグカップに粉の入った包みを取り付けた。包みにくっついた、紙でできたフックみたいなものをマグカップに引っ掛けていて、ますます工作っぽい。

 その間に、ぼこぼこと音を立ててケトルが沸騰する。スイッチがパチンと音を立てて、お湯の準備が出来ましたよって教えてくれた。

「注ぎまーす」

 コーヒーの粉に直接かけるように、包みの中へお湯を注ぐ。

 少しだけ泡立って、じわじわと粉が崩れていった。カップに垂らした包みから、ちょろちょろとコーヒーが落ちていく。

「へええ!」

 飲み物をこんな風に作るのなんて、はじめて見た!

 小さな包みに注げるお湯は少しづつだから、コーヒーがカップいっぱいになるのもちょっと時間がかかる。だけどやり方が面白いから、私はコーヒーの出来上がりまでずっと眺めてた。

「はーい、できあがり」

 お母さんはゆっくりと、コーヒーのかすが残った包みを外した。小皿に置いたそれからも、マグカップからもほかほかとした湯気がたつ。

 コーヒーから、袋を開けた時よりもずっと香ばしくて不思議な香りがした。

「ちょっと飲んでみる?」

「飲む!」

 お夕飯前だから、少しだけね。

 お母さんはそう言って、私におばあちゃんのマグカップをそのまま渡した。

 コーヒーを飲むのは初めてだけど、出来上がりの始まりから終わりまで、全部じっくり見届けたんだもの。せっかくなら、飲んでみたい。

 私はマグカップにそっと口をつけた。


「にがい!」

 なにこれ、凄く苦い!

 私は慌ててカップを口から離した。

 最初は熱いって思っただけだけど、そんなことよりも、苦すぎてこんなの飲めないよ!

「ああー、やっぱり無理かあ。子どもには苦すぎるよねえ。お母さんも駄目だし。うちでおいしさがわかるのは、おばあちゃんだけなのね」

 おばあちゃんは、こんなのを美味しいって言って飲んでたの?

 信じられない!

「じゃあそれ、おばあちゃんにあげてきて」

「はあい……」

 もともとはおばあちゃんに淹れたものだけど、なんだかがっかりしちゃう。

 魔法の道具みたいなのも使えなかったし、コーヒーなんてまずくてつまらないばっかり。 

 

「おばあちゃん、コーヒーだよー」

 おばあちゃんとおじいちゃんの部屋に置いてある仏壇に、コーヒーをお供えする。おじいちゃんはまだお仕事から帰ってないから、お部屋も真っ暗だった。

「おばあちゃん、本当にこんな苦いのがおいしかったの?」

 おばあちゃんの写真の前には、おじいちゃんが買ってきたチョコパイが置いてある。おばあちゃん、甘いものが大好きだったって言うけどな。

 縁側に座ってお茶の時間を楽しむのが好きだったって聞いて、とっても素敵だなって思ったの。

 思わず縁側の方を見ると、今日はすごくきれいな満月だった。


(魔法を使うにはピッタリね)

 そう思った瞬間、私はビビッときたんだ。

 これは魔女の勘ね!

 

 私は自分の部屋に急行する。

 魔法道具を一つ持ってきて、一度仏壇からコーヒーを取り上げる。

 窓を開けて、縁側に出た。

「これはとってもいい、素敵な魔法ね」

 縁側に座ってコーヒーを置く。その隣に魔法道具の砂時計を置いた。

 ひっくり返すと、さらさらと青い砂――これは実は妖精の粉だけど――が落ちていく。

 魔法を使うのに、色はとっても大事。色によって意味や効果が大きく変わるから。

 でも、一番いいのは自分が一番好きな色を使うことね。

《美人になれる魔法》で使ったリボンも、私の大好きな青色だったでしょう?


《コーヒーがあまくなる魔法》

 お月様のきれいな夜に、コーヒーを月あかりの下へもっていく。砂時計を用意して、砂が全部落ちきるまでコーヒーを月あかりにてらします。お月様の力で、コーヒーがさとう水みたいにとってもあまくなるの!


「おばあちゃんも、コーヒーは甘い方が嬉しいよね」

 あとでお部屋に戻ったら、魔術書に新しい魔法を描き込まなくっちゃ。

 マグカップの中を覗きこむ。

 コーヒーに月が映ると思ったのに、それは難しいみたい。

 でも、こんなに月がきれいな夜なんだもん。

 きっと魔法は成功するわ!



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