Cas.3 教えてくださーい!

「今日のお弁当はユニコーンの唐揚げでしたー。一個れーちゃんに取られちゃったけど」


 帰宅してすぐに慈亜は日課の雑談配信を開始した。今日も学校であったことを脚色して、それっぽい話を適当に喋る。

 礼衣との会話を思い出してみるが、「エルフが人間を作ったのかもしれない」とか、「ルーシアが慈亜を作ったのかもしれない」というのがどういうことなのかイマイチよくわからない。

 慈亜とルーシアが接触できるとはいっても、慈亜はルーシアと面と向かって喋れるわけではないのだ。設定としては別人かもしれないが、こうして配信している限りは慈亜とルーシアは同一人物だ。


「ところでさー、人間さんって頭に猫耳が生えてるんじゃなかったっけ?」


 ふと、思い付いた話を吹っ掛けてみた。何故そんなことを言ったのかは慈亜にもよくわからない。

 慈亜はとりあえず言ってみてそれから考える人間だ。礼衣は椅子に座って考えるタイプだが、慈亜は走りながら考えるタイプなのだ。思い付いたことを喋っているうちに解決策が思い浮かぶことはよくあるし、今はそれっぽい話を続けるに限る。


「こう、ぴょこって、猫さんみたいにさ。え? ない? おかしいなー」


 更にそう言って初めて、慈亜は自分の作戦がわかった。

 もしエルフが人間を創造したのだとすれば、エルフ側が持っている人間の設定が正しいことになる。つまり、エルフが「人間には猫耳が生えている」と考えているとすれば、人間には猫耳が生えることになるのだ。この発言によって慈亜に猫耳が生えたとすれば、人間の世界はエルフの産物ということになるはず。

 しかし、リスナーからは「どっから聞いたんだよww」「何だその謎知識は」などと流れてくるだけだ。昨日の発言をネタにして、あえて間違ったことを言ってみていると認識されているようだ。


「あれー違ったっけ? 人間さんって難しいねー、あはは」


 思ったよりリスナーが面白がってくれているのはありがたいが、真に受ける人はいない。何というか、これで人間の設定が一変するというような感じは全然しない。

 まあ、そりゃそうか。例えば、慈亜が突然「エルフって指が十本あるんですよ」などと言ったところで、それが共通見解になるわけがない。ファンタジーの常識にはそれなりの説得力が必要だ。一人がゴリ押ししたところで成立しない。


「あれ、じゃあ土を食べたり、空を飛んだり、手から波動を出したりもしない?」


 ダメ押しでもうちょっと適当な設定を投げてみるが、状況は変わらない。リスナーは面白がってくれている。しかし、何も起きない。

 どうしたものか。ルーシアがエルフ世界の代表者だとすれば、慈亜の発言がエルフたちの共通見解を創造できる立場にいるのは間違いない。

 たぶん、今足りないのは証拠だ。「エルフ世界では人間には猫耳が生えていることになっている」という証拠を、エルフ側が用意できればいいのだ。何か手はあるはずだ。慈亜の発言はルーシアの発言でもあるのだから。更なるデタラメを次々に飛ばしながら、慈亜は頭を巡らせる。


「お!」


 思い付いた! 手元のスマホで礼衣に向けてLINEを飛ばす。


『今ルーシアちゃんの配信見てる?』

『見てる』

『ちょっと作ってほしい画像があって』


 慈亜が軽く説明すると、礼衣からは「了解した」とだけ返ってきた。

 一枚の画像と共に再びLINEが返ってきたのは、それから15分ほど経過した頃だった。さすが礼衣、仕事が早い。慈亜は早速それを配信画面に貼り付ける。


「そういえば、最近エルフ界でもSNS的なものが流行ってるんだよねー。スマートフォンじゃなくて、そう、マジカルフォンが普及しててさー」


 画面にはSNSスクショ風の画像が大写しになった。Twitterの画面をベースに、緑っぽい背景に草っぽい模様を付けて何となくエルフ感を出している。

 そこには「人間さん」のイラストが何枚も投稿されていた。慈亜たち人間がエルフのイラストを描くのなら、エルフが人間のイラストを描いてもおかしくはないはずだ。偽造SNSに載っているイラストはどれも礼衣が即興で描いたもので、決してうまくはない。棒人間がちょっと豪華になったくらいのものだ。

 だが、慈亜が説明した特徴をよく捉えてはいる。頭にはきちんと猫耳が付いているし、食べている茶色い塊はパンではなくて土なのだろう。


「これこれ、これがエルフの皆が描いた人間さんたち。人間って言うと、やっぱりこういう感じだよねー」


 このスクショは「エルフワールドでは人間には猫耳が生えていることになっている」という証拠になるはずだ。証拠がないなら捏造してしまえばいい。なにせ、人間の世界にアクセスできるエルフはルーシアしかいないのだ。ルーシアが証拠を提示して「エルフ界隈ではそういうことになっている」と言ってしまえば、それはエルフの共通見解になり得る。

 「猫耳www」「ヘタウマ笑」「これルーシアちゃんが描いたの?」「エルフの神絵師に描いて頂けて光栄です」などと面白がるコメントが爆速で流れてくる。確かに、やたらカラフルで下手くそな絵と、地味にクオリティの高いSNS風画面というギャップは慈亜から見ても結構面白い。

 ただ、起きることはそれだけだ。皆で面白がる以上に何が起こるわけでもない。大きな衝撃を受けているリスナーなどいるはずもなかった。

 まあ、それはそうだ。冷静に考えれば、これはちょっとしたごっこ遊びみたいなものだ。慈亜だって礼衣だって、別に本気で世界が変わると思っているわけじゃない。


「あはは、皆ありがとー」


 結局、当初の目的は果たされなかったが、「人間の知識がグダグダなエルフ」というキャラクターがかなりウケることがわかったのは収穫だ。

 新しく掴んだそのキャラをベースに、また他愛もない雑談に戻る。その日の放送はいつもより盛り上がり、気付けば日付が変わっていた。


「明日もエルフの学校に行くから、それじゃお休み! エルフも夜更かしはお肌の大敵だからねー」


 慈亜はヘッドホンを外し、側頭部から生える猫耳を軽く撫でた。慈亜の猫耳は平均より少し大きいので、放送に熱中しているとズレたヘッドホンに圧迫されて少し痛くなることがある。

 そういえば、最近SONYから猫耳に優しいヘッドホンが出ていたのだった。今日稼いだスパチャでそちらに買い替えよう。スパチャは放送機材に投資するとリスナーは喜んでくれることが多い。

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