第30話 領主よ、永遠に
魔素の吸収に伴う激痛に悩まされてから三日が経過した。
ルルーに聞かずとも、常に体に流れ込んでくる魔力を感じ取ることで何となく察したんだ。
魔素は常に大地より湧き出てきている。
井戸に溜まる水のように、ここから東へ推測だが数百キロくらいのところが供給源じゃないかな。
自然現象にも近い魔素の噴出は、人の手では止めることは難しいだろう。
魔境は拡大縮小を続けながら、遥かな昔からずっと存在していたに違いない。
魔素は周囲の生物によって吸収されていくので、湧き出る量と吸収される量のバランスのとれた範囲が魔境になる……のだと思う。
今は俺の体内に全ての魔素が吸収されているので、魔境は存在しない。
というのが魔境と俺の関係性だと結論付けた。
なので、俺が魔素の発生源からどこまで離れれば魔素が吸収できなくなるか分からない以上、俺が直接街へ向かうことはできない。
ビルがある辺りが魔素を吸収できる境界線だと踏んでいる。
でも、例の場所へは欠かさず毎日通っているのだけどね。これまでも大丈夫だったので、今更自粛しても変わらないだろうってことで。
スケートボードを走らせ、例の場所に到着する。
俺は覚えていないのだけど、この場所は俺が馬車から降ろされ拘束を解かれたところらしい。
あの時はこれ以上進むと魔境に入る危険性があったため、安全マージンを取ってこの場所で俺を降ろしたんだそうだ。
ガラガラガラ。
お、きたきた。
今日は馬車が四台か。どんどん増えるな。よい感じで進んでいる証拠だ。
俺の前で馬車が停車し、若い方の兵士の青年――ヨハンネスが御者台から降りて来る。
「どうだ? 首尾は?」
「上々だ。根回しはほぼ済んだ。上手くいけば明日、領主を連れ出せるかもしれん」
「了解。んじゃ、御殿を作っておくか」
「御殿……鉱脈を偽装するんじゃないのか?」
「まあ、見ててくれ。出でよ」
二百メートル近くある石を積み上げたような丘を出現させる。
「……あ、相変わらず……凄まじいな」
「どうせやるならダイナミックにってのがうちの邪神が好きな言葉だ」
「あの穴から中に入るのか?」
「うん。あの中は金で埋め尽くしておくよ。ツルハシを持ってくるのを忘れずにな」
「分かった。ある程度掘っているようにしておいてくれよ」
「もちろん。あ、それなら、ツルハシは入り口辺りに置いておこうか」
「その方が自然か」
「お、そうだ。今日は、ツルハシで実際に金脈を掘っていってくれ」
「有り得ない金脈だが……魔境だったからと説明しているし、問題ないか」
穴に入ってすぐのところから純金で詰まっているのだ。
ヨハンネスらに金脈を掘り返してもらい、彼らの馬車に積み込み持ち帰ってもらう。
領主よ。せいぜい今の内だけいい思いをしておけばいいさ。
持って帰った金塊の内、5パーセントほどは奴に渡しているからな。それだけでも、兵士を数ヶ月雇えるほどの資金にはなる。
残りは、領主にバレぬよう別の事に浸かっているけどな、く、くくく。
明日が楽しみだ……。ふふ。
◇◇◇
いよいよその日がやってきた。
仕込みは完了している。あとは領主がどう出るか次第だ。どちらに転んだとしても、街の統治が改善するはず……。
最悪の場合、血みどろの争いになってしまう可能性もあるが、その時はその時。最悪になったとしたら、俺も全力でサポートするつもりである。
来た来た。
五台並ぶ馬車のうち三台目が領主の乗る馬車で間違いない。
一台だけ白く塗られ金縁の細工が施されているからな。
この成金趣味め。
おっと俺が見つかったら話がややこしくなる。
そそくさと藪の中に身を隠し、領主たちが降りてくるのを待つ。
先頭の馬車が止まり、ヨハンネスと彼の上司だった俺と計画を練った男――クールドが馬車から降り立つ。
続いて領主の馬車が停車し、ささっと彼らが領主の馬車の前で敬礼し待ち構える。
扉が開き、先にくるんとした口髭の生やした神経質そうな男が出てきた。
二人目も領主ではない小男が。三人目になってようやくでっぷりした腹が特徴的な壮年の男が降りてきた。
あれが領主だ。追放刑を言い渡された時と同じような豪奢な衣装を身にまとい、指には宝石が沢山ついた指輪をこれでもかとつけている。
「このような辺鄙なところに、金脈があるというのか? もしたばかったのならば」
「ございます」
ヨハンネスとクールドが先導し、丘にある入口へ向かう。
俺も移動しなきゃな。
こそこそと彼らの声が聞こえる位置に移動し、耳をそば立てる。
ちょうどクールドが穴の中へ松明を向けたところだった。
金脈どころか金そのものが松明の光で照らし出される。
「お、おおおお! 素晴らしい!」
「領主様、王国へ報告しなくてよいので?」
目を輝かせる領主へ向け、口髭の男が眉をひそめ苦言を呈する。
「構わんだろう。王国にはちゃんと税を納めておるのだからな」
「ですが、領主様。この地は領主様の領土ではありませんので……」
口髭の男の諫言にも領主は耳をかそうとせず、パンパンと柏を打つ。
「誰がこのような場所へ訪れるというのだ。ここは魔境だぞ。誰もよりつかぬさ。そもそも、先行してこの地にやってきたのは儂だ。故に、先行者として儂の領土となっても問題なかろう?」
「で、ですが……」
「面倒な奴だ。おい、クールド。こいつを馬車の奥へ引っ込めておけ」
三重になった顎を揺らし、クールドへ命じる領主。
そこへ、控えていた小男が一歩前へ出てきて口を挟む。
「リッチモンド卿。これは横領です」
「何を言うか。おい、クールド。こいつも馬車へ連れていけ。全く、儂がどれだけお前ら二人を可愛がってやったと思っているんだ」
「承知しました。拘束すればよろしいのですね」
「お、おい、儂じゃあない。何をする!」
クールドとヨハンネスに両側からがっしり掴まれた領主がゆでだこのように顔を真っ赤にして怒鳴る。
しかし、小男が領主に向け一枚の書状を突きつけた。
とたんに赤かった顔が真っ青になる領主。
どうやらうまくいったようだな。この領主の性格なら絶対に全てネコババすると思っていた。
魔境は領主の領土ではない。王国の領土かと問われると、誰の領土でもないのだが……。
領主が新たな領土を組み込む場合、王国の許可が必要だ。だけど、王国が許可を出す前に使者がやってきて、詳しく新領土を調査する。
となると、金塊のことはすぐに白日の元に晒される。
そうなれば、かなりの量の金塊が税金としてもっていかれてしまう。最悪の場合は、褒美という名の金一封をもらうだけで王国直轄領になるかもしれない。
強欲な領主がそれを許容できるわけないと確信していた。
もちろんこの領主逮捕劇には裏がある。
クールドらが王国側に渡りをつけようとしたところ、既に王国側の人間としてあの書状を見せた小男がいることが分かった。
そこからはとんとん拍子に話が進み、金塊を街と王国で折半することで交渉が成立したのだ。
もし、領主が規律を守って王国へ報告していたら、ややこしいことになったが、杞憂だった。
「後はうまくやれよ」
繁みからチラリとこちらに目をやったくるーどに向け囁く。
彼にはもちろん声が届いていないが、言わんとしていることは分かるだろう。
グッと親指を立てたクールドは前を向き、領主を馬車へ押し込む。
後は彼らに全て任せるとしよう。
強欲領主が消えたことで、街の人が今よりも幸せになることを願って。
◇◇◇
エピローグ――。
馬車で連行される領主を見送ってから、一ヶ月が過ぎようとしていた。
畑に撒いた種はすっかりと穂をつけ収穫期に入っている。
そうそう。あれからというもの、ヨハンネスたちがちょこちょことここまで来てくれて、差し入れを持ってきてくれているんだ。
おかげ様で、果樹園も牧場も作ることができた。
さすがに家畜の肉を食べるまでには次の夏ごろまでかかりそうだけど、それでもヤギや羊の乳を飲むことができるだけでも嬉しい。
ニワトリは成長が早いし、どんどん数が増えつつあって順調そのものだ。
俺はといえば、今日も今日とて朝から狩りに向かっている。
ラウラと共に。スレイプニルを小脇に抱え、ルルーを肩に乗せ。
「今日はどんなモンスターがいるのかなあ」
「毎日毎日、違うモンスターに会うってちょっとどうかと思うけど……」
顎に指先を当て思案顔のラウラに向け、苦笑する。
ところが、ルルーはそんなもの関係ないとばかりにカリカリと俺の首へ爪を立てた。
『ニクなら問題ないもきゃー』
「にゃーん」
スレイプニルも同意し、やれやれと肩を竦める俺。
「まあいいや。そうだな。肉が確保できりゃあいい。ゴブリンたちも同じだろ。味より量だ!」
スピードを上げ、真っ直ぐ森へ向かう俺の額へすっかり冷たくなってしまった風が当たる。
「くしゅん」
「ラウラ。両手を上にあげて」
「うん?」
両手をあげて足だけでバランスを取るラウラの腕に虚空から突如として出現した毛布が絡まった。
「それを体に」
「ありがとう!」
「は、はくしゅん!」
「あはは」
彼女と同じように寒さからくしゃみをしてしまった俺にラウラがそっと寄り添う。
続いて彼女は巻きつけた毛布を俺にもふわっと被せてくる。
毛布が覆いかぶさってきた形になったルルーは「もきゃー!」とお怒りモードになりつつも、もぞもぞと毛布の中に入っていく。
そんな彼に俺とラウラは顔を見合わせ笑いあうのだった。
※これにて完結となります。次回作でまたお会いしましょう!もきゃ。
現在連載中のもふもふなファンタジーものは下になります。よろしければのぞいてみてくださいー。
魔物の装蹄師はモフモフに囲まれて暮らしたい ~捨てられた狼を育てたら最強のフェンリルに。それでも俺は甘やかします~
魔力吸収体質が厄介すぎて追放されたけど、創造スキルに進化したので、もふもふライフを送ることにしました うみ @Umi12345
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