Cas.6 考えましょーう!

「なんか、根本的にどうしようもない気がしてきたんだけど!」

「そうだな、私もそう思う。決定的な証拠を掴むことは原理的にできない」

「だよねー」


 今日の慈亜と礼衣はスターバックスで珈琲を啜っていた。かなり校則が緩い地域なので、下校中にそのまま色々なお店に寄れるのは非常にありがたい。


「少し整理してみよう。今の目標は、ルーシアが慈亜を創造したという証拠、もしくはルーシアは慈亜を創造したのではないという証拠を掴むことだ。そこまではいいな?」

「いいよ。どっちかというと、ルーシアちゃんが私を作った説の方が夢がある感じするけど」

「そうだな。そして検証に使えるのは配信だ。ルーシアが現れるのは配信中だけだからな」

「でもルーシアって、結局私のことじゃん?」

「そこが難しい。配信中に慈亜が発する言葉は、同時にルーシアが発する言葉でもある。それを利用して慈亜がルーシアに何か決定的な証拠になることを言わせる。多分これはそういうゲームだと思う」

「言わせるも何も、言おうと思えば何だって言えちゃうよ? 3日前なんて『実はエルフが人間世界を創造したんです』って言っちゃったし。これ以上のネタばらしってなくない?」

「そう、何でも言えてしまうことが問題なんだ。問題は発言そのものではないはずだ。発言が何らかの影響を及ぼし、かつ、それを我々が観測するところまで来て初めて証拠らしきものが生まれてくる」

「なるほど?」

「だが私が思うに、私たちが出来ることはもう何もないよ。発言がそういう設定として矛盾なく処理できてしまうなら何の影響も及ぼさないし、かといって、もし本当に設定を書き換える影響を及ぼしたとしても、我々はそれを観測できないからだ」

「ちょっとよくわかんなかった。もう一回言って」

「例えば、慈亜がルーシアとして発した人間の設定がこの世界と矛盾していたとしよう。そうなると言葉は新設定としてこの世界を書き換える。しかし、慈亜はそれに気付くことができない。世界の設定が変更されるというのは、定義上、その世界にいる人はそれに気付けないことが含まれるからだ」

「それは昨日も言ったよね」

「しかし一方で、ルーシアとして発した言葉がこの現実と矛盾をきたさない場合は最初から特に何も起きない。『実はエルフの世界が人間世界を設定した』という発言自体がそれに当たる」

「どっちもダメってこと?」

「そうだ。慈亜がルーシアとして言葉を発すること、つまり配信することが何か意味のある結果をもたらすこと自体が考えられない。しかし慈亜とルーシアの接点は配信中にしかない」

「詰んでない?」

「詰んでる。このあたりがこの思考実験の終着点だと思うよ。私はね」

「えー、もうちょっとなんか出来そうな気がするんだけどなー。影響に気付くとか気付かないとかいうのが無理なのはわかったけど、もっと別の感じにできないかな? 気付かなくてもいいから、なんかこう、なんか」

「そういうのは慈亜の方が得意だ。私は前提の決まった議論を詰めることは得意だが、前提自体を考えることにかけては慈亜に敵わない。今回の件だって、元はと言えば慈亜の思い付きでスタートしたんだ」

「照れますなあ」


 と言ったところで、特に何か天啓が降りてくるわけでもない。

 腐葉土味のフラペチーノをズゾゾゾゾと啜りつつ、スタバのやたら小さいテーブルに置かれたauショップの袋を見る。昨日の配信中にした電話からの流れで、さっき一緒にマジカルフォンを見るためにauに寄ってきたのだ。

 本来は慈亜のマジホを買い替えようという話だったのだが、礼衣の方が新機種をいたく気に入ってその場で機種変してしまった。魔力の濃い方角を探知するレーダーまで搭載されていることが礼衣の心を掴んだようだった。


「そういえば、ルーシアちゃんもマジホを持ってる設定だったっけ。人間とエルフはお互いにファンタジーとか言いつつ、魔法を使ってることは同じなんだよねー。テクノロジーってやつ? たぶんマジホの動作原理は同じだし、魔法法則とかも同じなんだよね」

「世界の基本的な体系から全く別のものを考えるのは多分かなり難しいんだろう。そこはどんな世界でも同じにしておいた方が楽というか、単なる想像力の貧困さのような気はするが」

「んーでも、魔法じゃない世界のファンタジーも全然あるよね? ほら、この前一緒に見た、なんかビリビリするアニメなんだっけ?」

「攻殻機動隊。確かにサイバーパンクな世界観では、魔法の代わりに電気みたいなファンタジックなテクノロジーが使われることもあるな。そう思うと、人間の世界とエルフの世界には同じことも違うこともあるというのはなおさら当たり前の話だが……」

「いや、それだよ!」


 慈亜は大声を上げた。天啓来たる。


「何を目指すのかわかった!」

「落ち着け」

「結局、私たちが欲しいのは変化なわけだよね? ルーシアちゃんに何かを言わせて、それで何かが変わるっていう」

「ああ、そうだ。だが設定が変わるということは、事象と認識が同時に変わるということだ。だから原理的にそれを把握することはできない」

「それは昨日から今日への変化だからダメなんだよ。それじゃ何もわからない。変化っていうのは比べる対象が二つあれば何でもいいんだ。日付じゃなくて世界でいいじゃん」

「どういうことだ」

「人間世界とエルフ世界を比べればいいんだよ。これは例えばの話だけど、昨日より前は私たちの世界は電気を使ってる世界だったのかもしれない。それが今日からは魔力を使う世界に変わったんだとするよ。昨日と今日を比べてもその違いはわからない。でも、人間世界とエルフ世界を比べると、電気と魔法っていう違いが、魔法と魔法っていう同じに変わる! 私たちの世界はエルフの世界に近付いたことになるよね?」

「だが、それでも私たちがその変化を観測できないことは結局変わりないんじゃないか。私たちには、二つの世界の類似度が変化したことを知るすべはない。その認識も同時に上書きされるからだ。現に私たちはずっと昔からエルフも人間も魔法を使ってきたと思っているし、それ以外の世界があったとは考えられない」

「でもさ、昨日と今日の違いはわからなくても、今まさに人間世界とエルフ世界の間に違いがあることはわかるよね?」

「なるほど、私にもようやくわかってきた。時間的な差異ではなく、空間的な差異に注目するわけか」

「人間世界とエルフ世界を一致させる方向に修正することは確実にできるはずなんだよね。つまり、私がルーシアとして配信しながら、二つの世界をとにかく似せる方向に発言していく。その作業がどれだけ進んでるかはわからないけど、間違いなく進めることはできるはず。どうせ変わったのかどうかわからないなら、そっちの方が楽しくない?」

「なるほど。確かに行き当たりばったりに認識できない書き換えを繰り返すよりはマシかもしれないな。それを無限回繰り返せば、最終的に私たちの世界とエルフの世界は一致するはずだ。質的な変化ではなく量的な変化にするわけだ。AをBにするのではなく2を1にする」

「それは何言ってるのかわからないけど、これでやってみようぜ!」

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