思いが通じる5分前

@wizard-T

思いが通じる5分前(前編)

「ねえ聞いた、工藤君のお話」

「工藤君今度何言ってたの」

「もう、鳥谷ったら本当鈍いんだから」




 私のクラスにいる、工藤八郎君と言う黒縁メガネと学ランがものすごく似合う男の子。


 将来の夢はお菓子メーカーの社員と公言しているぐらい甘党で、そのくせ中肉中背って言うかむしろやせ型の男の子。モテなさそうに見えてなぜか人目を引いてしまうその子の話を、私たち女子はどうしても聞かずにいられなくなる。


 もっとも、私はいつも人づてなんだけれど。




 彼の話はすごい。この前の首が回る人体模型の話はそれこそあまり仲間意識のなかった、どっちかというといじめっ子に類するはずの子がみんな黙ってしまい、それから不思議とみんな仲良くなってしまった。


 こんな子がいるんなら先生も楽だなあとか考えちゃうぐらいには不思議な力を持った子で、男子からも女子からも人気がある。




「それでどんな話だったの」

「絶対に意中の男性を落とす方法だって。真っ赤なスーツに赤いネクタイ、更にブーツも赤と言う中年男性の写真を十一枚集めれば、どんな相手も落とす事ができるらしいって」



 その工藤君が、今度は恋愛話をしたのだと言う。



 って言うか絶対に意中の相手をだなんて、それこそとんでもない話じゃない!


 サッカー部の藤凪君とか藤凪君とか藤凪君とか、それこそ文武両道を地で行くような子を射止められればそれこそ人生バラ色だよね。


「でもそんな人に映子近寄る?」

「そうだね、パーティ会場とかならね」

「まあ映子の場合、いろいろちゃんとしないと危ないけど。って言うかまたハンカチ忘れた訳?」


 でも真っ赤なスーツとネクタイ、ブーツも赤……うーん、実にあやしいおじさんだ。だけどもし、高校一年生にしていきなり運命の相手を射止められる権利を得るとなれば非常に魅力的な話だ。



 とは言え私はいつもだらしがなくて点数は点ギリギリ、目覚ましは2個必要、それで工藤君の大事なお話を聞き遅れちゃうし、それよりまずは勉強かな、うんそうだね。



 とにかく私は、彼女から十一個の条件を教えてもらった。メモメモと……ああいけない、三回も聞き間違っちゃった。ちゃんと漢字の勉強もしないとなあ。







 それで、家に帰った私はまず最初の項目を確認した。

「午前六時以内に三日連続で起きろ」

 なるほどね。朝ダラダラしてると嫌われるからね、女子はちゃんと身だしなみをしなきゃいけないし。藤凪君だってそんな子好きになってくれない。


 で、早起きに必要なのは早寝。となれば、ちゃんと宿題を含め必要な事を済ませなきゃならない。机に向かって、体操もして、ついでにお水を飲んで。


 そして、写真を撮るためのスマホも磨いて。


「最近なんかやけに元気じゃない」

「まあね、ああそれから私が全部配膳するから」

「いい子になったのね」


 お母さんもほめてくれる。ああこれからはもっとお料理も作ってあげたりお掃除もしてあげたりしなきゃいけないかなあ。


 そう思って夜お母さんの代わりにご飯を作ったけど、魚は生焼け煮物は薄すぎ味噌汁も薄すぎって言う、体には良さそうだけど味としてはまずいのができた。



「お父さんごめん」

「何、うまい物は体に悪いは真理だ」

「あなたも甘いんですから」

「もちろんバランスと言う物がある。そのバランスをうまくとれるように先生に教えてもらったらどうだ」



 お父さんは実に正しく私を理解してる。

 この先生はもちろん家庭科の先生じゃなく、お母さんのことだ。



「おっと急にどうした?」

「いやね、ちょっとありがとうと思っただけ」


 お父さんの肩をもんであげた。お仕事のきついせいか、ずいぶん派手にこってる。ああ、私少しでも早くお金を稼がなきゃなあ。もちろんお嫁に行くのも大事だけど。


 それで片付け終わった私がなんとなく外を見ていると、いきなりあのあやしいおじさんが現れた。

 まるでコンサートか何かのようにポーズを決めてるおじさんの姿を確認した私はあわててスマホを振りかざし、写真に収めた。


 うーん、本当に真っ赤だ。スーツ、ネクタイ、靴だけじゃなく、帽子もシャツも赤だ。

 そんな目立つ人なのに、誰も注目していない。一体どうしてなんだろう?




 とにかく一枚撮ったし寝ようかなと思ってメモ帳を開くと、四つ目の条件が目に入った。


「一日最低三十分、一週間トータル五時間は勉強する事。宿題は除く」


 そうだよね、ただでさえ成績が悪いからこれぐらいはしなくちゃね。藤凪君だってバカと付き合いたくはないだろうし。

 えーっと宿題の問題は……そうだ、これをもう一回ぐらいやれば三十分は行くかな……と思ってたら結局一時間かかった。


「あー疲れた、ああいけない!」


 気が付くと時計の針は八時四十五分を指してた。早く寝ないと起きられなくなる!


 そういう訳で私は歯を磨いて、すぐさまベッドの中に入り込んだ。




 それで翌朝、午前五時五十三分に起床。目覚まし時計に大勝利した。実にすがすがしい朝で、目覚ましをセットしていなかったことを忘れそうになるぐらいの朝だ。


 そして宿題をきちんとやって来たおかげか、授業も楽しい。運動の方は元から楽しい、まあサッカー部の子たちと一緒だからだけど。


「しかしみんな静かだな。もちろん素晴らしい事だが」


 先生も相変わらず楽そうにしている。先生が

「雑談は雑談の時間にせよ」

 と言う工藤君から教えてもらった項目のその2を私たちが守っているのを知ってるかどうかはわからないけど、どっちでも別にいい。授業に集中しないと藤凪君に嫌われそうだからね。



 好きな人のためならば、頑張れる気がするから。




 それから半月ほど、私は十個の項目に従って動き回った。


「午前六時以内に三日連続で起きろ」を三日目で達成して写真を撮り、

「雑談は雑談の時間にせよ」の分の写真を一週間後に撮り、

「弱者のために尽くせ」を和菓子屋のおばさんから老人ホームの皆さんのためのお菓子の運び屋を頼まれて引き受けた事で決めて、

「一日最低三十分、一週間トータル五時間は勉強する事。宿題は除く」も毎日一時間やる事で解決し、

「他人の好みを蔑まない」も萌えアニメオタクだって言う男の子(実は藤凪君と同じサッカー部員で、しかもイケメンだったのは驚いたけど)の話を聞いて男の子ってこんなの好きなのかって考える事にして了解した。




 そんなこんなで藤凪君の事を思いながら五つまで来た時、また工藤君が女の子に囲まれていた。

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