3. エイル、パーティーを結成する
「おまえのスキルすごいな!?」
「あなたのスキル、有り得ないほど強いのね!?」
すごい達人と出会ってしまった、と俺はウキウキとサーシャに話しかけた。
一方の少女も息を弾ませながら、テンション高くそう言う。
「いやいや、冗談はよしてくれ。
俺のスキルが強いはずがないだろう?」
「あなたこそ、何の冗談よ?
私なんて、10000人に1人のクズスキルとまで言われているのよ」
10000人に1人とだけ言われると、レアリティだけなら高そうだな?
「謙遜はいらない。
本当に命の危機を感じてたんだ。
そんなに強いなら、先に言ってくれよな?」
「謙遜なんてしてない。
このスキルのせいで、私は誰にも必要とされなかったんだから」
そう言われても、あの戦いっぷりを見てしまった今となっては信じられない。
「俺のスキルは、効果時間の面でも微妙だ。
聞いて驚け? なんと効果は1戦闘しか持続しないんだぞ?」
「あんな常識外れの効果を持っていて、それがどうしたって言うのよ!
私のスキルなんて、効果量がゴミなのは当然。
そもそも『短剣』て認識される条件がシビアすぎて、ろくに恩恵も受けられないのよ?」
そう語るサーシャが、嘘をついているようには見えない。
「だいたい自信満々に言ってたじゃない?
『勝たせてやる』って」
「あれは、自分を鼓舞するための演技だ!」
まさか本当にアッサリと勝てようとは、想像もしていなかった。
おそらくこの少女の持つスキルも、俺と大差ないレベルのクズスキルなのだろう。
それにも関わらず、少女はAランクモンスターの群れを瞬殺してみせた。
この現状に、心当たりがあるとすれば――
「そういえば、スキルを発動する時に興味深い声を聞いたな。
スキルの『特殊効果』を発動させるって」
「何それ? どう考えても、それが原因じゃない!?」
やっぱり、そうなのだろうか?
にわかには信じがたい。
俺は頭に入り込んできたスキルの特殊効果を思い出す。
強化対象のスキルが、多少の強化では使い物にならないぐらい――どうしようもなく弱い場合に、強化幅を大幅に上昇させるという隠れ効果。
俺がそのことを伝えると、
「悪かったわね、どうしようもないほどに弱いスキルで」
ほんの少しムッとしたように言う。
それでもどこか納得した表情。
「わ、悪い」
「いいよ。事実だし」
何でもないことのように首をふる。
「それにしても、改めてとんでもないスキルね」
「そうか?」
サーシャがしみじみとつぶやく。
「そうよ。エイルの力を借りれば、クズスキル持ちの私ですら、あそこまで戦えるようになった。
――あなたは、私たちクズスキル持ちにとって、最後の希望かもしれない」
「そんな大げさな」
ここまで持ち上げられても反応に困る。
茶化すように言った俺に反して、サーシャは大まじめな表情。
「大げさなんかじゃない。
Eランクのクズスキル持ちでも、Aランクモンスターの群れを1人で倒せるようになった。
それがどれだけあり得ないことなのか、あなたなら分かるでしょ?」
「それはそうだけど……」
「力のからくりが分かった今、そのスキルがあればどんなパーティーでも諸手を上げて歓迎するんじゃない?」
――クズスキル持ち脱却おめでとう
サーシャは寂しそうにそう言った。
クズスキルと一度評価されても、有用な使い道が分かれば評価が覆る可能性は十分にある。
(そう言われても、実感ないんだよな……)
まるで現実感がなかった。
それに、絶体絶命の危機を共に乗り越えたサーシャの暗い表情を見て、俺は素直に喜ぶこともできなかった。
「いいや、俺のスキルはやっぱりクズスキルだよ」
だから俺はそう口にする。
「……下手な同情はいらない」
「同情なんかじゃないさ」
まともなスキルを手にすることは念願だった。
それでも――
(これまでバカにしてきた奴らのために、力を使うのか?)
(またバカにされる生活に戻らないために、必死で機嫌を取りながら?)
このスキルを使って掴み取れるのは、そんな未来だろう。
冗談じゃない。
「クズスキル持ちってだけで、無造作に踏みつける。
人の痛みが分からないやつらに仲間入りするぐらいなら――俺はずっとクズスキル持ちで構わない」
俺のいる場所は、向こう側ではない。
スキルの効果もそう告げている。
だってこのスキルは、俺と同じ弱者にしか効果を与えないのだから。
(いや、それどころか……)
10000人にひとりのクズスキル、と少女は言っていた。
俺にとって、この少女は10000人にひとりの逸材なのだ。
「なあ、いきなりで申し訳ないお願いなんだけどさ。
良かったら、俺とパーティーを組んでくれないか?」
「え、なんで?」
どうして私なんかと? と、サーシャはきょとんとした表情を浮かべる。
「さっきも言ったでしょう?
あなたほどの力があれば、どのパーティーに行っても……」
「いや、やっぱり俺の居場所はどこにもないよ。
だって、このスキルは、相手が強ければ強いほど効果が薄まっていくんだから」
「そ、それでも。メカニズムが分かればいくらでも方法が――」
少女の言葉を遮り、
「他の誰でもない。
おまえの力が必要なんだ。
他でもないサーシャだから、俺はパーティーを組んでみたいと思ったんだ」
そう言い切った。
もちろん俺のスキルの発動条件を満たせる貴重な人材というのもあるが、それだけではない。
背負ったクズスキル持ちというハンデ。
それでもいずれ届く日を夢見て、馬鹿にされながらも冒険者としての活動を続けていた。
恵まれない境遇にいながら、その道を捨てられずにあがく諦めの悪さ。
何より格上のモンスターに囲まれた絶望的な状況で、最後まで抗うことを止めなかった強い心。
この少女は、Eランクであることが不思議な魅力的な冒険者だ。
だからこそ俺は、これまで出会った誰でもなく、この少女と旅をしてみたいと思ったのだ。
「ダメかな?」
「わ、私、そんなこと言われたのが初めてで。
邪魔だって、足を引っ張るって。
冒険者を止めろって、何度も、何度も。
いつも余り者で――邪魔者だって言われ続けてきて――」
サーシャの口からこぼれだしたのは、壮絶な過去。
断片的な言葉から、これまでの苦労がありありと想像できる。
綺麗な深紅の瞳から、ポロポロと涙がこぼれだした。
「本当に私なんかと、パーティーを組んでくれるんですか?」
サーシャは涙みながらも、辛うじてそう言った。
「是非とも。だいたいAランクモンスターを蹴散らせるおまえが、邪魔者なわけがないだろう?」
「でもあれは、あなたのスキルがあってこそ。
やっぱり私は、あなたのパーティーメンバーには相応しくないよ」
サーシャはやんわりと断ろうとした。
「俺がここまでの力を発揮できるのは、おまえに対してだけだ。
俺にとってサーシャは、10000人にひとりの逸材。
――おまえの力が必要なんだよ!」
「……でも求められてるのは、私のスキルがクズスキルだからなんだよね?」
なんだか複雑な気分だよ、とサーシャはジト目で俺を見る。
「それだけじゃない!
ウルフェンウェアに囲まれた時の諦めの悪さ。理想の冒険者だと思ったんだ」
「理想の冒険者?」
「ああ。そうなりたいって思った。
でも、ぜんぶ俺の都合だ……迷惑だったら忘れてくれ」
「め、迷惑なんかじゃない!」
サーシャは勢いよく叫んだ。
「パーティーを組みたいなんて言われるのが初めてで、驚いただけ。
すごく、すごく嬉しい!」
「な、なら前向きに考えてくれるか?」
「助けてもらっただけじゃなくて、こんなチャンスまで貰えるなんて。
あなたのことは信用できる――リーダー、この恩は、一生かけて返すよ」
少女は口にしたのは、そんな誓いの言葉。
「エイル、これからよろしく」
「こちらこそよろしく、サーシャ」
それから浮かべたのは、屈託のない年相応の笑顔。
(ああ、そんな顔もできたんだな)
思わず見惚れてしまう。
俺たちは相手のスキルが無ければ、何の力も持たないEランク冒険者だ――決して互いを裏切らない。
ほうける俺に、少女はおずおずと手を差し出してきた。
固く握手する。
それは、やがて世界最強の名を欲しいままにする伝説のパーティー結成の瞬間であった。
「ところで、リーダーって何だ?」
「え? このパーティーのリーダーは、エイル以外あり得ないよ」
こちらを信用しきった純真無垢な瞳。
リーダーなんて柄じゃないけど、たしかに言い出した以上は俺がリーダーになるべきか。
「街に帰ったら、パーティー登録してくるよ。
サーシャは、今のパーティーはどうするんだ?」
「街に帰ったら、もちろん今のパーティーは脱退するよ」
「今のパーティーって……君を囮にして逃げた奴らだよな?
そんな奴らに義理立てする必要はない――勝手に脱退したことにすれば良いんじゃないか?」
マナー違反ではあるが、元を正せばモンスターの群れを相手に仲間を囮として使うパーティーが悪いだろう。
なんなら既に事故死として、処理されているかもしれない。
「相手と同じレベル、に落ちるつもりはない。
最低限の義理は通すよ」
少女がそう言うのと――
「おい、生き残ったならさっさと合流しろよ。
クズスキル持ちの分際で、なに人様の手を煩わせてるんだ。この愚図が!」
望まぬ声が聞こえてくるのは、同時であった。
あまりに不快な声。
少女がビクリと体を震わせ、体を硬直させる。
「おや〜? 隣にいるのは、ハルトの旦那のところのクズじゃねえか?
はっ、クズ同士お似合いじゃねえか!?」
ゲラゲラと品のない笑みを浮かべる。
(こんな奴らが、サーシャのパーティーメンバーなのか)
馬鹿にしきった声。
常日頃の扱いが想像出来ようというものだ。
俺が抗議の声を上げようとするより前に――
「リーダーに向かって、あんな失礼な口の聞き方。
……許せない!」
無礼な乱入者に声を上げたのは、怒った少女の方であった。
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