広いベッドのなか、乱れたシーツに埋もれるようにして、テディが俯せに眠っている。

 ルカは横になって片肘をつき、その寝顔をじっと見つめながらもう一方の手でテディの髪を撫であげた。そしてこめかみにキスを落とすと――慈しむように甘かった視線をがらりと冷めたものに変え、ベッドの反対側を見やった。

 仰向けに寝転がったまま、ユーリが煙草を咥え、火をつけている。

「ここで吸うなよ」

「ん? でも灰皿があるじゃないか」

「……まったく」

 どいつもこいつも云うことを聞かないんだから、とルカはまたテディの髪をそっと撫で、ブランケットを肩まで引っ張り上げてやった。

 ユーリがふぅーっと煙を吐くのを、気配で感じる。


 ついさっきまで互いにすべてを曝けだし、でテディをしていたのに、今は目を合わせるのもなんだか妙な気分だった。こいつも同じだろうか、とルカはユーリの様子を窺ってみたが――


「――なあ……ちょっと、一言云っていいか?」

 仰向いたまま、こちらを見もせずにユーリが云った。

「なにを」

 ユーリは煙草を指に挟んだ手を伸ばし、サイドテーブルの灰皿にとん、と灰を落とした。

「おまえ……その、さすがに、俺もちょっと云いにくいんだが……」

「なんだよ」

「……淡泊すぎないか」

「――はぁっ!?」

 思わず大きな声をだしてしまい、やっとユーリがこっちを向いた。

「おい、声がでかい。テディが起きるぞ」

「そりゃでかい声もでるわ! 淡ぱ……って、えっ、そ、なっ、なんて失礼なことを云うんだよおまえは! おまえが野獣すぎるだけじゃないのか!?」

「いや、俺くらいで野獣なんて、まだまだ」

「褒めてない!」

「う……ん……」

 テディが身動ぎ、ふたりははっとして黙った。起こしてしまったかとそっと様子を見るが、テディは少し頸の角度を変えただけで、まだ眠っているようだ。ほっと息をつき、またルカがテディの髪を撫で始めると――

「……ま、偶にとはいえ、こうやって三人で遊ぶのもテディが俺んとこに来るのもおまえはおもしろくないだろうし、ちょっと考えてみちゃどうだ? ……悪いが、今のままのおまえの抱き方だと、テディは満足できないと思うぞ……」

「……真面目に云ってやがるのかよ、くそ。……俺、そんなに淡泊か?」

「けっこう」

「まじか」

 本当にそうなのだとしたら、真剣に考える必要があるかもしれない。ルカは思った――経験値の差だろうか。確かにちょっと引いてしまうくらいユーリは激しいが、テディはあんなふうにされるのが好きなんだろうか……。こんなふうにユーリを交えたがるのも、自分だけでは物足りないからなのだろうか。そうだとしたら問題だ。

 というか、ユーリとの関係を認めていなかったら、こいつはまた昔のように浮気しまくったりするのだろうか? 否、さすがにそれはないとしても、他に乗りかえられたりする可能性はあるのかも――あるのか? うーむ、とルカは暫し悩んでいたが。

「……改善を心懸ける……」

 そう云うと、ユーリがふっと吹きだした。思わずルカはむっとして睨みつけ――「……ん……ルカ……」と、寝返りをうったテディに目を落とした。

 もぞもぞと横向きになり、テディはルカの背中を引き寄せるようにして胸に顔を埋め、寝言の続きを呟いた。

「……ルカ……、愛してる……」

 ころりと相好を崩し、ルカは可愛い恋人を抱きしめた。

 ユーリが半身を起こし、やれやれと笑みを溢しながら煙草を消す。

「撤回する。おまえは淡泊なままでいろ。俺はこいつのファックバディだ……役割は全うする。安心して任せとけ」

「云ってろ」

 さて、お役目も済んだしぼちぼち帰るわ、とさっさと服を着てユーリが部屋を出ていくのを見やりもせず、ぞんざいにじゃあなとだけ返す。

 ぱたんとドアの音を聞き、ルカは思った。――あいつのためにも、やっぱり考えるか。ユーリを頼らなくても、自分ひとりでテディを支えられるようにならなければ。ユーリだって、ちゃんと自分だけの相手をみつけて落ち着きたくなる日が来るだろうし、いつまでもこんな損な役回りを押しつけているわけにもいかないし。

 ユーリの真似をするわけじゃない。というか、あんなSっ気たっぷりな野獣の真似など自分にはとてもできないし、する気もない。だが、会話や食事などと同様、夜の生活も人生を共にする間柄には大切なことだろう。

 ルカは持ち前の生真面目さで真剣に考えていた。うん、どんなことにだって向上心ってやつは持っていたほうがいい。テディのためなのだ、ちゃんと努力してを目指そう。

 そう心に決め、ルカは髪を撫でていた手をブランケットの中へと忍ばせた。そしてテディの腰を引き寄せ、抱きしめながら頬に唇を近づける。すると――

「ん……もう、だめだって、ユーリ……」

 ――ばさっとブランケットを撥ね除け、ルカは下を穿いただけの恰好でベッドから出ると、すたすたと部屋を横切った。そしてエントランスまで行き、ユーリが出ていったときのまま開いていた鍵をかちゃん! と閉めた。

 踵を返し、リビングからキッチンへと進み、意味もなく冷蔵庫を開けてすぐにばたんと閉め、またリビングを抜けて寝室へ戻るとベッドの前で立ち止まり、深呼吸するように天井を仰ぐ。

 そうして、自分に言い聞かせるようになにかを唱えてから、ルカはベッドに腰を下ろした。マットレスが沈み込み、揺れるのも気にせず雑な動きでブランケットの中へ潜り込む。さすがに薄目を開けたテディが「ルカ……? どうかしたの……」と訊いてきたが、ルカは「どうもしない!」と云って背を向けた。


 そのあと結局眠れず、むすっと機嫌の悪いルカと、原因を作った憶えのないテディがまた喧嘩をしたとか、なんだかんだでいつものように仲直りして、とびきり甘い時間をふたりっきりで過ごした……なんてことは、他には誰も知らない秘密の話。









"𝖳𝖧𝖤 𝖣𝖤𝖵𝖨𝖫 [𝖤𝗑𝗍𝗋𝖺 𝖾𝖽𝗂𝗍𝗂𝗈𝗇]"

◎𝖡𝖮𝖭𝖴𝖲 𝖣𝖨𝖲𝖢/ 𝖳𝖱-𝟣𝟦 - 𝖲𝗍𝖺𝗋𝗍 𝖬𝖾 𝖴𝗉 [𝖧𝗂𝖽𝖽𝖾𝗇 𝗍𝗋𝖺𝖼𝗄]

© 𝟤𝟢𝟤𝟣 𝖪𝖠𝖱𝖠𝖲𝖴𝖬𝖠 𝖢𝗁𝗂𝗓𝗎𝗋𝗎

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THE DEVIL [Extra edition] 烏丸千弦 @karasumachizuru

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