期待と心痛
オープンスクールの説明会は視聴覚室で行われる。
昔の名残で残っているだけで授業ではほぼ使われないという認識だったのだが、吉乃が言うには課外活動での使用頻度は中々高いとのことだ。
「私も来るのはオリエンテーション以来の二回目ですけど」
「俺もそうだな。図書室来るときに目につくから場所は覚えてたけど」
「……ああ。西階段を下りてくると、そうなんですね」
吉乃は一瞬怪訝そうに首を傾げたが、校舎の構造を思い出したのか、納得したように頷いた。
そんな彼女に「そういうこと」と頷き返し、辿り着いた視聴覚室前。ドアは解放されていたのでそのまま入ると、すぐ横の受付が目に入る。
「ボランティアに来てくれた方ですね。烏丸さんと……天羽君、でいいですか?」
「はい」
ネクタイの色からして同級生は、まず吉乃、それから響樹へと視線を移し、机上の名簿に目を落とす。二人分のチェックを付け終えた彼女が「席は自由です」と差し出してくれた資料を受け取り、前から三分の一程度の席へ。
「見られてるな、有名人」
「そのままお返ししますよ」
席への移動中に随分と視線を感じたので控えめに囁くと、外行きの微笑みを浮かべたままの吉乃がくすりと笑う。
「流石に吉乃さんには負けるよ」
響樹も一年次の試験や吉乃の恋人であることの影響で、一般学生の身にしては校内で名は知られている。が、顔はそこまで有名ではないと思っている。事実、受付の同級生は恐らく、吉乃の連れであることから響樹だと判断していた。
逆に考えればだからこそ見られていたとも考えられるが、それでも視線の先は吉乃がほとんどだろう。
「勝っても嬉しくないですね、これに限っては」
「まあ、そうだよな」
表情を崩さぬままではあったが、吉乃の苦笑いが伝わってきた。
響樹には一端しかわからないが、どこへ行っても注目を集めてしまう彼女の苦労が偲ばれる。何とかしたくはあるが、これは本当にどうしようもないことなのだ。
「だけど、俺の自慢の彼女だよ」
せめてもと肩を竦めて軽口を叩くと、机の下で腿をつねられた。変わらぬ穏やかな微笑みを浮かべたまま、少しだけ頬に朱色が加わった恋人から。
◇ ◇ ◇
「烏丸さん、少しいいかな?」
説明会が終わってすぐ、響樹たちの元に二人の三年生がやって来た。今声をかけてきた方は流石の響樹でも知っている、生徒会長だ。もう一人の女子も恐らくは生徒会の役員なのだろう。
「先に外出てるな」
流石にナンパではあるまいと判断して吉乃にそう声をかけたのだが、彼女からの返答の前に生徒会長が「いや」と響樹を制した。
「せっかくだから天羽君も一緒に聞いてくれないか、すぐ終わる話だし」
「そういうことでしたら」
隣の吉乃をちらりと窺うと、彼女がこくりと小さく頷いたので、響樹は浮かせかけた腰を再度下ろす。
「先に自己紹介すると僕は川本。一応現生徒会長をやらせてもらってる。こっちは副会長の前島さん」
「流石に知ってます」
副会長の方は知らなかったが、そう伝えると川本は「じゃあ話が早い」と爽やかな笑みを浮かべる。
「簡単に言うと生徒会の勧誘。正確には三年生引退後の新生徒会の方に立候補してくれないか、という話なんだけど」
「なるほど」
「烏丸さんには前に断られちゃってるけど、せっかくこういう場に来てくれたんだし、もう一回頼んでみようと思ってね。もちろん天羽君も。どうかな? この場で返答が欲しい訳じゃなくて、立候補期間まで考えてみてくれればいいから」
人当たりの良い雰囲気でそう言って、川本は一歩後ろの前島に視線を送る。
「これ、生徒会選挙の立候補者用の資料。よければ参考にしてね」
差し出されたA4二枚綴りの資料を受け取り、吉乃と「ありがとうございます」の言葉を重ねる。
「聞きたいことがあればいつでも生徒会室に来てくれていいよ。あ、出ない場合でも断りとかは要らないから、その辺は気にしないで。それじゃあ、邪魔して悪かったね」
「いえ」
会長副会長のペアはそう言って去って行った。まさかの出来事に少しぼーっとしていた響樹がその行方を目で追っていると、吉乃から「帰りましょうか」の声がかかった。
「ああ」と頷き資料を鞄にしまって視聴覚室を後にし、そのまま学校の外に出る。
「生徒会、どうするんだ?」
「どうすると思いますか?」
「不参加だろうなとは思ったよ」
「正解です」
川本から説明を受けていた時の表情からもわかったが、もしも吉乃がその気ならもっと早くに自分から動いているはずだ。
「響樹君はどうするんですか?」
「それこそわかるだろ」
「そうですね」
口元を押さえた吉乃がくすりと笑い、「生徒会長の響樹君も見てみたいですけど」といたずらっぽく首を傾ける。
「仕事自体は大切なことだと思うけど、やりたい人が他にいるんだろうし、中途半端な気持ちで手を出すもんじゃないだろう。当選落選は別にして」
前回の選挙でも役職ごとに複数の立候補者がいた。次回の選挙も恐らくそうなるだろう。
「同感です。声をかけてもらえるのはありがたいですけど、熱意のある方が務めるべきでしょうね」
「……本当にそう思ってるか?」
「思っていますよ?」
「熱意のある、って方じゃなくて、声をかけてもらえるのはありがたい、の方」
きょとんとしながら首を傾げる吉乃に言葉を返すと、ややあってから「……ああ」と彼女は苦笑を浮かべる。
「ついつい建前が出てしまいましたけど、完全な嘘という訳でもないんですよ」
「そうなのか?」
今日の吉乃の雰囲気から何となく感じ取れたものがあったのだが、一歩前に出てから振り向いた彼女は、眉尻を下げながら、それでいてどこか楽しげに笑った。
「こういった頼まれごとや部活の勧誘などは、昔からしばしばあったんですよ。でも私にその気は無なかったので、理由をつけて断ることがほとんどでした」
以前にも生徒会の勧誘があったことは今日聞いたばかりだ。それ以外にも、吉乃の能力を考えれば当たり前だと思えた。
「期待をしてもらえるのは嬉しく思いますけど、だからこそ断るのは少し心が痛んで。なので、響樹君が感じたことは恐らくその通りではありますけど、私の言ったこともまるっきり嘘ではない。といったところです」
「……そういうことか」
「そんな顔をしないでください」
ふふっと笑った吉乃が響樹の頬に手を伸ばし、そっと触れた。
「いいんですよ。響樹君は、そんな私のことを自慢の彼女だと、誇らしく思っていてください」
俯きかけた顔を上げると、「ね?」と吉乃が優しく微笑んでいた。
「わかった……その代わり」
「なんでしょう?」
「そういう話されたら、俺にも教えてくれよ」
「……独占欲が強いんですから」
「知らなかったか?」
「誰よりも知っていますよ」
いじっぱりでさみしがりな彼女が完全無欠の美少女であり続ける理由 水棲虫 @suisei64
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