Cas.2 うちの子ですけどー!

「ってことにしたんだけどさー、これってどういうことなんだろ?」

「私も昨日の配信は見ていたよ。珍しく面白いことを言うな、と思った」

「あれ、今ちょっと酷いこと言った?」


 翌日、昼休み。高校の屋上にて。

 れーちゃんこと、礼衣れいと一緒に慈亜はご飯を食べていた。配信では「れーちゃん」というハイエルフがルーシアの親友ということになっているが、実際に礼衣と慈亜は小学校以来の親友だ。


「『エルフの世界では人間の世界がファンタジー』というのは、要するに我々の世界がエルフの創作物ということだな。我々の世界でトールキンが『指輪物語』を書いて中つ国にエルフを創造したのと同じだ。エルフの誰かが『地球物語』みたいなものを書いてユーラシア大陸に人間を創造したのかもしれない」

「そうそう、そういうことになるよね。逆だけど、逆でもおかしくないっていうか?」

「仮に私たちの世界が歴史も込みで誰かの作り物だとしても特に矛盾は起きないさ。昔からよくある懐疑論だよ。デカルトやラッセルも言ってる」


 頭が良さそうなことを言う礼衣は実際かなり頭が良い。別に高校生でノーベル賞とか論文投稿とかそういうアニメっぽい設定があるわけではないが、だいたいのことは礼衣に聞くと何となく解消する。


「そうかもだけど、それだけじゃないんだよねー。何ていうの? もっとこう、私だけの気持ち悪さっていうかさ。アーカイブを見直したんだけど、その設定を考えながらルーシアちゃんが喋ってるのを見ると、ちょっと寒気がするんだよなー」

「ああ、多分わかったよ。世界と世界の関係だけじゃなくて、個人と個人の関係にも同じことが言える。仮に『エルフにとっての人間』が『人間にとってのエルフ』と同じだとしたら、『ルーシアにとっての慈亜』が『慈亜にとってのルーシア』と同じでもおかしくない」

「どゆこと?」

「まず確認したいんだが、ルーシアがエルフの世界で配信をしている以上、エルフの世界にも配信機材があることになっているんだよな?」

「そだねー。ルーシアちゃんは魔法で作ったカメラ的なものとかマイク的なものを持ってて、そのデータが人間の世界に送られて配信してる……っていう設定」

「だったら、ルーシアにとっては架空の人間種族を装って配信していることにならないだろうか。なにせ、エルフの世界では人間というのはファンタジーの共通言語なんだから」

「あー、なるほど。そう考えても筋が通るってことかあ」

「そうだ。もしそうだとすれば、ルーシアは本当と嘘を織り交ぜて喋っていることになるだろうな。慈亜がそうしてるのと同じように」

「どこが本当でどこが嘘?」


 礼衣はスカートのポケットからスマートフォンを取り出した。昨日の配信の録画を再生する。ちなみに、昨日は体育の時間に礼衣が慈亜に競争を挑んできたのは事実だ。礼衣はクールビューティーなように見えてたまに突拍子もないことを言う。


「私が思うに、ゴブリンを魔法で撃退したのは本当だが、学校に行ったのは嘘っぽいな。私にはエルフが学校に行くようなイメージは無いから。慈亜にはあるか?」

「うーん、微妙だなー。最近はエルフが人間界に留学してくる漫画とかも結構あるし、通っててもおかしくはないかな。こんなちゃんとした校舎じゃなくて、なんか森を切り拓いて作った青空学校みたいな感じの方がしっくり来るけど」

「じゃあ、とりあえず本当ということにしておくか。でも、湖のほとりにディズニーランドという名前の施設があるのは嘘だろう。ジェットコースターくらい機械的なものは、いくら何でもエルフの世界には無いと思う」

「どうかな、北欧では木製のコースターがあるってこの前Youtubeで見たけど。ていうか、ルーシアちゃんが言ってることが本当か嘘かって、こんな適当に私たちの想像で決めちゃっていいわけ?」

「良いに決まってるさ、お互いに想像の産物なんだから。エルフっぽい話は本当、人間っぽい話は嘘くらいでいいよ。慈亜にとっては人間っぽい話は本当でエルフっぽい話が嘘だろう。それをひっくり返せばいい」

「ふーん。そもそもルーシアちゃんって何がしたいのかな? これがルーシアちゃんの話だとしたら、ルーシアちゃんってエルフの日常の話をしたり、人間っぽく話を盛ってみたりしてるわけでしょ。私はエルフのVtuberっていう設定で配信してる人間だけど、ルーシアちゃんは?」

「人間のVtuber的なものという設定で配信しているエルフだと考えるのが一番自然だろう。ゴブリンを倒したとか普通に言ってしまうあたり、そこまで熱心にロールプレイをする気はなさそうだが、基本スタンスは同じだと思う。人間っぽいトークをちょっと織り込んでウケを取っているエルフという感じかな」

「まー確かに、エルフの世界でもVtuberやったらウケるのかもなー。じゃあ人間界に配信を送るのと同時に、エルフ界でもYoutube的なやつに同時にそれを流してるって感じかな」

「それは全然違う。


 唐揚げを口に放り込む箸がストップする。口を開けた状態でしばらく考えるが、礼衣が何を言っているのかイマイチよくわからない。その隙に礼衣が横から唐揚げを奪い取った。

 礼衣がそれを食べ切ってもまだフリーズしている慈亜を見かねて、ようやく助け舟を出す。


「慈亜はBlenberでルーシアのモデルを作って、エルフの村からという設定で配信を開始しただろう。つまり、ルーシアとそれに伴う世界を生成したんだ。そうじゃなくて、逆にルーシアが魔法か何かで慈亜のモデルを作って人間界からという設定で配信を開始したのかもしれない。それなら、ルーシアが慈亜とそれに伴う世界を生成したことになる」

「ちょちょちょっと待って、私がルーシアちゃんを作ったんじゃなくて、ルーシアが慈亜ちゃんを作ったってこと?」

「そう。慈亜の配信中の発言は全て、エルフを装う人間であると同時に、人間を装うエルフでもあり得る。配信中に慈亜が言う『私』という一人称は、慈亜にとってはルーシアを指していたかもしれないが、ルーシアにとっては慈亜を指しているんだ」

「うーん、確かに、それは……そう……かも?」


 昼休みの終了を告げる鐘が鳴った。礼衣が食べかけの弁当に蓋をして立ち上がる。


「別に本当にそうだと言ってるわけじゃない。そうだとしても矛盾はないというだけだよ、最初の懐疑論と同じさ。ただ」

「ただ?」

「慈亜は配信の中でルーシアと接触する機会がある。もしかしたら、確かめることができるかもしれない。本当はどっちなのかを」

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