2. エイル、少女のスキルを覚醒させる

 モタモタしていたら、ハルトは本気で俺のことを殺すかもしれない。

 奴はクズスキル持ちのことを、自分と同じ人間だとすら思っていないのだ。


 ギルド内で冒険者同士の命の奪い合いは御法度だ。

 それでも、今勢いのあるSランクパーティーのリーダーの発言。

 不慮の事故だったと言い張られたら、それが真実となるだろう。



 だから俺は必死に逃げた。

 みっともなく逃げることしかできなかった。

 そうして逃げた小道で出会ったのは――



「なんで、こんな場所に人がいるの!?

 巻き込まれたくなければ、早く逃げて」


 

 巨大な狼型のモンスターと対峙する、小柄な少女。

 目を引く特徴的な赤髪は、動きやすいように2つに結かれている。

 短剣とマント、身につけている物から想像するにシーフだろうか。


 少女はモンスターの動きを、危なっかしい動作でかわす。

 身につけた短刀で果敢に反撃するも、相手の皮膚が堅くあっさりと跳ね返されてしまった。



「ウルフェン・ロアだと!?」


 注目すべきは少女が対峙と向き合うモンスター。

 Aランクにカテゴライズされる凶悪なモンスター。

 間違っても、初心者も利用する森の中に現れる相手ではない。


「なんでこんなところに……」


 驚く俺をあざ笑うかのように、モンスターの仲間が現れる。

 血の匂いに引き寄せられてきたのだろうか。


「ウ、ウソだろ?」


 その数はざっと数えて10体ほど。

 見つけた餌を逃さないとでもいうように、モンスターの集団が俺たちを取り囲む。


 ウルフェンウェアを相手取るときは、囲まれぬよう一体ずつ倒すのが基本だ。

 飢えた群れは、ときに熟練のAランクパーティーすらも、あっさりと壊滅に追いやる凶悪さを発揮する。



「こんな形で人を巻き込むなんて……最悪」


 迫りくる狼型モンスターの群れを目にして、少女は呟く。

 どうしようもない格上の敵。



(俺は、こんなところで終わるのか?)


 散々バカにされ、結局はパーティーを追放された。

 人生の最期は人知れずモンスターの餌。


(はは、ろくな人生じゃなかったな)


 どうしようもない。

 胸の中を諦めが支配しそうになったとき、



「こんな形で――囮にされて見殺しにされて終わるなんて。

 私は、まだ死にたくない。クズスキル持ちでも、やれるって証明したかった」


 そんな俺の心を繋ぎ止めたのは、少女のそんな言葉だった。

 クズスキル持ち、囮、見殺し――何があったか想像するには十分な言葉。



「お、おまえもクズスキル持ちなのか?」

「おまえもってことは、あなたも?」


「ああ、誰が見ても立派なクズスキルだ」


 思わず自嘲する。

 この少女も俺と同じように、散々バカにされてきたのだろうか。



「このまま終わるなんて悔しすぎる」


 血を吐くような少女の叫び。

 Sランクパーティーを追放された俺にも、その言葉は深く突き刺さった。



 勝ち目の薄い戦いだ。

 それでも少女の目は死んでいなかった。

 どんな苦境にあっても決して諦めず、最期の瞬間まで前を向き続ける姿――それは俺が憧れてやまない、冒険者の姿そのものだ。


 こんな小さな少女が、震えながらも自分を鼓舞しているのだ。

 それで奮起しないような奴は、最初から冒険者なんて目指すべきじゃない。


「俺だって、このままじゃ悔しくて死にきれない。

 だから――必ず生きて帰ろう」

「うん」


 突然、声をかけた俺に驚いた様子の少女。

 それでも力強く肯定。


「俺はエイル。おまえの名前は?」

「サーシャよ、よろしく」


 訪れた窮地を乗り切るため。

 ここに静かな協力関係が結ばれた。



「ねえ、あなたのスキルの効果は?」

「【下剋上】だ。効果は、味方のスキルを気持ちばかり強化する。

 使えなさは折り紙つきだ――ついさっきパーティーを追放されたばかりだ。

 おまえのスキルは何だ?」


「……涙が出るほど心強いよ。

 私のは【短剣の心得・超初級】――名前のとおり短剣の習熟度が、誤差レベルで早く上がるようになる。

 立派なクズスキルよ」

「……とても心強いよ」


 Eランクのクズスキル持ちが2人。

 相手はAランク上位のモンスターの大群。

 それでも俺は諦めずに、少女にスキルを使おうとして――



『スキル【下剋上】の【特殊効果】を発動しますか?』



 脳裏にいきなりそんな声が響きわたった。


「な、何だ?」


 怪訝そうなサーシャに構う余裕はない。


 さらに異変は続く。

 情報を直接、頭に流しこまれるような感覚。

 俺は自らのスキルの本当の性能を、ようやく理解しつつあった。

 不快かというと、決してそうでもない。


「ね、ねえ。大丈夫?」

「ああ、問題ない」


 そうして俺は自らのスキルが持つ本当の力を理解した。

 自分のスキルでありながら、この力のことをまるで分かって居なかった。

 使い方を理解した今なら、もしかすると――


「おい、勝たせてやるぞ?」



 相手は格上。

 なんの根拠もない無責任な言葉だ。

 それでも自信たっぷりに、不敵に笑ってみせた。


「何を言ってるの?」


 サーシャは、不思議そうに俺の顔を見た。

 気でも狂ったか、と思われたのかもしれない。


 元がクズスキルなのだ。

 真の性能を理解したところで、所詮は持たざる者の悪あがきかもしれない。

 だとしても最後の瞬間ぐらい、少しは奇跡を信じてみたいじゃないか。

 



「おまえの本当の力を見せてやれ!」


 俺は少女に向かってスキルを発動した。

 



『スキル【短剣の心得・初級】を【武神】へと進化させます』


 再び脳裏に響き渡った声。


(スキル進化、だと……?)


 予想もしていなかった効果だ。

 スキルの効果量を僅かに上昇させるだけのこれまでとは、明らかに違う異質なもの。


「――ッ!?」


 スキルの進化は、普通ならSランク冒険者の中でも更に一握りの者しか経験することができない。

 非常に珍しい事例である。

 サーシャは、驚きのあまり目を見開いた。


「あ、あなたのその力は一体……!?」

「今はこいつらを倒すのが先だ!」


 俺のことをまじまじと見つめるサーシャに、モンスターと向き合うよう諭す。



「話、後で聞かせてよね?」


 少女はそう言いうと、迫りくるモンスターに音もなく飛び掛かった。


 先ほどまでの危なっかしい動きとは異なる、一流のシーフのみが身に付けることができる「影走り」と呼ばれる技法。

 あまりの速度に常人の目には映らず、瞬間移動したように見えるのだ。

 俺のランクでは――まるで少女が消えたように感じた。



「まるで自分の体じゃないみたい」


 不思議そうにサーシャが呟く。

 そうして踊るようにモンスターを切り裂いてみせた。


 手に持つのは、先ほどまでは表皮を貫けなかった短刀。

 何の変哲もない武器のはずなのに、今では不思議な光をまとい、やけに神々しい。


「おいっ。油断するなよ?」

「大丈夫!」


 不意をつくように、後から狼型のモンスターが襲いかかる。

 その突進を、サーシャは後ろに目でもあるかのように軽やかに避けた。

 そして勢いそのままに、クルリと回転して首を跳ねる。

 さっぎで手も足も出なかったのが冗談のような、軽やかな動き。


 襲い掛かってくるモンスターの攻撃を反射神経だけで避けながら、俺はサーシャの動きを観察する。


(……ってなんで俺は、Aランクモンスターの攻撃を避けれてるんだ?)

 

 実力どおりなら、一撃で食い殺されるのが当然の実力差。

 にもかかわらず、不思議と余裕があった。



(そんなことは、どうでも良いか。

 まったく、あれのどこがクズスキルだよ!?)


 いくら本当の使い方を理解したといっても、Eランク冒険者が持つ強化スキルなんて気休めレベルだろう。

 それなのに少女はAランクモンスターを、あっさりと倒してみせたのだ。

 俺では比較するのもおこがましい――サーシャは間違いなく、凄腕の冒険者だ。

 


 その戦いは、規格外のひとことだった。

 Aランクモンスターですら、まるで相手にならない。

 これは戦闘ではなく、もはやただの狩り。



 そうして5分後には、辺りにはモンスターの惨殺死体だけが残された。


 Sランクパーティーの【剣聖】ですら、ウルフェン・ロアの群れをこの短時間で葬ることなどできないだろう。

 俺は少女に向き直り――



「何がクズスキルだ!? そんな化け物みたいなスキル、聞いたこともないぞ!?」

「何がクズスキルよ!? そんな化け物みたいなスキル、聞いたことないわ!?」


 少女と俺は、同時に叫んだ。

 まったく同じことを。

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