Vだけど、Vじゃない!

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Cas.1 新人Vtuberでーす!

 Vtuber

 Vtuberルーシア・アージュこと足流あしる慈亜じあがそれに思い当たったのは、いつものように雑談配信をしていた日のことだった!


「はーい皆さん、エルフの村からこんにちはー!」


 慈亜は個人Vtuberである。スターバックスでのバイトで稼いだお金を元手に、金髪碧眼エルフ美少女のアバターをBlenderで作り、自宅に配信環境を整えたのは三ヶ月前のことだ。


「いやー、今日も朝からゴブリンが攻めてきたんですけどー、魔法で一撃でしたね! ほらこう、一撃!」


 エレコム製Webカメラの前で慈亜が右腕を振ると、画面内のルーシアちゃんも同じように手を払った。指先から赤と黄でグラデーションされた星のエフェクトが舞う。


「聞いてくださいよー、今日も学校に行ってきたんですけど、そう、エルフの学校。え? 何年生って、えーと、222年生です! ほら、エルフって寿命が長いので高校が300年あるんですよ。長すぎ! 学費とかも300年分ですよ、私立なので。あはは」


 今考えた設定を適当に言いたてると、すぐにスピーカーからピロンと音が鳴る。今日最初のスーパーチャット、5000円也!


「おー、ありがとうございまーす。これで来年も除籍されずに済みますねー。エルフって結構シビアなんで、その辺」


 スタババイト換算で6時間分のお金が開始15秒で手に入ってしまう。別にお金のためにやっているわけではないが、一度これを味わってしまうとなかなか辞められない。


「今日は体育の授業があったんですけど、れーちゃんが、そう、ハイエルフのれーちゃん。れーちゃんがね、『私に勝ったらディズニーのお土産をやろう』とかいきなり言い出して。れーちゃんってときどき小学生の男の子みたいなこと言うんですよねー。ディズニーっていうのは、ほら、湖のほとりにあるジェットコースターみたいなやつですね。エルフJKの間では結構人気ですよ」


 慈亜の配信は雑談中心、主に学校であったことを剣と魔法の世界っぽく脚色して話すスタイルだ。その脚色が即興のデタラメであることはリスナーだってわかっている。「エルフの村にもディズニーランドってあるの?」などとツッコミが入り、慈亜が適当に言い繕うところはオチの無い雑談の笑いどころの一つだった。


「結局三回勝負にして、お土産はちゃんと貰ったんですけどね。そうそう、小麦を焼いたコインみたいなやつ……っていうか、人間界で言うところのクッキーなんですけど」


 ただ、最近はいちいち設定を遵守するのも面倒になってきていた。もうエルフ的な説明を放棄して「人間界で言うところの」で済ませてしまうことも多い。

 しかし、それはあまり褒められたことではないという自覚はある。「設定は守った方がいいよな」という気持ちはあるのだ。この配信をしているのは生主の慈亜ではなく、エルフのルーシアのはずだからだ。

 とはいえ、ルーシアに人間界の知識があること自体は別におかしくないはずだ。それはどうしてなんだろう。

 慈亜はこの配信の設定について考える。たぶん、この配信はエルフの世界にいるルーシアが特別な回線を通じて人間の世界にいるリスナーと交流するという体でなされているはずだ。つまり、ルーシアにとっては異世界の視聴者とお話しをする配信、異文化交流でもある。

 だとしたら、ルーシアにとって人間の世界とはどういうものなんだろう?


「お!」


 名案を思い付いた。そうだ、こういうことにしてしまえば、ルーシアに人間界の知識があることはむしろ自然じゃないか。


「エルフの世界では、人間の世界っていうのはファンタジーの定番モチーフなんですよね! ほら、皆さんが映画とか漫画でエルフの世界を描くのと同じですよ。私たちの世界でも人間の世界を描いた絵本とかがたくさんあるので、私も人間さんには結構詳しいんですー」


 コメント欄では「なるほど」「夢がある」「俺らは二次元の存在だった?」などとコメントが流れていく。そうそう、人間だってエルフが弓を持ったり狩りをしたりすることをよく知っている。人間がエルフを作ったから。だったら、エルフだって人間がディズニーランドに行ったりクッキーを食べたりすることを知っていてもおかしくない。だって、エルフが人間を作ったから。

 いや、最後の一つは違う。それはそういう設定というだけだ。正しくは、「エルフが人間を作った」という設定を人間が作ったのだ。少し頭がこんがらがってきた。その「設定」というのは、「ルーシアちゃんは1624歳である」とかいう設定とは少し違うもののような気がする。その「設定」ってなんだ?


「ま、いっか!」


 慈亜は考えるのをやめて、再び他愛もない雑談に戻った。慈亜は当意即妙の切り返しには自信はあるが、一つのことを深く掘り下げて考え続けるのはすごく苦手だ。

 あと30分だけ配信して今日は終わろう!

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