C's GUN

「今どきの表現をするなら、いわば『特級呪物』だな」

 凄惨な現場を前に男は軽口を言ってみせた。しかしその表情はさすがに硬い。

 館に乗り込んだ男とその助手が広間で目にしたのは、床に横たわる八人もの遺体だった。

「間に合わなかったか……」

 助手が力なくつぶやく。

「間に合っていても止められたわけじゃない。最悪死体が二つ増えるだけだ」

 慰めでも言い訳でもなく、ただ事実を述べるようにそう言い、男は広間の中央に転がる物に目をやる。

「あの銃によってな」

 一丁のライフルだった。年季は入っているが、何の変哲もないありふれた型式の。

 しかしそれは、ある理由によりこれまで厳重に封印されていた、いわくつきのものだった。

 助手はそのことを男から何度も聞かされていてもなお、目の前の現実を受け入れがたかった。

 被害者は、館の主と妻、彼らの二人の息子と召使、そして主の友人たち。

「でも、何がどうなってこんなことに? ライフルケースはけして開けないようにと厳重に伝えていたのに。それが客まで来てるなんて……」

 暴発の恐れがあるとでっち上げたこちらの話を、主は信じてくれていたようにみえた。なのにこうなった。助手には意味が分からなかった。

「家族仲も交友関係も良好だったそうだ。でも、そんなことは関係がないんだよ」

 男は銃から目を離さずに助手に語る。まるで監視するように。

「コトは必ず起こるんだ。諍いも乱心もなくても、どんなに慎重に扱っても、弾も装填されてなくても。一度あれが外に出されてしまえば、そうなってしまう。簡単には取り出せない場所に封じられていたあれが、ほんの少しの手違いが驚くほど重なって、七百マイルも離れたこの館に辿り着いたのと同じようにね」

「それがこの――」

「ああ、この『チェーホフの銃』の、呪われた力だ」

 一たび人目に触れると、必ず発砲され、悲劇が起こる。避けられない運命の銃。

 それは人の手を渡りながら、長らく多くの命を奪ってきた。

 そしてある時、その銃の存在に気づいた者たちが、少なくない犠牲を出した末に封印したのだった。

 だが、度々封印は解かれ、悲劇は絶えることはなかった。そして今回も。

「しかし一度に八人とは。やはり封印は却ってこれの力を増すことになるのかもしれない。このままでは、いずれもっと大きな悲劇を生むだろう」

 銃の封印を試みた者たちに連なる男にとって、銃の無力化は悲願だった。

「破壊はできないんですか?」

 助手が銃のことを知った時からぼんやり抱いていた疑問を口にする。

「破壊はできる。実体としてはただの銃なのだから。実際幾度も試みられた。しかしその瞬間この世のどこかで新たな『チェーホフの銃』が誕生する」

「ああ……」

 それでは意味がないどころか、せっかく補足した銃の所在を見失ってしまうことになる。

「だから兼ねてよりこの計画を準備していたんだ」

 男がライフルに歩み寄り、慎重に手に取った。

「さ、触って大丈夫なんですか」

「悲劇は起こってしまったばかりだ。すぐには『発砲』は起こらないだろう」

 たぶんな……と言いながら残弾が無いことを確認して踵を返す。

「このタイミングしかない」

 男は銃を掴んだまま広間から出て行く。

「え? 剥き身で持ってくんですか?」

 助手が慌てて追っていく。

「無意味かもしれないが、役目を終えたばかりの状態を維持しておきたいんだ。それに時間が惜しい」

 男は大股で歩きながら、振り返らずに言う。

「どうするんですか、それを」

 助手はこの「計画」について、概要さえも聞かされていない。外に漏れると差し障りがあるのだろうと察して、この時まで彼自身も踏み込むことはなかった。

「何人たりとも触れられない場所まで持っていく」

「どこへ?」

 男はそれには答えず、大扉を開けた時一瞬空を仰いだ。

「すぐ車を出してくれ。詳しくは走りながらだ。ギリギリ間に合いそうだ。カウントダウンは始まっているぞ!」

「カウントダウン?」


 そして。

 その十数時間後。

「無事周回軌道を脱したようだな」

 男はカフェのテラスにいた。食い入るように見ていたスマートホンから目を離して、深く息をついて脱力する。

 見ていたのは、土星の衛星への探査機を載せたロケットの打ち上げ中継だった。

「一番怖かったのは、途中で『発砲』して大事故が起こることだったからな。これでひとまずは安心だ」

「いったいどういうコネなんです?」

 向かいでぐったりした表情の助手が呆れたように訪ねる。あれから男の指示で延々と車を走らせながら聞かされた「計画」の内容と目的地に呆然としたまま手の込んだ「荷」の受け渡しをしたのちに、遠く離れたこの街に辿り着いた。あまりの突拍子もなさとめまぐるしさに彼はまだ自分たちのしたことに実感がわいていない。

「探査機に乗っけるなんて!」

 男は呪われた銃を、あろうことか宇宙へと飛ばしたのだった。

「企業秘密だ」

 男はにやりと笑ってそれだけ言った。助手も知ってもいいことはないと思ってそれ以上は尋ねないことにした。

「ともかく、これで土星に封印てことですか」

「いや。あの探査機は、なんとかっていう衛星に搭載した小型の探査機を放出した後、太陽系外へ向けて飛び去って行くんだそうだ。銃は半永久的に誰もいない宇宙を飛び続けるって寸法だ。うまくいけばだが」

「万が一宇宙の彼方で『発砲」しても、それは『別の物語』ってことですか」

 そう言って、ふとある可能性に思い至って「宇宙人ていると思います?」と訊きかけたが、間抜けな質問だな、と思い直して、助手はカフェオレのお代わりを注文した。


 そして。

 その二百数十年後。

 銀河の大半を統べる帝国が辺境の星・地球へ向けて船団を差し向ける。

 きっかけは、辺境の地から届いたとみられる極めて原始的な探査機と、そこに積まれていた「プレゼント」だった。

 その素朴なプレゼントは、長い旅路の中で、あり得るギリギリの奇跡が重なりに重なって、銃弾が装填された状態となっていた。そして贈り物と解釈された結果、帝国の要人の手に渡り、そこで『発砲』が起こった。未開の文明の道具ながら至近距離で放たれた弾丸は、要人に致命傷を負わせた。

 帝国はこれを送り主からの宣戦布告とみた。

 向かわせたのは小規模な武装船団だったが、それでも当時の地球文明を数百度は滅ぼせるに違いなかった。

 もちろんそのことは、男も助手も知る由もない。

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薄片の向こう側(短編置き場) 殻部 @karabe_exuvias

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