4. エイル、少女を無双させる(1)

「エイルは、クズなんかじゃない。

 アギト。その言葉、すぐに取り消して!」


 俺たちを取り囲むサーシャの元・パーティーメンバーは5人。

 自分より遥かに大柄な男――アギトに、少女は果敢に啖呵を切る。


「クズにクズって言って何が悪い。

 どこのパーティーに行っても拾って貰えなかったおまえを、拾ってやった恩を忘れたのか?」

「今日でパーティーは脱退する。

 後でギルドにも届けるよ。

 ……お世話になりました」


 常日頃から不当な扱い。

 モンスターの囮にされて、見殺しにされたのだ。

 言ってやりたいことも、沢山あるだろう。


 それでもサーシャは、それらのことには触れず、事務的に済まそうと切り出した。

 それは誰が見ても、大人の対応だと思えるもの。



「ああん? 脱退だと。

 おまえのようなゴミを拾う物好きが、他にいる訳がないだろう?」


 しかしその善意を、アギトは踏みにじる。

 人を踏みつけることに慣れてしまい、痛みに鈍感な者が放つ聞くに耐えない言葉。

 サーシャは表情を歪める。



「……俺がパーティーを組んで欲しいと、そう頼み込んだよ」


 見ていられない。

 思わず口を挟んだら、


「はは、これは傑作だ。

 よりにもよって、クズスキル持ち同士でパーティーを組もうってか?」


 心底馬鹿にしたように、アギトはそう言った。


「そんなパーティー、誰も見向きしねえよ。

 くだらないことを言ってる暇があれば、さっさと戻れ。

 新しくスキルを覚えてな――試し撃ちしたくて仕方ないんだよ」

「サーシャちゃ〜ん? 調子に乗って、リーダー怒らせちゃったかもね?」


 ボキボキとアギトは指を鳴らす。

 その言葉に合わせ、隣にいた妖艶な女性もねぶるようにサーシャに声をかけた。


 ついにサーシャは、黙って俯いてしまった。

 まるでネズミをいたぶる猫のようだ。

 既に心の折れた少女を痛めつけつけて、何が楽しいというのか。


 それだけで普段の扱いが想像できるようだ。

 思わず舌打ちが出る。



「おまえもパーティーを追放されて、行き場所がないんだろう?

 サンドバッグとしてなら、雇ってやっても良いぞ?」

「スキルの試し撃ち相手は、多くて損はないしな?

 なんなら片方使い物にならなくなっても――スペアにもなるしな」


 何が楽しいというのか。

 男たちは、下品な笑い声を上げる。


「クズスキル持ちには、お似合いだろうよ?」


 クズスキル持ちだから。

 最後には、お決まりのひとこと。



(ふざけやがって。

 こんなやつら、まともに相手にする必要はない)


 サーシャにそう声をかけて、立ち去ろうとしたところで気づく。



「リーダーに対するたび重なる無礼な発言、許せない。

 すぐに取り消して!」


 サーシャが俯いていたのは、心が折れたからなどでは決してない。

 俯いていた少女を支配していたのは怒り。



「サーシャ、構わない。

 好きなように言わせておけば良いさ」

「私のことなら、なんて言われても良い。

 でも大切な恩人に対してのひどい言葉――ここで見逃したら自分が許せなくなる」


 サーシャはそう言いながら、アギトに向き直る。

 自分よりも、ひとまわりもふたまわりも大きな相手。


「取り消さなかったら、どうなるって言うんだ?」

「決まってる」


 決して気圧されることはなく、

 獰猛な笑みを浮かべながら、少女は自らの獲物を携えた。

 


「助太刀するぜ?」

「いらない、これは私の問題。

 こんなことで、リーダーの手を煩わせるわけにはいかない。

 自分で決着を付けないといけないことだから」


 少女は真っ直ぐにアギトを――自らの理不尽の象徴を睨みつけた。

 パーティーメンバーが、こうして覚悟を決めたのだ。

 俺に止める権利はない。



「リーダーが、私の目指すべき姿を教えてくれたから。

 せっかくだから、体が覚えてるうちに試したいの」


 不安を隠しきれない俺の表情を読んだのだろう。

 サーシャはそう言って笑った。



「アギト、戦いは1体1。

 この戦いで、私はあなたたちを乗り越える」

「Eランクのクズスキル持ちが吠えるじゃねえか!」


 実力主義のシビアな世界。

 荒れくれ者も多い冒険者間で、こうした揉め事は少なくない。

 相手はEランクのクズスキル持ちが1人。

 アギトは馬鹿にしきった様子だったが、



「なっ!?」


 その表情は、一瞬で驚愕に塗り替えられる。

 

 飛びかかる少女の動きは、決して目で追えぬものではない。

 それでも始めて見た時より、身のこなしは格段に良くなっており――その動きは、もはやEランク冒険者の物ではない。


「くそっ。くそが!」


 少女はアギトの周りを、縦横無尽に飛び回る。

 その大振りな剣は、少女の小さな体を捉えることはない。

 あれほど大口を叩いていたのに、素早く襲い掛かる少女の斬撃をしのぐだけで精一杯。

 まさしく防戦一方だった。 



「……なんだよ、やっぱり強いんじゃん」


 その戦いぶりを見て、思わず呟いてしまう。


 まともなスキルを持っていないからとバカにされないよう、サーシャはずっと戦い方を模索してきていたのだろう。

 誰にバカにされても、誰からも認められずとも。

 そうして着実に積み重ねてきた牙は、理不尽を押し付けてきた相手に確かに届こうとしていた。


「くそがっ!

 クズスキル持ちの分際で、そんなに強かったなんて聞いてねえぞ!」


 格下だと思っていま相手に良いように翻弄され、アギトはギリリと歯ぎしりする。


「全部、リーダーのおかげ。

 あの人が私が目指すべき理想の姿――最終目標を見せてくれたから」


 アギトの大振りな一撃が空を切る。

 出来たのは一瞬のスキ。

 サーシャはそれを逃さず一気にアギトのふところへと潜り込むと、


「油断したね! 覚悟して、アギト!」


 アギトの持つ大剣を吹き飛ばした。



「これで終わり。まだ続ける?」


 アギトに短剣を突きつけながら、少女は不敵な笑みを浮かべてみせた。



「サーシャ、後ろだ!」

「えっ?」


 戦闘は間違いなくサーシャの勝ちだった。

 すでに決着が付いていた。

 にも関わらず少女の背中を襲ったのは、飛来する巨大な土の塊。


 防御も回避も間に合わない。

 サーシャはその攻撃モロに喰らって吹き飛ばされ、後ろの木に勢い良く叩きつけられた。

 少女はどうにか体勢を立て直そうとよろよろと立ち上がる。

 頭からも血を流し、どう見ても戦える状態には見えなかった。



「サーシャ!?」

「くそっ、後ろにまで気が回らなかった」


 悔しそうにうめく少女のもとに、思わずサーシャに駆け寄った。

 少女は頭から流れる血を乱暴に拭う。

 そのまま倒れ込みそうになるが、決して自らの武器を手放さない。



「おまえらが散々馬鹿にしてきたクズスキル持ちが相手だ。

 こんな風に不意打ちするなんて、情けなくないのか?」


 俺はサーシャを庇うように立ち、アギトを睨みつけた。

 信じられないことに、アギトたちは武器を納めようとしない。立っているだけでやっとの少女を、なおも5人がかりで叩きのめそうというのか。



「不意打ちなどではないさ。

 1体1の戦いなんて、俺様は認めてないからな」


 アギトは悪びれもせずそう言った。


「俺様がクズスキル持ち相手に、遅れを取るなんざあり得ないんだよ。

 おまえらクズは、そうして地べたを這いずっているのがお似合いだ」


 サーシャは自分の力で、この場に決着を付けることを望んでいた。

 だとしても大切な仲間が、卑怯な手で傷つけられたのだ。

 これ以上、黙って見ているつもりはない。



「そういうことなら、こちらもパーティーで挑ませてもらおうか」

「はっ、クズが何人いようが結果は変わらねえよ」


 俺は懐からとっておきのハイポーションを取り出し、少女に飲ませた。

 知り合いの錬金術師から取り寄せた特注品。

 その性能は折り紙つきだ。


「こ、こんな貴重そうなポーションをどうして私なんかに?」

「重症の仲間が目の前にいるのに、使わない理由がないだろ?」


 少女の傷がみるみる癒えていく。

 


「遠慮はいらない。

 おまえの力、見せつけてやれ!」


 生まれて始めて、俺は自分のスキルに感謝した。


(ああ。これまで弱者として馬鹿にされてきた俺に――本当にピッタリのスキルだ)


 サーシャの頑張りが認められて欲しい――その願いに俺のスキルは、シンプルに応えてくれる。

 たとえ誰にバカにされようとも、もうこのスキルを嫌ったりはしない。 

 これは俺と同じく――クズスキルを持って生まれてしまった者たちの希望なのだから。

 


『スキル【下剋上】の特殊効果を発動。

 【短剣の心得・超初級】を【武神】へと進化させます』


 脳内に声が響きわたる。

 スキルの加護を受け、少女は静かに立ち上がる。

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