Cas.4 わかりませーん!

「昨日の配信どうだったー?」

「エルフの側から設定の変更を試みるというのは面白かったが、人間が空を飛んだり波動を出したりするというのは無理がある気がするな。それを認めると、今の人間文明と整合が取れなくなりそうだ」

「そんなもんかな。どうせ上手くいかなかったけど、まあ、上手くいっても困るんだけど」

「いや……どうだろう。そもそも、もし仮に改変が上手くいったとして、それが上手くいったということが私たちにわかるのだろうか?」

「あ、それ私も思った。ちょっと30秒黙ってて、私に説明させて」

「どうぞ」

「えーと、つまりさ、仮に人間がエルフの想像の産物だとして、エルフが人間の設定を変えたとしても、私たちはそれに気付けないはずなんだよね。だって、初めからそういう設定だったことになるわけだから。もし人間が空を飛べる設定に変わったとしても、『空が飛べるようになってる! 設定が変わった!』なんて思うはずないんだ。『昔からずっと空くらい飛べたけど、何か?』でしょ」

「正解」


 今は体育の時間だ。慈亜と礼衣は体育館でキャッチボールをしながら雑談に興じていた。

 慈亜が投げたボールを礼衣が受け損ね、頭に思い切り当たった。ゴムボールだから痛くはないはずだが、礼衣は自分の猫耳を大事そうに擦る。礼衣の猫耳は慈亜のものよりもシュッとしていてシャープだ。

 見た目通り運動神経が良い慈亜とは違って、礼衣の運動神経はあまり良くない。というか、絶望的だ。長身でクールな見た目の癖に、よく何もない場所で転んだりする。


「うーん……じゃあさ、配信中には絶対に嘘の設定しか言わないっていうのはどう? 『人間は指が六本ある』とか、『人間は耳が真っ青』とか、『人間は膝が三個ある』とか適当に言いまくって、あとで配信を見直してみる。後から見て『当たり前じゃん』ってことを言ってたら、それが改変された部分ってことになる!」

「冴えてるな。だが、それは恐らく上手くいかないと思う」

「なんでよ」

「私たちがそうしようと決めた記憶も書き換わる可能性があるからだ」

「えー、そんなのズルくない? そんなこと認めたら何もできないじゃん」

「だが、根底から設定が変わるというのはそういうことのはずだ。例えばの話だが、仮に昨日の放送までは人間の耳が二つしかない世界だったとしよう」

「本当はずっと四つだけどね」

「そう、少なくとも今の私たちから見て、人間の耳は四つあることが常識だ。そのとき、人間の耳が二つしかないことを前提にして行われた会話の記憶が保持されていることが有り得るだろうか? 恐らく有り得ない。そのこと自体を忘れるか、冗談で言っていたことになるか」

「紙とかに書き留めておくのは? 『明日の私へ。人間の耳は本当は二つです』っていうメモを残しておくんだよ」

「変わらないさ。世界の設定それ自体が書き換わるなら、記憶だけではなく記録が保持される理由もないはずだ。メモの文章自体が書き換わるかもしれないし、メモはフィクション小説として書いたことになっているかもしれない」

「それはちょっと面白いけどね」


 そう言いながら慈亜が投げたボールを礼衣がまたしても受け取り損ね、派手に後ろに転んだ。本当に漫画みたいな動きをする。慈亜は駆け寄って倒れた礼衣の手を取る。


「どうせもうすぐチャイム鳴るし、こんくらいにしとこっか。終わり終わり。あー、お腹空いたー。今日もお弁当ちょっと分けてよ。私のサンドイッチあげるからさー」

「構わないよ」

「今日のお弁当なに?」

「富士山麓の土。昨日旅行から帰ってきた姉さんがお土産に持ってきた」

「あーあれ、美味しいよねー。私も好きー」

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