最終話 マグロの一生

 少しだけ目の前が真っ暗になったが、すぐに意識は安定した。


「あぁー、クラクラする······。二日酔いみてぇだ······」


 どこまでも続く緑の地平線。

 空もどこまでも高く感じた。


 直前と変わらず、空にはスクリーンが映し出されていた。

 この空間を作っていたものは何一つ変わってなかった。


 ――ただ一つ、地上で倒れるカモメを除いて。


「はぁ、やったか······? あぁ、もう二度とやりたくねぇ。マジで頭砕けたかと思った······」


 カモメのクチバシ――その先端やや下にあった宝石はバラバラに砕けて地面に散らばったのか、そこには僅かな窪みがあるだけだった。


「流石にこれ、クリア······だよな? ってか、こんなクリア奇跡に近いだろ······。マグロがカモメ倒すって。ってか、こいつ可愛い目してやがんな······」


 半口を開けて倒れるカモメは、まるで漫画のようにバッテンの目。さっきまでの緊迫感を忘れそうな、やり返してやった感を忘れそうな、そんな変な気分になった。


「ん、んん。はぁ······。終わったけどこっちはまだなのな」


 呼吸が徐々に苦しくなりつつあった。

 恐らく立ち止まっていたからだろう。


 そのため俺は、カモメの前でグルグルとジョギング。

 端から見たら、勝利の舞に見えなくもないのかもしれない。


「あぁ、落ち着いてきた。······ん?」


 そのまま走っていると、また、この騒動が起こる前のような軽快な音楽が空から聞こえた。そちら――浮かぶスクリーンのほうへ目を向けるとちょうど文字が変わった。


『おめでとう! ステージクリア!』


 そこに書かれた文字とBGMは、やはり人を馬鹿にしたような印象を与える。


「あぁ、これで帰れんのかな? ――ん?」


 するとその直後、俺等がここへ来てから色々な人が現れた時のように、空から光があちらこちらに降り始めた。――と、同時、その時のように人が形をもって現れる。事態が飲み込めず「あれ、俺は······」「僕はカモメに······」と辺りを見回す人で溢れ返る。


 その中に――、


「――っ!? 佑哉! 良かった、無事で」


 五体満足のキョトンとした顔の佑哉が居た。

 その側には、あのマンボウの女の子も。


「ん? あ、おう慶介。俺、確かカモメに喰われたと思ったんだけど······」

「あぁ、喰われてたぞ。ばっくり喰われてた」


 ――と、佑哉の前でぐるぐるとジョギングしながら、手のジェスチャーでその様を再現。しかしそれと同時にあることを思い出した。


「あぁ、そうだそうだ。俺、変な体勢で捕まったから空で放られたんだっけ。ぺしゃんこにされるかと思ったけど、案外痛みもなくてな。······あぁ、そういえば俺の助言は役に――ぶへっ!」


 突進された佑哉は、そのまま吹っ飛んで転がった。


「痛(い)ってぇ! なにしやがる!」

「へっ、大事なことも言わず勝手に死んだ罰だ。どうだ、俺のカモメを倒した頭突きは」

「は? 頭突きで倒したって何言って············うそん」


 今だけ立ち止まった俺が腰に手を当てて、カモメのほうを右手で指差すと、佑哉は情けないような、信じがたいようなそんな声。


「なにあれ、頭突きだけで倒せんの?」

「なんかクチバシの下に宝石あって、頭突きしたら割れた」

「頭突きに宝石······はぁ、意味わかんねぇ······」


 まだ、ステージクリアの事実は受け入れがたいようだが、それ以上の追求は佑哉からはなかった。


「あっ、そういえば······」


 ふとあのマンボウの女の子を思い出した俺は、とりあえず、今だ眠ってるが息を確認するため一度抱き起こそうと側へ寄る――が、しゃがんで触れようとした時、


「あぁ、慶介。彼女は放っておいてやれ」

「あ? なんで

「あのな、マンボウってのは皮膚が弱くて、そこから感染症とかになりやすいんだ。だから、彼女は俺が触れたのが原因で弱ったんだと思う」

「······そういうことか。でも、それなら別にお前悪くねぇじゃん。だってこんな制約あるなんて誰も分かりゃしなかっただろうに」

「それでも過失とはいえ、人を殺めたんじゃないかって重みはどんとのし掛かるもんだよ。って、俺も今回ので初めて実感そう思っただけだけど」


 そうして、マンボウの女の子を見る佑哉は深く安堵の息。カモメに喰われる直前にあった、のし掛かっていたモノが降りたように見えた。


「で、慶介。俺等――いや、正確にはお前がこいつをクリアしたわけだけど······これってさ、戻れんの?」

「さぁ······」


 ――と、ここで、まるでタイミングを見計らったかのように、あのスクリーンが変わるのを知らせる軽快な音楽が。もはや、犬の調教のように仕込まれたように自然と空のスクリーンを見ると、そこには新たな文字が現れていた。


「······はぁ? おいおい、勘弁してくれよ······」


 ステージにナンバリングがあるから、心の隅では、もしや······と、考えないようにしていたがそのまさかだった。


『ステージ2 イルカ 生存者数50/50』


 直後、地面から飛び上がるように現れた一匹の巨大イルカ。

 案の定、悲鳴は上がるが、歓声にどこか違和感もあった。


「どうやら、まだまだ帰してくれる気はないようだな」

「あぁ······。ってか、なんでお前やる気に満ちてんの?」

「なんかな、意外と、あれ喰われても痛くないんだぞ? 喰われてもちょっとしたジェットコースター乗ってるような衝撃だった。それに、やり直しが利くって分かっちゃったなら怖くないだろ?」

「んー、そういう問題か?」


 ほとほとする俺とは違い、佑哉はストレッチをしていた。佑哉だけじゃない。よく見ると、周りの十数人は佑哉と同じような溌剌(はつらつ)とした顔をしている。


「なんなの、俺の頑張り······」


 そんな彼等とは違い、俺は喰われる経験が未知なため半信半疑で恐れは拭えず。出来ることならもう“あれ等“には挑みたくなかった。そんな俺を置いて佑哉含め数人は、地面から飛び出てはまた地面に消える、不可思議なイルカを追いかけていたが。


「もう、好きにしろ······」


 そうして、息苦しいのもどうでもよくなる俺の側には「あれ······私、たしか······」と目を擦るマンボウの女の子が居たが、俺はしばらくその子の横に座って会話をした。


 この変な世界、カモメのステージ等の説明をしたが、ほとんどは俺の徒労とグチだった。彼女は状況を理解し、自分の特性も理解してはそのグチを聞いていたが「ふふっ」とお淑やかさな笑みを見せた。戦士の休息ほど大それたものではないが、そんな状態だった俺はふいにもドキリと。そして、恥ずかしさから目を逸らすも柔そうな純白の四肢が目に入り、余計に頭が混乱した。混乱した俺は『違う、これは座ってるからいけないんだ』と呼吸が浅くなっているのをこの姿のせいだと思い立ち上がった。――が、突然立ち上がった俺に彼女は目を丸くするのだが、フンドシであることをようやく知り、それを認識すると目を逸らしていた。


「やっぱり、俺は走り続けなくちゃいけない」


 そんな風に、意味不明な格好をつけて、俺はフンドシの中の不和からやや走りにくいながらも足を進めた。走ると、呼吸が少し楽になって、後ろを見る余裕が生まれた。そこには、まだ俺が走り出した事態をまだ掴めてないのか、やや恥ずかし気に上目遣いで手を振るマンボウがいた。


 走る理由なんてなんでもいいや。

 悩むだけ馬鹿馬鹿しい。


 そう思った俺は、今日も走り続けることを選んだ。

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目が覚めたらマグロだった 浅山いちる @ichiru_asayama

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