第2話 天真爛漫

残りの授業をやり過ごし、帰りのホームルームを聞き流す。先生の挨拶が終わると帰りの支度を整えた。


大概の生徒は教室に残り、青春を探しながら空虚な時間を過ごす。もしくは部活動に勤しみ、先輩に媚び、後輩にその鬱憤を晴らす。


僕からすれば無駄でしか無い。いわゆる帰宅部の僕は誰よりも早く教室を後にする。

下駄箱で父に貰った赤のスニーカーに履き替え、校門へと歩いていると背後から聞き覚えのある言葉が飛んできた。



「家光君!ストーップ!」



図書室で聞いたあの声だ。だかそれは僕の名前では無い。振り向かず歩を進める。


他に家光君がいる事を祈りながら歩き続ける僕の横を通り過ぎ、振り返るその人物はやはり楠木穂乃果だった。



「なんで止まらないのさ!ストップって知らないの?それとも私の発音が悪い?stop!」



「素敵な発音だよ。外国人の7割は足を止めるね。」



「でしょ?じゃあなんで家光君は止まらないのさ!」



「家光君でも無ければ外国人でもないからだよ。」



僕の目を見つめ、何かを言おうとする彼女は反論が見つからなかったのか頬を膨らませる。



「僕に何か用なの?」



昼休みに先回りをし眠気に襲われ時間を無駄にしたにも関わらず、放課後、走ってまで僕に声をかけてきた彼女への慈悲と少しの遊び心で質問をした。



「そうだよ!それも大きな用事!ビッグだよ!いや、BIGだよ!」



「素敵な発音だよ。」



「ありがとう!でね!明日、土曜日でしょ?しかも家光君は部活をしてないよね?って事は暇なんだよね?」



「僕は家光君でも無ければ暇でもないよ。」



「またまたぁ。新学期初めての土曜日ですよ?用事なんてある訳無いじゃ無いですかぁ。」



手品披露するマジシャンの様に敬語を使い、僕を小馬鹿にしたような口調で彼女は続ける。



「そこでですよ?私、楠木穂乃果が家光の休日を華やかな物にしようではありませんか!名付けて!『家光君の徳川家脱脚作戦!』」



僕は唖然としていた。始めての人種への戸惑いもあるが、何たる図々しさ。

僕は理解が追いつかなかった。その後も彼女はひたすらに喋り続け、僕は何かの催眠術にかかったかのように彼女の提案に乗ってしまった。

電話番号すら教えてしまったような気がする。


台風が去るとそこに晴れ間が出来るように、彼女が校舎の方へ走って行くと僕に安堵の光が降り注ぐ。



「やっと解放された…release」



独り言ながら今までで1番の発音だ。

彼女に指定された時間と場所を曖昧な記憶から探り、明日が台風である事を祈りながら天気予報を確認したがそんなに神様は優しくなかった。


僕はようやく校門へ着くと足早に駅へと向かった。黙々と。

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