5. エイル、少女を無双させる(2)
『スキル【下剋上】の特殊効果を発動。
【短剣の心得・超初級】を【武神】へと進化させます』
脳内に声が響きわたる。
スキルの加護を受け、少女は静かに立ち上がった。
「偉そうなこと言って自分から挑んでおいて、結局、私はエイルの力を借りないと勝てないのか」
「いいや、サーシャは確かに圧倒していたさ」
「勝てなかった以上は同じこと。
こんなことのために、あなたのスキルを使わせてしまった。
……悔しい」
サーシャは呟く。
「こんなこと、なんかじゃないさ。
大切なパーティーメンバーの――仲間のためだ。
そのために力を使うことを、惜しむわけないだろう?」
俺にとっては当然のこと。
それでも少女にとっては、そうではなかったらしい。
驚きに目を見開いたが――
「ありがとう。
この埋め合わせは必ずするから」
そう言って、眼前の宿敵に向かって飛びかかった。
そこから先は、おおよそ戦闘と呼べるものですらなかった。
もともと持っていたスキルで、十分にサーシャは相手を圧倒できたのだ。
支援スキルにより、スキルを覚醒させたサーシャの敵ではなかった。
「同じ手は喰わないよっ!」
あっさりとアギトの手から武器を弾きとばすと同時に、くるりとすら帰り華麗に短剣を振りぬく。
それだけで、迫っていた魔法による火の玉がかき消された。
「な、なんなのよそれ……」
その光景を見て、魔法師の女はへなへなと座り込む。
本来、遠距離戦であれば魔法師の方が圧倒的に有利だ。
にもかかわらず剣圧だけで、魔法による一撃を無力化してみせたのだ。
そこには決して埋められない力量差があった。
「な、なんでおまえみたいな奴がそんな力を……」
「すべてエイルのお陰だよ」
愕然とする元・パーティーメンバーに、サーシャはそう返す。
それは大げさだ。
「そんなことはないさ。
いきなり強力なスキルを手に入れても、使いこなせる者はいない。
日頃の鍛錬の成果――その下地は既にあったんだろうさ」
スキルの超強化。
あり得ない変化に見えても、あくまでも最初に持っていたスキルの延長上にある。
「日頃の鍛錬の成果?」
「ああ、これまでしてきたことは無駄なんかじゃなかった。
俺はあくまで手助けをしただけ――使いこなせるなら、それはおまえの力だ」
強力なスキルを持っていても、使い方を知らなければ宝の持ち腐れ。
俺はあくまで、少女が持っていた力をアシストしただけだ。
「あの野郎を先に潰せ。
サーシャひとりなら、全員でかかれば押し潰せる!」
サーシャの言葉を聞いたアギトの判断は早かった。
すぐさま俺にターゲットを移すように指示。
これまでの俺なら、その威圧感だけで震えていたかもしれない。
しかし今の俺にとって、アギトたちの悪あがきは何の脅威にも映らなかった。
こちらに向かって突進してくるのは、いかにも武闘派といった風貌の男。
「我が筋肉の前に、倒せぬ者などいない!」
「支援職から先に倒そうもする判断。
悪くはないね?」
軽口を叩きながら天高く跳躍。
俺の姿を見失ってスキだらけの相手の後ろに、音もなく着地。
そのまま首に手刀を叩き込み、意識を奪う。
「自慢の筋肉も、脳天までは守れなかったようだな?」
もちろん殺しはしない。
「な、なんでそんな動きが!?」
「どうやら【下剋上】の副作用らしいぜ?
支援による強化幅だけ、自分自身も強化できるんだとさ」
発動に合わせて、流れ込んできた知識。
「な、なんだそりゃ!?」
「クズスキルって、散々馬鹿にしたのはそっちだろう。
ポジティブな副作用が付くのも、おかしな話じゃないだろう?」
スキルには【副作用】と呼ばれるデメリットが付与されている場合がある。
強力なスキルほど、まるでバランスを取るように、持ち主を苦しめるマイナスの効果を持つ場合も多い。
「くそが、クズスキル持ちの恩恵か!?」
「ああ、そのとおりだ」
反面、クズスキル持ちには、稀にポジティブな効果の副作用が表れることもある。
何も持たないことを天が哀れんだ、なんて言われているが、その特性は謎に包まれている。
もっとも副作用がプラスの効果であっても、もともとのスキルが使い物にならなければ評価を覆すには至らない。
「俺のスキルの副作用は、支援効果の同化。
今までは支援の効果がゴミだったから使い物にならなかったが――なかなかに愉快な効果じゃないか?」
ちなみにこの副作用は、デバフの効果も自分に跳ね返してしまう。
デバフを主体に戦う支援術士にとっては、絶望的な副作用と言えるだろう。
この副作用のせいで、万能型の支援術者になる道は最初から閉ざされていた。
「なら最初にモンスターと戦ったときも、私と同じ支援効果を受けていたの?」
「ああ、無我夢中で全然気が付かなかったが――そういうことになる」
思えば遥かに格上であるはずの相手の攻撃も、いとも容易く避けられた。
普通ならEランクのクズスキル持ちに、そんな芸当が可能なはずがない。
サーシャにかけた支援の恩恵を、得ていたのだろう。
「ふざけるな!
そんな圧倒的な効果――クズスキル持ちのくせにあり得ないだろう!?」
「エイルは断じて、クズスキル持ちなんかじゃない。
今すぐその口を閉じないなら――容赦はしない」
アギトに視線を向けながらも、サーシャは残りのメンバーへの警戒も怠らない。
「謝って!」
「ああ?」
「クズスキル持ちだと――エイルを貶めるようなことを言ったこと。今すぐ謝れ!」
いつになく強い口調。
アギトはギリリと歯ぎしりするが、彼にこの状況を覆す力はない。
それでもプライドが邪魔したのか、なかなか口を開かなかった。
それでも、やがては少女の勢いに気圧されたのか、
「……悪かった」
とだけ口にした。
まるで感情の籠もらない、口だけの謝罪に興味はない。
それよりも彼が謝るべきは、
「おまえが本当に謝るべきは――サーシャだよ」
「え?」
いやいやサーシャよ、何故そこでキョトンとする?
「おまえらが何気なく発した言葉に、サーシャがどれだけ傷ついてきたか。
危険なモンスター相手に囮を押し付けるのだって、大切な仲間にすることじゃないだろう。
どんな理不尽な目に合わされても、ここを捨てられたら他に行くところがないからと。
いったいおまえは、サーシャにどれだけの理不尽を押し付けてきたんだよ?」
「……エイル、私のことはどうでも良いよ」
俺のために怒ってくれたのは、素直に嬉しかった。
それでもまずは、自分を大切にして欲しかった。
「クズスキル持ちは、断じておまえらに都合の良いおもちゃじゃない。
理不尽な言い分を飲み込んで、それでもどうにか前に進もうとあがく――血の通った人間だ」
分かってもらえるとも思っていない。
クズスキル持ちに対する偏見は、絶対になくならない。
それでも、今このときだけは――
「これまでサーシャにしてきたことに。
少しでも心当たりがあるのなら――謝れ」
命令であり懇願。
結局はこの場を支配する者による、ただの命令なのかもしれない。
だとしてもアギトは、たしかに己の行動を振り返るように目を閉じ、
「……サーシャが努力家だってことは分かってたさ。悪かった」
決して頭は下げず、その様はいっそふてぶてしい。
だけど、そこには確かな感情が込められていたような気がして――
「今さらふざけないで!
私は決して、あなたたちを許さない
今すぐ私たちの前から消えて。それで、金輪際かかわらないで!」
謝られたサーシャは、逆に怒りを露わにした。
当たり前だ。この程度で水に流せるほど、サーシャが受けた心の傷は浅くない。
それでも前を向いて進むためには、きっと必要な儀式だろう。
そうしてアギトたちは去っていった。
散々バカにしていたクズスキル持ちふたりに、返り討ちにされたのだ。
それはプライドを粉々に粉砕された、敗北者の姿だった。
「……本当にあんな奴ら、どうでも良かったのに」
「そう言うなよ。
結局のところ大事な仲間が悪く言われたのを、俺もガマン出来なかった――それだけだ」
「ふーん、変なの」
そう言いながらも、サーシャは嬉しそうにぴょんと跳ねた。
さきほどまでの凛とした立ち振る舞いはどこへやら。
そこにいるのは、あどけないただの少女であった。
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