Cas.8 誰ですかー!

「新宿の森からこんにちはー、アシルシアでーす」


 金髪碧眼の美少女ライバー、アシルシアは今日も高校から帰ってくるとすぐにPCを起動した。繋いだ魔導カメラでYoutubeへの顔出し配信を開始する。


「何度か話してきたこの子、ロック鳥を我が家で飼うことにしました! この放送で名前を決めたいと思いまーす、なんか良い案あったらコメントしてねー」


 アシルシアの肩には顔より大きな鳥が乗っており、落ち着いたキリッとした表情でカメラを見据えていた。

 こいつはこの前レチャンが屋上で打ち漏らしたロック鳥だ。あれから屋上に上がるたびに飛んでくるので、弁当を分けてやったりボールで遊んだりしているうちにすっかり懐いてしまった。ペットがいると配信のネタが増えるという打算もあったりして、アシルシアの家で飼うことに決めたのだ。

 これでなかなか頭もよく、アシルシアの家からレチャンの家までクッキーの袋を咥えて届けてくれたりする。鳥なのに食べてしまったりしない、すごくえらい。今もきちんと手加減して肩にとまっているので、鉤爪が食い込んで痛くなることもない。


「ロック、ローグー、ローギー、ギロー……皆、ロック鳥っていうところからスタートしすぎじゃない? なんか名前がゴツゴツしてるなー。鳥だしそれでいいのかなー?」


 リスナーたちが投げてくる名前案を適当に拾っていく。

 少なくとも人名なら、長音や濁音を名前に使うことはあまりない。間延びして締まらなかったり、ガラガラと声が枯れたりしているような印象になってしまうからだ。しかし人間ではなく鳥なら、愛らしかったり強そうだったりして別にいいのかもしれない。


「ローク・バード、ロギー・ドバ、ローグノ・バド……いやいや、ユニコーンの名前とかならいいかもだけど! それはちょっと名前負け?」


 わざわざ名前を二つに分ける……つまり、名字と名前があるのはユニコーンくらいのものだろう。ユニコーンは血統が重要だからそうやって血筋をきちんと示す文化があるらしいが、それ以外の名前は一単語でいい。無駄に複雑でもわかりづらいだけだ。


「んー、あんまピンと来ませんなー。レチャンにも聞いとくよ。通話? どうだろ、最近レチャン忙しいからなー。ほら、最近は魔導士目指して勉強してるし邪魔しちゃ悪いよねー。それよりゲームしよゲーム」


 アシルシアは立ち上がり、背景に青い布を下ろした。

 最近スパチャで買った、クロマキー合成用のシートだ。これを使うと青い部分だけが透過して、ゲーム画面とアシルシアの顔をいい感じに重ねて配信することが出来る。世の中、うまいシステムを考える人がいるものだ。


「そうそう、結局回線も変えたんだー。皆が進めてくれた魔導回線、かなりいい感じです。なんか2ツルくらいの通信容量? ……があるらしいよ。快適快適、ありがとねー」


 スパチャに感謝すると、感謝に感謝するスパチャが立て続けに入る、3ゴールドと200シルバー也。ちょろい。


「さーて、今日もやっていきましょうか!」


 最近、ライバー界隈ではFall Guysとかいうゲームが流行っている。コロコロした可愛いキャラクターを操作して大勢のプレイヤーの間で勝ち抜いていくのだ。とにかくルールが単純なので見ていて楽しく、ステージが色々あるおかげで飽きない。


「あー落ちた! いや、まだいけそう! ギリギリセーフだねー」


 しばらく勝ち進んでいくとサッカーステージに来た。全プレイヤーが赤チームと青チームに分かれてお互いのゴールにボールを入れ合うのだ。

 プレイヤーたちは自チームの色に色分けされる。元々どのプレイヤーも見た目がかなり似ているので、色を分けないととても見分けが付かない。


「あれ、どっち? こっちの丸っこいのが私か、あはは」


 逆に、同じチームに配置されたキャラクターは同じ色で見分けづらい。プレイヤー同士が同じ場所に密集してしまうと、自分の操作キャラクターを見失ってしまうことがたまにある。

 もっとも、そんなグダグダ感もリスナーは楽しんでくれているので美味しいと言えば美味しい。


「同じキャラでも、ちょっと違う色を付けたら別人みたいになるものよねー」


 そう口に出した瞬間、アシルシアは閃いた!

 これは今すぐレチャンに話さねば。「トイレ!」と叫んで配信を中断し、すぐにLINEで通話をかける。


「レーチャーン! すごいこと考えたー!」

「なんだ。私は勉強しているのだが」

「最近配信もマンネリだしさ、私が二人になって配信したら面白くない?」

「落ち着け、意味不明だ。もうちょっとわかりやすく喋ってくれ」

「だからさ、今は普通にWebカメラで私を……アシルシアを配信してるだけでしょ? そうじゃなくて、私に似てるけどちょっと違うキャラクターを3Dモデルとかで2人作って、日によって交互に配信するわけ! 毎日新鮮だし、色々設定を盛れるから面白いよー」

「なるほど、バーチャルなキャラクターとして配信するわけだ。それなら少し違う世界から来たことにしたらどうだ。せっかくやるならそのくらいインパクトがあった方がいいだろう」

「さすがレチャン、採用! 名前はどうしよう? 実は私っていうのは名前で分かった方がいいよねー」

「そうだな、少しもじるくらいがいい。ただ、ちょっと変な名前にした方が記憶に残りそうではあるな」

「えーと、じゃあね、アシルシアって名前をユニコーンみたいに分けてさ、一人はアシ・ルシア……を……伸ばしたり濁らせたりして逆にして、ルーシア・アージュでどうかな。もう一人はもうちょっと単純でいいな。アシル・シアで……足流慈亜! うわー、ワクワクしてきた! いつか本当に別々になっちゃったりして?」

「まさか、設定だけの話だろう。リアルにならないのがバーチャルの定義みたいなものだよ」

「いやいや、わからないよ? バーチャルだけど、バーチャルじゃない!」


(完)

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Vだけど、Vじゃない! LW @LWdec

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