Cas.7 似てますよねー!

「皆さん、エルフは耳が二つしかないと思ってませんか? 猫耳が無い分だけ人耳が尖ってるっていうのが一般常識みたいですけど、最新の研究では退化した猫耳があるらしいんですよね。小さいですけど、実は!」


 ルーシアが「人間とエルフって実は結構似てる説」を会話に織り交ぜ始めてから一月ほどが経った。やっていることは単純だ。ルーシアが持つ人間に関する見解をエルフに近付けつつ、人間が持つエルフに関する見解も人間に近付ける。

 そう思って喋り続けているつもりなのだが、イマイチ上手くいっていない。なんだかどうしても、思い返してみると当たり前のことばかり言ってしまうのだ。アーカイブを再生すると、ルーシアは「人間も結構狩りとかしますよね?」「人間も弓とかよく使いますよね?」などと連呼している。


「そりゃまあ、弓を持ってない人間なんていないよね。都会暮らしだとユニコーンを狩る機会なんてそうそうないけど、マイ弓を持ち歩いてないのってちょっと変な人じゃん。なんでアーカイブ見てもルーシアちゃんって当たり前のことしか言ってないんだろう? 私のトーク力落ちてる?」

「いや、私たちの仮説が正しければ、配信した時点では人間は弓を持ち歩いていなかったはずだよ」

「まさかー。昨日は手ぶらで街歩いてたってこと? ゴブリンが急襲してきたらどうするのさ」

「多分、昨日まではゴブリンなんていなかったんだ。一週間前かもしれないが」

「うーん、夢のある話ではあるけどね。やっぱ色々やったところで、別に何一つ変わってないよねー」


 放課後、慈亜と礼衣は屋上に昇って手すりに寄りかかっていた。

 慈亜は夕暮れ時の新宿を見渡す。立ち並ぶ高層ビルをうっそうと茂る森が覆い、どの屋上にも数メートルはある大きな鳥が飛び交っている。

 街角では街灯がポツポツとともり始めた。一つだけ点滅しているのは、きっと充填された魔力が不足し始めているのだろう。しかし通りがかった老人がそれに手をかざした瞬間、ボッと輝きを取り戻す。あの爺さん、なかなかの使い手と見た。

 どれもこれも見飽きた光景だ。慈亜と礼衣が高校に入った頃から140年生になった今まで、新宿はずっとこんな感じだ。


「そもそも、前からエルフ世界と人間世界の違いなんて、そう大したことなかったじゃない? ファンタジーとしては結構リアル寄りのジャンルだよねえ」

「認識が書き換えられた結果、似た世界になったという可能性はある。それを実証する手段は無いがね」

「理屈としてはわかるけどねー。とはいっても、なんかあんま上手くいってる感じしないのは萎えてくるわけさ。一応始めたからにはVtuberやってる限りは続けようと思うけどー」


 空から一際大きな鳥が現れる。やたら嘴がでかい。

 礼衣が背中の矢筒から矢を取り出してマイ弓を射った。しかし、それは飛距離以前に全然違う方角に向かって飛んでいく。

 あまりにも下手すぎる射撃をした割に、礼衣は一仕事やりきった風の真面目な顔で慈亜へと向き直った。


「これを始めたときは思い付かなかったが、考えないといけないことが一つあるんだ」

「なにさ、改まって」

「仮に、今まさに現実世界とエルフ世界が同化しつつあるとしよう。本当にそんなことが起きているわけはないから、いつもと同じ思考実験でしかないが」

「別にいいよ。礼衣とそういう話するの結構楽しいからねー」

「配信を媒介にして一致していくのは、基本的には世界の設定に過ぎない。もし人間の世界がエルフの世界になったところで、『指輪物語』の登場人物……例えばレゴラスがいきなり街中に現れるわけじゃない」

「うむ。指輪物語ファンには悪いけどね」

「だが、例外が一人だけいるんだ。いや、二人か」

「誰?」

「慈亜とルーシアだよ」

「なんで?」

「この二人だけは現実世界とエルフ世界に跨って存在しているからだ。お互いにお互いの世界を巻き込んで書き換えながら、世界と同じように彼女たち自身も少しずつ近付いていくはず。だとしたら、現実世界とエルフ世界が一致したとき、慈亜とルーシアもきっと一致するだろう。そのとき君はいったい誰なんだ?」


 屋上に突風が吹いた。慈亜の長い金髪が揺れる。礼衣が射り損ねた巨大な鳥が、仕返しとばかりにバカでかい翼で扇いできているのだ。


「誰って言ってもなー。もともと、私とルーシアちゃんって結構似てるしね。あんまり見た目が違うのも変かなと思って、最初にそういう風に設定しただけなんだけど。二人とも金髪碧眼の美少女だし、体型もスマートだし、性格も明るいし。私がルーシアちゃんになっても意外と気付かなかったりして?」

「自分で言うなよ」

「ちょっとくらいナルシストじゃなかったら配信なんてやらないって!」

「確かに」

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