Cas.5 仲良しでーす!

「さーて、どうしよっかにゃー」


 慈亜はPCの前に座って大きく伸びをした。

 どうというのは、もちろんルーシアのことだ。本当にルーシアが慈亜を、エルフが人間を創造したということは有り得るのだろうか?

 もちろん、これがただの思考実験でしかないことはわかっている。「もしもルーシアが慈亜を作ったら」なんて、「もしも人間に耳が二つしかなかったら」と同レベルの空想でしかない。子供のごっこ遊びだ。

 礼衣だって、それこそファンタジーとして面白いと思って付き合ってくれているだけ。本当にそんなことを思っていたらかなり打点の高い狂人になってしまう。


「でもこれ、考え出すと結構面白いんだよなー」


 人間がエルフを、慈亜がルーシアを創造したのではなく、エルフが人間を、ルーシアが慈亜を創造したのだと証明することは果たして可能だろうか。「エルフは人間を創造していない」という証明でも構わない。

 いずれにせよ、「どちらとも言えない」状態からは脱して、どちらかに結論を出したいものだ。


「ま、とりあえず配信しますかねー」


 ゴチャゴチャ考えるのは慈亜のスタイルではない。とりあえずやっているうちに何かわかることもあるだろう。

 配信ソフトの起動を待っている間に、慈亜はAmazonから届いた段ボールを開封する。滑らかな黒髪の上からおニューのヘッドフォンを装着した。人耳を覆う二つのスピーカーを結ぶ橋の部分が後頭部を通るようになっており、猫耳を圧迫しない。


「おー、これかなりいいねー。今日の配信はスパチャ感謝から始めよーっと」


 配信を始める前に、イラスト用固定タグ「#ルーシアート」でTwitterを検索する。昨日から2件新しいファンアートが上がっていた。pixivでは34件ものイラストが上がっている。絵のクオリティはピンキリだが、もちろんどれもすごく嬉しい。

 もし仮にルーシアちゃんが慈亜を創造したのだとすれば、エルフの世界では「#慈アート」みたいなタグで慈亜のファンイラストが流通しているのかもしれないな、などと馬鹿みたいなことを考えながら配信開始ボタンを押す。


「エルフの村からこんにちはー! 今日はねー、新しいヘッドフォンを使ってるんだー、そうそう、魔導ヘッドフォンだから配信では見えないけど、すごく便利です! 皆のスパチャのおかげだよ、ありがとー」


 スパチャにお礼を言ったことでまたスパチャが入った。ちょろい。無限ループ!


「ちょっと聞いてよみんなー、私ってエルフなんだけどさ、実はお爺さんのお父さんが獣人だったらしいんだよね。ちょっとだけ獣の血が入ってるっていうか、あーあと、ドラゴンの血も5%くらい混ざってるらしくてー」


 今回もその場で思いついたことを適当に吹っ掛けてみる。

 「エルフである」というルーシアのアイデンティティを揺るがす発言をしてみるのだ。慈亜はルーシアの創造主なのだから、これでルーシアの設定が僅かに変更されることになる。

 コメントでは「何それw」「かっこいい」「エルフも一枚岩ではないからな」などとコメントが流れてくる。いつも連打されているエルフっぽい帽子を被った人の絵文字に混じって、犬やドラゴンの絵文字もある。


「そーそー、エルフにも結構色々あるんだよねー。ハーフとかクォーターとか?」


 そう言いながら、慈亜はこの思い付きにはあまり手ごたえがないことを感じていた。もしルーシアが獣人だったところで、単に「エルフと獣人の混合文化では人間というファンタジー種族がある」ということになるだけだ。

 ルーシアの細かい設定は、創造とか被造にはあまり関係がない。最初からそうだったということになるだけ。昨日、人間の耳の数が変わっても気付けないというのと同じ論法だ。いや、人間の設定変更とエルフの設定変更は同時に起こるのか?


「うーん……?」


 慈亜は考える。

 たぶん、答えは「イエス」だ。つまり、慈亜の設定変更とルーシアの設定変更は同時に起こり得る。どちらかがどちらかの創造主という優劣の関係ではなく、お互いにお互いの創造主だとしても特に矛盾はしない。

 慈亜はルーシアの設定を変更する権利を持ち、ルーシアは慈亜の設定を変更する権利を持つ。そして相手の発言で変わった部分を、お互いに「最初からそうだった」と認識するのだ。


「まあいーや! 今日はゲームでもしようと思いまーす!」


 慈亜はゲームバーから適当なオンラインゲームを起動した。無料アプリなので起動時にはしばらく広告が表示される。

 今日の広告はネット回線の宣伝だった。最大何ギガだとか、即日契約だとか。

 この広告の時間も、それはそれでリスナーと「ここは結構良かった」とか「これ電波弱いよ」とか適当なことを言い合うコミュニケーションタイムになって暇にならないのが配信の良いところだ。


「じゃ、やっていきましょうかー」


 慈亜はお気に入りのヒーローを選んでゲームを開始する。

 このゲームも、ルーシアがやっていると考えても特に矛盾しない。エルフ世界にもオンラインゲーム技術くらいはあってもおかしくない。

 いや、結構おかしい気もするが、「マジカルフォン」があることになっている手前、通信環境くらい整備されていてもおかしくないだろう。電波通信の代わりに魔力通信とかを使っているのかもしれない。


「あーちょっと! 今当たったと思ったんだけど! 見てた? 当たったよね? あはは、ゾンビかよーって」


 何だかんだでゲーム実況は楽だし盛り上がる。今日は少しラグが激しいが、それはそれで慈亜のキャラが変な挙動をするのをリスナーが笑ってくれたり、回線から来る逆境を応援してくれたりする。アクシデントは配信の華だ。

 ちょろちょろとプレイを続け、ランクを3つほど上げた頃にスマホに着信が入った。それが礼衣からであることを確認して電話を取った。


「あーもしもし、れーちゃん? あーそうそう、回線の調子があんまよくないねー、魔法回線がね」


 マイクは入れたままなので、礼衣との会話も普通に配信される。リスナーにとっては礼衣は「れーちゃん」であり、それは礼衣も了解している。礼衣との電話は一つのコンテンツでもあった。


「そういえば、さっきは回線の広告見たね、なんか情報収集とかされてるのかな? ちょっと気持ちわるー。どうせならマジカルフォンも買い換えたいけど、どうしようかな」


 もちろん「魔法回線」というのはネット回線のことだし、「マジカルフォン」というのはスマートフォンのことだ。配信している手前、適当にエルフっぽい単語に置き換えて喋っているだけだ。礼衣は全て察して合わせてくれるので普通に会話が成り立つし、リスナーも面白がって聞いてくれる。


「ほいほーい。明日学校で魔法回線のプラン教えてよ。じゃねー」


 電話を切る頃には、気付けばかなりのスパチャが入っていた。リスナーには「れーちゃん固定ファン」みたいな層が一定数いて、れーちゃんからの着信が入ると無条件でスパチャをする。「れーちゃん」との通話中に入ったスパチャ代は、そのままペイペイで送るなりプレゼントを買うなりして礼衣にきちんと還元している。

 そういえば、この電話もルーシアのものだったとしても特に何も矛盾しない。もちろんルーシアにとっては礼衣は本当にハイエルフのれーちゃんということになる。れーちゃんがハイエルフというのも慈亜が3秒で考えた設定のはずだが、そういえばハイエルフの「ハイ」ってなんだ? ハイテンション?

 そんなことをゴチャゴチャ考えながらプレイしていると、不思議といつもより連勝しまくってしまった。配信が盛り上がっているのはいいことだ。昨日に引き続き、今日も少し夜更かししよう。


「げ、また広告が」


 ゲームを長く起動していたからか、二度目の広告が表示された。今度は長時間プレイを受けてか、コアゲーマー用の特別プランなるものが提示されている。確かに、さっきよりも少し高い代わりにコスパ自体は相当良くなっているようだ。


「へー、月々最大3ギル。この量で5000円ってかなり安くない?」


 慈亜は回線にはそこまで詳しくないので、リスナーに聞いてみた。

 すぐに「ちょっと前なら安かった」「今は100マグを100円で買える時代」「このプランなら闇回線にオプション付けた方が」などと次々にコメントが流れてくる。Vtuberを見ているオタクたちは技術的な話題には強いものだ。


「そうなんだ、ありがとー。やっぱゲームの妨害して広告出してくるような通信会社は信じたらあかんな―。わかってんのかいって、そのくらい私にもわかるよ。ギルとかマグとかいうのは魔力通信に必要な魔力の単位でー、えーとたしか、1ギルで1200マグだったよね?」


 実は細かい数値まではよくわかっていないので、別窓でGoogle検索しながら答えているのだが。

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