思いが通じる5分前(後編)

 そんなこんなで藤凪君の事を思いながら五つまで来た時、また工藤君が女の子に囲まれていた。


「ってかさ工藤君、あれって男の子は意味ないの?」

「試したと言う話を聞いていませんのでわかりません……」

「あと十人に一人しか成功しないって聞いたけど」

「説明を聞いていれば成功するはずです」


 十人に一人?まあね、そんな簡単に成功しまくったら少子化なんてないもんね。

 って言うか男の子にはできないだなんてちょっとかわいそう。男の子だって大変なんだなとか、つい囲まれている工藤君がかわいそうに見えた。


「ちょっと工藤君が困ってるじゃない、ちゃんと話を聞かなきゃ!」

「ああいえいえ、僕は平気ですから」

「ああごめんごめん、つい……」

「いやいいの、私たちも焦ってたから!」


 それでついうっかり工藤君の机に両手を叩き付けちゃって取り囲んでたクラスメイトに引かれた気もするけど、すぐに工藤君が取り成してくれた。ああ、悪い事をしたらすぐに謝れるのっていいなあ。




 さて残りの条件はって言うと、まず六つ目の

「部屋は己を映す鏡であるから、部屋をきれいにせよ」もあれから週一で掃除したおかげでずいぶんと広くなった部屋に感心できるほどだった。ああ、気持ちいい。

 七つ目の「道具を大事にせよ」も、ちゃんと鉛筆を削っていろいろポイ捨てしないようにしていたらまた赤いおじさんが現れたからまあできたんだろう。

 で八つ目の「育ての親に感謝を惜しむな」は、どうやら初日に達成してたらしい。まあ、その後もずっとお料理やゴミ出しとかいろいろ頑張ってたつもりだけどね。

 ああ、そのせいか九つ目の「他の十個の決まりを一時で終わらせるな」もできていたらしい。




 まあ確かに、守って損する事一つもないもんね。




 そしてメモ帳に書いてた最後の十個目は、「悩みをすぐに吐き出せ」だった。


 私の悩み。まだ高一、15歳だけど中卒で働いている子だっている。そう、私だっていつかは働きに出なければならない。


「ママ……」

「あらどうしたの映子難しい顔をして」

「私高校出た後どうすればいいかわかんなくって……」


 私はパパとママの前で、卒業後の進路についての不安を抱えてる事を言った。うじうじしているような子は、藤凪君だって好きになれないはずだから!

 そんな私に、パパはほんのちょっとだけ厳しい顔をした。


「映子、お前の夢は何だよ」

「できれば料理を作る仕事がしたい、でもこの前のようなあんな味で大丈夫かなって」

「それでもやりたいならやってみなさい。高校出たら調理師専門学校行かせてあげるから、あなたそれぐらいなら何とかなるでしょ」

「ああそうだな。もしかしてお前、好きな子いるのかな」


 パパは私の顔を赤くする。そう、できれば藤凪君においしくて栄養のあるご飯を作ってあげたいから。ママに教わって少しだけうまくなった気もするけど、まだまだこれからだよね。


 そのためにも、私は調理師になりたい…………。



「あっいけない!」

「どうしたの!」


 これで十個目の条件を達成したことに気付いた私はあわててスマホを取りに廊下を走り、そしてあわててドアを開けた。



 でも、真っ赤なおじさんはいない。


 ああ、早まったかなあ。


 風が冷たいなあ。



「映子ちょっと……」

「あなた、もしかして映子も……」


 パパとママが何かひそひそ話してる、ああまずいなあ。


「えっと、これはその……」

「前、前、スマホを前へ!早く撮りなさい!」



 そんな挙動不審だった私に向かってママが叫ぶ、ママの言う通りあわててスマホを振りかざしてシャッターを切ると、なぜだか私の家の前を走っている赤いおじさんが映っていた。




「ごめんママ、つい、その……」

「あの赤いおじさん、まだ生きてたのね」

「ええっ!?」


 怒られると思ってたけど、お母さんは私の背中を優しくなでてくれた。背中をなでながら、オレンジジュースをくんでくれた。


「実はね、ママも十一枚の写真を撮ったのよ。あの時はまだレンズ付きフィルムだったけど」

「何それ……」







 レンズ付きフィルムってのが何なのかはわからなかったけど、それでもママも私と同じことをしてたとは思わなかった。口を付けてるのにオレンジジュースなのかリンゴジュースなのかわからないぐらいびっくりな話だ。


「私もいろいろだらしない女でね、パパを射止めるためには何とかしなきゃって」

「今じゃこんなおっさんだけどな」

「あなたも最近だいぶ立派になったわね」



 二十歳のころママはいろいろいい加減で、このままじゃ自立できるか怪しいって言われてたらしい。信じられない話だ。いろいろ真面目できっちりしてて、毎日毎日本当にだらしない私に手を焼いてるママが。


 そこでパパを見てひとめぼれして、その時にあの赤いおじさんの話も聞いたらしい。


「成功率20%とか言われてたけどね、それでも私はちゃんと条件を満たした。そしたらパパを射止められただけじゃなくすべてがうまく行き出してね」

「すごいおじさんだね」


 それからと言う物、早寝早起き人には優しく、そしてどんな事でも進んでやる。そんなカッコいいお母さんができた、って訳かあ…………。




 ってあれ?十一枚?


「言っとくけどな、お礼を言うのを忘れるなよ」


 ああそうかなるほど、そうだよね、うんうん!



 次の日私は工藤君にお礼をすべく、和菓子屋さんに菓子折りってのを作ってもらいに行った。


 これであの先輩の心を射止められるよね…………



 ああそうだ、またあのおじさんの写真を撮らなきゃ!!



 私は和菓子屋の前でスマホを振りかざし、道路でポーズを決めるおじさんの「最後の一枚」を撮った。


 これで十一枚揃ったんだ!


 工藤君、本当にありがとう!




 そして待っててね、藤凪君!!

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思いが通じる5分前 @wizard-T

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